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後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)の INU COMMUNICATION

リアム・フォーエヴァー

毎月連載

第20回

今回は「ぴあ」の上席執行役員の方の愛犬を取材することになった。

執行役員とはどういう役職なのだろうか。

役員の上に執行がついている。執行から連想するのは法律の執行、裁判の執行、刑の執行など、とにかく命令的なニュアンスで怖い感じがする。しかも、上席ときている。あまりに恐ろしいので調べてみたところ、「事業部門のトップとして、事実上の業務運営を行うポスト」とあった。

刑の執行に比べれば幾分やわらかい印象になったが、それでもかなり偉い人ではないか。

コロナ禍で無用の外出の自粛が呼びかけられるなか、「ぴあ」の偉い人が直々に俺の連載のために犬を連れて出てくる。常識的に考えて、そんなことが起こり得るだろうか。百歩譲って、起こるのだとすれば、それは俺の連載を打ち切るかどうかの査定というところだろう。

何しろ、この連載は犬との対面が叶わぬ場合、原稿そのものを書くことができない。エッセイなどの文芸の場合は新型コロナウイルスからの影響そのものを話題にして、特別な期間の特別な体験などを綴って、ステイホームの箸休めのようなエンタテインメント性を持たせることができるかもしれない。だが、そうはいかないのが犬コミニケーションだと言える。

昨年末に編集スタッフたちが「Go To」を後藤と読み間違えるなどの幸運が重なって、やっと再開に漕ぎ着けたばかりのこの連載だが、世の中としては、「対面を控えましょう」という空気が濃くなるばかりだ。様々なメディアへの広告の出稿が減り、有名なテレビ番組が終わったり、雑誌そのものが休刊や廃刊になったりする流れが加速しているようにも感じる。

役員たちの会議で「あの犬の連載いる?」と問題になっても仕方がないだろう。

というわけで、突然の上席執行役員の登場は試金石である可能性が高い。アイツはどこのワカメか。そういうことだろう。

さっそくではあるが、悲しいことだと思った。

緊張しながら、都内某所に向かった。

上席執行役員の木戸さんと奥様と一緒に待ち合わせの居酒屋に現れたのは、ワイヤーフォックステリアのリアム。生後10カ月の若いオス犬だ。人間でいうと中二くらいだと思う。

社会性を得る機会がなかったり、野犬出身であるなどしてメンタルがこじれ上がった成犬とコミュニケーションを取るのは難しい。

リアムはもちろん、そうした犬ではないが、子犬と成犬の間にあたる若い犬も、場合によっては接触がなかなか難しいようなイメージが俺にはあった。人間ならば中二くらいの年代が一番面倒に決まっている。ヤンチャに火がつくのは人間だけでなく、犬にも多いのではないだろうか。

舐められてはいけないと、いつも通りリアムのことは無視して、木戸夫妻に話を伺った。

リアムくんとはペットショップで出会ったそうだ。

コロナ禍でステイホームの期間が長かった。多くの人が体験中のことだと思うが、行動が制限されるのは辛い。そうした空気をいくらか和らげるべく、以前に住んでいた神戸で飼っていた犬と同じ犬種のワイヤーフォックステリアの飼育を決めたのだという。

実際、リアムくんとの暮らしは素敵なもので、散歩などの犬の世話は家に籠りがちな自粛期間にも明るさと豊かさがもたらされたのだと木戸夫妻は言う。

神戸で一緒に暮らした犬の思い出も聞かせてくださった。

愛犬を失う悲しみはよくわかる。俺も犬が苦手になる遥か前、小学校の頃に飼っていたダックスフントのリリーが亡くなってしまったときは、その死を受け止めることができなかった。

柔道の稽古から帰ると、バスケットのなかに敷かれたタオルケットの真ん中でリリーは冷たく固まっていた。フィラリアという病気で心臓がヤられて助かる見込みがなく、手術で延命を試みたが手遅れであった、と母親は俺と弟に説明した。泣きながら、救うすべはなかったのかと、母親に八つ当たりしたような記憶がある。今でも悲しい。

木戸夫妻と愛犬の別れがどうであったのかは想像もつかないが、リアムくんを迎えたことで、神戸で飼っていた犬との思い出にも、また違った感触が宿ったのではないかと思う。死した者を思う瞬間、その者は思いのなかに生きている。蘇るとは、そういうことかもしれない。

素敵なことだと思った。

リアムくんの名前は、イギリスのロックバンド、オアシスのフロントマンであるリアム・ギャラガーが由来であるとのことだった。

なるほど、上席執行役員の木戸さんは大のロック好きといったファッションだ。完全に偏見であるが、バイク屋を経営していそうにも見える。好きなお酒は芋焼酎かバーボンだろう。もちろん、ロックで飲む。柔和な奥様からはロック的な雰囲気は感じないが、リアムの名付けの由来についてのトークの端々に、音楽が好きなんだろうなというニュアンスを感じ取ることができた。

リアムはどうだろうか。

体つきはそれほど大きくなく、どちらかと言えば小型犬の仲間になるだろう。ぬいぐるみのようにモコモコとした体毛が可愛らしい。触ってみたくなるようなフォルムだ。しかし、注意して見ると、リアムは耳の短いハナニョーン(ハナペチャ犬の逆)であることがわかる。俺の苦手な芝犬と近しいフォルムだ。性質が似ている可能性もある。

そしてリアムを観察していると、戯れているのかあわよくばと思っているのか、時折白い牙を見せて木戸さんの手を軽く噛みにいくような仕草を見せている。我こそが上席執行役員だと思っているのかもしれない。

一緒に暮らしている木戸さんはさすがに飼い主なので、リアムをきちんと制して落ち着かせることができる。しかし、犬に噛まれたことがトラウマである俺にとっては、そうした戯れのなかの些細な仕草がプレッシャーになった。

心の奥に怖さのような感情が生まれた。俺はそれを打ち消す努力をした。犬はこちらの感情に敏感だという。中二くらいの犬に「こいつビビってるな」と思われてマウントされるのは、40代の男として嫌だった。

復活しつつあった犬好きの心が、連載の休止期間中に萎えてしまったのかもしれない。触りたいという気持ちが湧き上がる速度が遅かった。人間にもほとんど触っていないあいだに、そうした気持ちが朽ちてしまったのだろうか。

難しいことだと思った。

奥様からいただいた餌をリアムに与えさせてもらったが、距離を縮めることがなかなかできなかった。

背中のモコモコを触ると気持ちがよかったし、お手などの芸でも俺に従ってくれた。それでも、自分のどこかに、怖いなという気分があったのだと思う。

この連載の処遇はどうなるのだろうか。

犬と仲良くなるための道は険しい。

リアム

・年齢:10カ月
・犬種:ワイヤーフォックステリア
・性別:オス
・飼い主:木戸ご夫婦(ぴあ)

ご協力いただいたお店
しとらす

東京都世田谷区下馬1丁目5−3

小学校に入学した年、お年玉を貯めた全財産の25,000円で、どうしてもシェパード犬が飼いたいと両親を説得し、後に譲り受けた雌のジャーマンシェパードのベルは、1970年代当時屋外の犬舎で飼っていたこともあり、フィラリアを患い亡くなりました。

ベルが時折咳をするので獣医さんに連れて行くと、初めて耳にするフィラリアという不治の病の説明を受けるなかで、心臓に無数に寄生した線虫の標本写真と心臓のモデルを見て、ショックと貧血で倒れそうになった記憶が、今でも脳裏に強く焼き付いています。

余談ですが、日本で開発されたイベルメクチンという薬が、新型コロナウイルスに効果があるとニュースになっていましたが、犬飼にとっては聞き慣れた、お馴染みのフィラリア予防薬です。

さて今回の犬コミお相手はワイヤーフォックステリア。

リアムくんは二代目という事ですが、実は初心者が手を出すと痛い目に合う可能性のある上級者向けの犬種です。特にオスのワイヤーフォックステリアは気が強い子が多いように感じます。

ゴッチくんの見立ては正解です!

犬コミの連載回数を重ねるにつれて犬を観察するスキルが確実にアップしていますね!

最初に描いたイメージどおり、10カ月のオスのフォックステリアは見た目のぬいぐるみ感と相反して中身は硬質だと思います。

キツネ狩りに作出されたバックグラウンドを持つフォックステリア。

とても古い犬種らしく、狩猟犬という歴史を持ち、言うなれば英国版の柴犬的な存在で外見は違えど中身は結構似ている気がします。

生後10カ月、日常生活もこなれ運動能力もピークに上り詰めるくらい充実し自信に溢れワンコによっては反抗期を引き継いでいる子もいます。

穏やかな子は本当にメロー過ぎるくらいおとなしい子もいるのですが、元気なタイプは、神経質で頑固、プライド高く喧嘩っ早い、警戒心も強く、飼い主に媚びず天の邪鬼だったり、獲物と見なせば本能的に一心不乱に執念深く追いかけます。

飼育の難しさから日本では飼育頭数が少なくあまり見かけない犬種ですが、その数に対して飼育を断念される(捨てられる)事が多いようで、里親募集サイトで結構目にする機会も多いです。

狩りで活躍する為には疲れ知らずでなければならないので、そのような持久力のある犬ですから毎日満足させるのはそれ相当の時間と労力がかかります。

狩猟犬は進化の過程で必須である飛び抜けた運動性能が美しさの源なのだと思います。難しさばかりを強調してしまいましたが、それを楽しめる人には最高のパートナーになってくれます。リーダーシップと沢山の愛情がすべてを良い方向に導いてくれます。

TOMARCTUS(トマークス)
野村さんが経営するドッグ雑貨店。店舗は中目黒と那須の2店。
犬の訓練、問題行動の解決方法の相談にも乗ってくれます。

トマークス
http://www.tomarctus.net/index.html
那須blog
https://nasu2014.exblog.jp//

PHOTO:かくたみほ

プロフィール

後藤正文

ASIAN KUNG-FU GENERATIONのボーカル&ギターであり、ほとんどの楽曲の作詞・作曲を手がける。これまでにキューンミュージック(ソニー)から9枚のオリジナル・アルバムを発表。2010年には自身主宰のレーベル「only in dreams」を発足。
Gotch名義として『Can’t Be Forever Young』(2014)やプロデューサーに元Death Cab for CutieのChris Wallaを迎えバンド録音を行った2ndソロアルバム『Good New Times』(2016)を発表。2020年12月2日、約4年半ぶりとなる3rdソロアルバム『Lives By The Sea』をデジタル配信リリース。2021年3月3日にLPとCDが発売となる。
また、バンドの傍ら執筆活動も積極的に行い、著書に『何度でもオールライトと歌え』、『YOROZU~妄想の民俗史~』、『銀河鉄道の星』(原作:宮沢賢治, 編:後藤正文, 絵:牡丹靖佳) 他。
ASIAN KUNG-FU GENERATIONとしては、2020年10月に1年5ヶ月振りとなるシングル『ダイアローグ / 触れたい 確かめたい』をリリース。中村佑介氏が書き下ろしたジャケット・イラストがプリントされたTシャツ付きの完全生産限定盤A / Bと、通常盤の3形態で発売。
今年、結成25周年を迎える。

シングル情報

シングル
ASIAN KUNG-FU GENERATION『ダイアローグ / 触れたい 確かめたい』

【完全生産限定盤A (CD+Tシャツ) 】
発売中
¥3,500+税
KSCL-3260 ~ KSCL-3261

【完全生産限定盤B (CD+Tシャツ) 】
発売中
¥3,500+税
KSCL-3262 ~ KSCL-3263

【通常盤】
発売中
¥1,200+税
KSCL-3264

アルバム情報

ALBUM
Gotch『Lives By The Sea』

デジタル配信
※配信一覧はこちら

LP:¥4,182+税 / CD:¥2,273+税
※3月3日一般発売


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