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三浦春馬さんでなければ成立しなかった慶太の魅力 『カネ恋』が描く“ほころび”の普遍性

リアルサウンド

20/9/29(火) 6:00

 きっちり整合性のとれた人生を送っている人なんてこの世に何人いるだろう。誰の心にも「ほころび」はある。わたしの中にも、そしてあなたの中にも。

 現在放送中の『おカネの切れ目が恋のはじまり』(TBS系)。中堅おもちゃメーカー経理部勤務の九鬼玲子(松岡茉優)は日々節約を貫き、生活の中で小さな喜びを見つけることに長けた“清貧女子”。そんな玲子が所属する経理部に、ある日突然社長の息子・猿渡慶太(三浦春馬)が配属される。慶太の目に余る浪費グセに業を煮やした社長(草刈正雄)が、息子の金遣いを叩き直そうと転属を命じたのだ。慶太の教育係を任された玲子は彼と行動を共にするのだが、ふたりの金銭感覚の違いは果てしなくーー。

 番宣を見た時から第1話の終盤まで、これはよくある恋愛ドラマだと思っていた。玲子と慶太が互いの価値観のぶつかり合いを経ていつしか惹かれ合い、最終的には結ばれる少女漫画的展開だろうと。が、甘かった。本作はそんなありきたりな物語ではない。そこにあるのは「ほころび」というキーワードだ。

 慶太の「ほころび」、それは母親の溺愛と父親からの否定で生まれた「浪費グセ」。海外出張で700万以上を使い、ランチには3種類のお弁当をサクっと購入。もちろんコーヒーは“甘いの、冷たいの、温かいの”のすべてが必要で、洋服も値段を見ずにバンバン買う。給料(38万円!)のほとんどを1週間以内に使い切り、支払いはすべてブラックカードだ。

 そして玲子。無駄を嫌い、有名洋菓子店でクッキー1枚のみ購入するような彼女の「ほころび」はなんと「貢ぎ」。15年間片思いをしているファイナンシャルプランナーの早乙女(三浦翔平)のマネー講座に通うたび、高級ショコラ、それに合うワイン、二日酔い防止の薬にワイシャツ、帽子とガンガン貢ぐ。

 おもしろいのは玲子が慶太の「ほころび」には冷静に斬り込めるのに、自分のそれには無自覚なところだ。彼女の中でアンティークショップの豆皿を買うのに1年迷う自分と、片思いの相手に過剰に貢ぐ行為は矛盾していない。なぜなら「彼の笑顔はプライスレス」だから。

 早乙女に対しアクションを起こさない玲子に向かって「いい加減現実を見ろ」と諭す慶太に彼女は静かに答える。「付き合いたいとかデートしたいとか、そんな大それたこと望んでいません。私はただ早乙女さんを遠くから見て愛でているだけで良かったのに」と。結局、玲子も慶太も根の部分は同じなのだ。つまり埋められない心のスキマを慶太は「モノ」で、玲子は「他者」で補おうとしている。ふたりとも、みずからの心にどうしてスキマができたのか、それを直視しようとはせずに。

 そんなふたりに対峙するよう存在するのが、彼らと同じおもちゃ会社の営業マン・板垣(北村匠海)と慶太の元カノ・まりあ(星蘭ひとみ)。板垣は実家が経営する工場の業績悪化もあり、付き合う相手の「コスパ」を最優先で考える。その人と老後に必要な2500万円を貯めたいと思えるかが彼の恋愛の最優先事項だ。また、まりあもベンチャー起業家の山鹿(梶裕貴)に嫌われないよう「彼にフィットする自分」を演じてしまう。このふたりもこと恋愛に関して「ほころび」を抱えて生きている。

 第3話では「ほころび」を縫い合わせようと登場人物それぞれが行動を起こし、新たな展開が生まれる。本作のテーマは「価値観の違いを乗り越えたふたりが恋に落ちる」ことではなく「それぞれが内包する問題=ほころびを自覚し新たな一歩を踏み出す」ことなのだろう。これは玲子が、そして慶太がお金や恋を媒介に自分と向き合う物語なのだ。

 最後になったが、本作で慶太を演じる三浦春馬さんの輝きについて触れておきたい。

 慶太はとても難しい役だ。恵まれた環境で育った天真爛漫さと父親に認められたい、愛されたいという渇望が同時に存在している人物。そしてこのキャラクターに何より大事なのは“人から自然と愛される”空気を醸すことである。ランチにお弁当を3つ買おうが、88000円のアロハを無造作に購入しようが、仕事をせずお菓子を食べていようが、慶太が“どこか憎めない”存在でなければ本ドラマは成立しない。

 三浦さんはまさにそれを体現している。慶太は天然で他者の気持ちを汲み取り切れないところもあるが、基本は善の人。行動にまったく悪意がない。邪気のない笑顔で人の懐にスっと入っていく様子は誰からも愛される大型犬のようである。この空気感は演技だけでは立ち上げられないし、本人の資質だけでも立体化できない。三浦さんは演技力と持ち前の愛らしさとを上手く掛け合わせ、慶太というキャラクターを非常に魅力的に見せている。

 特に笑顔がいい。自分のためだけでなく、他者の喜びや幸福を肯定し顔全体でハッピーを表現するあの笑顔。まさに慶太、いや三浦春馬そのものだと思う。

 『おカネの切れ目が恋のはじまり』のO.A.はあと2回。登場人物たちがみずからの「ほころび」とどう向き合い、それをどう縫い合わせていくのか注目しながら、自分の中にある「ほころび」にもそっと目を向けてみたい。

■上村由紀子
ドラマコラムニスト×演劇ライター。芸術系の大学を卒業後、FMラジオDJ、リポーター、TVナレーター等を経てライターに。TBS『マツコの知らない世界』(劇場の世界案内人)、『アカデミーナイトG』、テレビ東京『よじごじDays』、TBSラジオ『サキドリ!感激シアター』(舞台コメンテーター)等、メディア出演も多数。雑誌、Web媒体で俳優、クリエイターへのインタビュー取材を担当しながら、文春オンライン、産経デジタル等でエンタメ考察のコラムを連載中。ハワイ、沖縄、博多大吉が好き。Twitter:@makigami_p

■放送情報
火曜ドラマ『おカネの切れ目が恋のはじまり』
TBS系にて、毎週火曜22:00~ 22:57放送
出演:松岡茉優、三浦春馬、三浦翔平、北村匠海、星蘭ひとみ(宝塚歌劇団)、大友花恋、稲田直樹(アインシュタイン)、中村里帆、八木優、河井ゆずる(アインシュタイン)、キムラ緑子、ファーストサマーウイカ、池田成志、南果歩、草刈正雄
ゲスト出演:梶裕貴、岡本莉音、トミー(水溜りボンド)、登坂淳一
脚本:大島里美
演出:平野俊一、木村ひさし
プロデュース:東仲恵吾
主題歌:Mr.Children「turn over?」(トイズファクトリー)
製作著作:TBS
(c)TBS
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/KANEKOI_tbs/
公式Twitter:https://twitter.com/kanekoi_tbs

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