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『エール』の“音楽”はいかにして作られたのか? 瀬川英史に聞く劇伴制作の裏側

リアルサウンド

20/10/5(月) 6:00

 舞台は昭和18年、日本が太平洋戦争へと邁進していく中で、裕一(窪田正孝)らを取り巻く環境も大きく変化している『エール』(NHK総合)。久志(山崎育三郎)と御手洗(古川雄大)の対決、梅(森七菜)と五郎(岡部大)の恋路など、コメディあり、ラブストーリーありで展開された前半とは一変、物語全体に暗い影がかかっている。

 そんな本作において、物語のテーマであり、キャストたちとともに欠かせない存在となっているのが“音楽”だ。劇中の時代に流れていたであろう音楽を意識して作ったという『エール』の劇伴を担当した音楽家・瀬川英史に話を聞いた。

古関裕而と多かった共通点

ーー数々のドラマ、映画の音楽を手掛けている瀬川さんですが、改めて“朝ドラ”という約半年間にわたる長期のドラマだからこその難しさはどんな点にあったでしょうか?

瀬川裕史(以下、瀬川):福島市の古関裕而記念館を見学したのが、2019年の4月なので実質1年6カ月ほど関わっていることになるんですね。朝ドラが初めて4K放送に移行するために制作準備が他の朝ドラよりも早く始まったのだと思いますが、そのおかげで古関裕而さんが生まれた時代の日本の音楽や戦後の音楽の変遷など時間をかけて調べることができました。こんなにドラマのテーマに関して研究したのは初めてで、それはとても大変でしたが芸大の図書館に行って資料を探したりと楽しい作業でした。当時のレコーディングに関しての記述はほとんど出てこなかったので、同時代のアメリカの資料を参考にしました。カーボンマイクという戦前にポピュラーだった機材を使って、後から加工するのではなく当時の手法で当時のサウンドを再現するということを試みてかなり成功したかなと思います。井上希美さん演じる藤丸の「船頭可愛いや」等が流れるシーンで使われてるのはそのマイクで録音したテイクなんです。朝ドラだからと言っても他の作品とそれほど違いはありません。いつも通り脚本を何度も読んで感じるままに書き進めました。いつも通り台本が欲していると自分が感じるものを音にしていくだけです。ただ他の朝ドラであれば時代設定に関係なくてエレクトリックな楽器を使うのもありだと思いますが、今回のドラマでそれをするのは興醒めするだけだと思い、戦後しばらく経つまではその時代に使えたであろう楽器を使うという設定だけはしました。

ーー他作品との違いを強いて挙げるとすればどんな点があったでしょうか?

瀬川:他の仕事とちょっと違うとすれば頻繁にNHKに通って録音した帰りに撮影スタジオに見学に立ち寄ることがコロナ禍前まではできたんです。それで小道具さん、大道具さん、照明さんの仕事を間近で何度も見ることができたんです。特にエールの照明さんの仕事ぶりが素晴らしくて同じ裏方としてこのクオリティには絶対負けられないとかなり刺激を受けました。

ーー現場を知ることが音楽制作にも生かされたと。『エール』にはミュージカル界で活躍されている方々をはじめ、役者さんの歌唱シーンが随所にあります。レコーディングなどの際に印象的だったエピソードがあれば教えてください。

瀬川:残念ですが特にエピソードはないんです……。なぜなら皆さん完璧に準備されてくるので、一番多く歌った方でも3テイク程度だったと記憶しています。ですから、いつもあっという間に終わってしまったんです(笑)。柴咲コウさんの録音の時には普段の練習と同じ感じで歌いたいとリクエストがあったので、本人の前にスピーカーを置いてヘッドフォンをせずに歌を録音するという手法を取りました。これは海外では特に珍しいことではないですが、日本ではあまりやらない方法かもしれませんね。柴咲コウさんや二階堂ふみさんは『エール』のために発声の練習に相当時間を割いたと思います。クラシックの発声はポップスのそれとはかなり違うので呼吸の仕方から姿勢に関する身体の使い方までかなりストレスがかかったと思うんです。歌手の方々が見えない所で毎日努力した結果をレコーディングを通して肌で感じられたのは素晴らしい体験でした。久志を演じた山崎育三郎さんは毎回さっと来てさっと歌って帰っていきますが、それを支えている努力を人知れず続けていると思います。

ーー瀬川さんは福田雄一監督作品をはじめとするコメディ作品の音楽を手がけていますが今回の『エール』もコミカルに描かれることもあり、劇中歌も登場人物の特徴を捉えたポップなメロディが印象的です。ただ、その中にも大正や昭和の時代性を感じる懐かしい要素が感じられれるのですが、瀬川さん自身の音楽性をどういった部分で発揮し、また反対にどこで物語の背景を取り入れていれたのでしょうか。

瀬川:難しい質問ですね(笑)。僕は岩手県の出身なのですが、古関裕而記念館から東京に戻る新幹線の車中、福島の風景を眺めながら古関さんも僕もこの同じ線路で上京し、音楽を一生の生業としてみたいと思ってた気持ちは同じだったんだろうなと想像しました。その時の感覚はこの仕事をしてる間中、ずっと持ち歩いてるんです。もし、劇伴の中で懐かしい要素が感じられるならば、それが音として音楽に出てるのかなと思います。自分の音楽性というのは自分では考えたことがないので自覚はありませんが、最初に20曲くらい書いたデモを吉田照幸監督に聞いてもらったときに「風景が見える」とフィードバックがきたので、僕的にはそれが物語の背景を取り入れる事ができてるんだろうな……と思った次第です。

「楽曲がキラキラして見えることが最大のミッション」

ーー作曲家として古関裕而さん/主人公・裕一に共感する部分は?

瀬川:東北の出身だったり、音大へ行かず独学だったり、実家の事は弟に任せっぱなしだったり、自分用の五線紙の印刷を頼んでいる会社がたまたま同じだったり、自分の進みたい道を選んだ結果波紋が生じたり……と共感する部分は結構ありますね。福田雄一監督も締め切りギリギリで小学5年生的な無茶なリクエストしてくることはありましたけど、今の時代はコンピューターがあるので作曲作業が終わってからのデータの準備や譜面の用意は当時と比べ物にならないくらい効率が良いんです。それと比べたら古関さんが演出家の菊田一夫氏から受けたプレッシャーやストレスはとんでもなかっただろうなと思います。スコアを手書きして、ミュージシャンに配る譜面も全て手書きだったのですから……。そういう部分は時代を感じました。

ーー古関さんの楽曲でもっとも好きな一曲を教えてください。また、その楽曲が劇中で登場する際に意識された点はありますでしょうか?

瀬川:一番好きなのは「長崎の鐘」ですね。古関さんの曲はできるだけオリジナルの通りにアレンジとレコーディングをしました。でも、この曲だけはオリジナルとは別のアプローチでアレンジしたバージョンがあります。僕が古関裕而さんへのリスペクトをアレンジとして形に残せた曲です。

ーーここまでの『エール』を観ていると、「音楽の力で物語を動かす」といった力業を抑え、あくまで物語に寄り添う形になっていると感じます。今後、現在まで歌い継がれる裕一(古関さん)の代表曲が続々登場するかと思いますが、いわゆる“見せ場”となるような回などはあるのでしょうか?

瀬川:寄り添う形に見えているならば、劇伴作曲家的には良い仕事をしてるということかなと思います。台本が良くて上手い役者が揃っていれば音楽は添え物で十分です。『エール』では古関さんの楽曲がキラキラして見える、ということが僕の最大のミッションなのです。今後古関メロディが矢継ぎ早に登場します。どの曲も成り立ちが楽しめる作りになっていると思います。

■放送情報
連続テレビ小説『エール』
2020年3月30日(月)~11月28日(土)予定(全120回)
※9月14日(月)より放送再開
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:窪田正孝、二階堂ふみ、中村蒼、山崎育三郎ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/yell/

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