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みうらじゅんの映画チラシ放談

『ミス・マルクス』『食人雪男』

月2回連載

第68回

『ミス・マルクス』

── 今回の1本目は『ミス・マルクス』です。

みうら 僕、カール・マルクスがどんな人なのかまったく知らないんですけども、最近マルクスの絵を描いたんですね。今、ちょっとした頼まれてもない絵を描くブームで。リキテックスという画材ででっかい絵を描いてるんです。F10っていうサイズのキャンバスに今52枚描き終えたんですが、コレが連作でね。合体させると520号、高さは3メートル近くの絵になるんです。

── それは超大作ですね。

みうら 頼まれてもないのにね(笑)。モチーフは自分の好きなもの、今まで影響を受けたもの、気になったものがごちゃまんと入っていて、仏像もたくさん描いたもので、ちょっと曼荼羅みたいになってるんです。

絵の真ん中が地上で、下が海で、さらに下が地獄で、上は天界になってるんです。で、海の中に、カール・マルクスの顔がいるんですけどね、ヒゲがわさーってなってる板垣退助と並んでいるわけです。

ホラ、今ね、僕、ヒゲを伸ばしているので、ヒゲの人物が気になってしょうがない時期なんですよ。

── はい。この連載でもヒゲの出てくる映画のチラシばかり選んでいただきました(笑)。

みうら でしたよね(笑)。もう、“ヒゲ映画”というジャンルで観てますから。ヒゲで有名な人のスクラップブックも作ってるんですけど、ここで紹介させてもらった韓国映画の『世宗大王 星を追う者たち』も当然、貼ったんですが。他に誰か有名なヒゲいねえかなって思ったときに、板垣退助とマルクスが浮かんだんです。

僕、今まで一度も、マルクス勉強しなかったし、まったく触れてこなかったんです。昔、バンカラな大学生がよく「デカンショ、デカンショで半年暮らす」ってデカンショ節を歌ってましたでしょ? 知りません? デカンショはデカルトとカントとショーペンハウアーの略だった気がしますが。僕はマルクスと言えば、マルクス兄弟しか知らなかったんですけどね、どえらいヒゲを生やしたことだけはぼんやりと。

今回、実際に描いてみるとね、あのヒゲがどういう生え方をしてるのかが分かってきたんですよ。なんかね、最初に思っていたイメージとちょっと違った。イメージではザ・バンドのガース・ハドソンのヒゲの白いバージョンだったんですけど……。

── 今画像検索してみたんですが、確かに違いますね。これはかなり手がかかったヒゲですね。

カール・マルクス Photo:AFLO

みうら でしょう? やっぱり“マルクスひげ”と呼ばれるだけはありますよ。それでなんとなく興味を持っていたところに、チラシの束をパラパラめくっていたら『ミス・マルクス』の文字が目に飛び込んできてね。

しかも主人公はマルクス本人じゃなく、マルクスの娘だっていうじゃないですか。当然お父さんの話も出てくるんじゃないかと。チラシの裏にヒゲを触ってる人の写真があるんですけど、これはマルクス父さんですよね?

── 確かにマルクスっぽいですね。でも、まだヒゲの仕上げが甘い印象です。

みうら ですよね。しかも、写真ひとつでは判断できないですけど、ヒゲが黒いんです。まだ我々が知るマルクスになる前なんですかね? だからこの映画では、娘の証言によって、マルクスのヒゲが白くなっていく経緯が必ずや語られると思うんですよ。みんなが知ってるマルクスが完成するまでが描かれている作品だと思うんですが。

── なるほど、“マルクスひげ”の誕生秘話ということですね。

みうら 板垣退助とマルクスは、やっぱり世界のヒゲの二大巨頭ですよね。共通点としては、このふたりのヒゲは確実に不自然なんです。不自然すぎます。マルクスなんて髪もボウボウでしょ。まるで顔ハメパネルですよ、これでは(笑)。

当然娘からしても、なんでそこまで伸ばすのかと疑問に思ったことは何度かあったと思うんですよね。きっと周りの友達にも「お前のところの親父のヒゲ、ちょっと変じゃね?」って言われていたはずです。だからこそ、彼女には葛藤もあったんじゃないかと思うんですね。

── 確かに、娘の気持ちは知りたいですね。

みうら マルクスの思想や哲学とヒゲは関係あるんでしょうかね? きっと、この映画を観れば、答えがあるはずです。

『食人雪男』

── 続いては、この『食人雪男』ですね。

みうら 僕もこのところ、目利きの銀次ならぬ目利きのチラシストですから、このチラシの裏を見なくても、江戸木純さんの会社“エデン”が何かしらで関係していることは分かりましたね(笑)。

── エデンが絡んでいるチラシはいつも目立ちますよね。

みうら つーか、僕狙いでしょ? コレ(笑)。チラシの効能は毎回、インパクト過多です。

── コピーの情報が多いですね。“血に飢えた、爆食魔獣UMA”に“伝説の人体破壊王降臨”。我々の雪男の概念が変わりそうです。えっ? “ヤツは顔面から喰う!”って書いてますよ!

みうら きっと、書いてある以上は文面どおりのことが起きるんでしょうね。ホラ、チラシの裏に証拠写真がありますよ。ちゃんと顔面から喰らってるようです。スゴイですね、宣伝に偽りナシですね。でもこの写真、喰らわれてる方の絵面がスゴすぎて、雪男の方がちょっとチープに見えるのは大丈夫でしょうか?

── 確かに、顔面喰われてる姿のインパクトに雪男が負けてる感はありますね。

みうら タイトルこそ“雪男”って言ってますけど、むしろ喰われる方にカネかけすぎてやしませんか?

ちなみに、この人間を襲ってる雪男の顔、ほぼマルクスですよね? 身体の部分の毛もヒゲだと考えたら、完全にマルクス化してますよね。もしかしたらマルクス本人ってことも考えられますよ。講演旅行で乗った飛行機が雪山に不時着して、他の人たちは全員死んだんだけど、マルクスだけが人肉を喰らいながら生き延びて、やがて雪男になった。そんな可能性はないですか?

── もちろん、可能性はあると思いますよ(笑)。

みうら チラシにマルクスとはひと言も書いてないですけど、ないとは言えませんよ。“その正体とは?”と書いてあるのもヒントじゃないでしょうか? “雪男”って言ってるのに、さらに正体が明かされるというドンデン返し。

── まさか『食人雪男』が『ミス・マルクス』と繋がってくるとは思いませんでした。

みうら 今、流行りのスピンオフとも考えられますね。公開日が近いのもシリーズだからかもしれませんね。きっと、冒頭にはマルクスが講演しているシーンがあるでしょう。たまたま雪山で遭遇するのが、そのときの講義を聞いていた女の子だったりするかもしれません。雪山で雪男と遭遇して、「あ、マルクス先生!」って。ちなみにマルクスさんって何を書いた人なんでしたっけ?

── 有名な著作は『資本論』ですね。

みうら その資本論を説いたがために、悪いヤツに命を狙われたのかもしれません。資本論を説かれると困る連中がいて、飛行機を意図的に墜落させた可能性がありますね。こりゃ、陰謀ですね。

マルクスが実際にどういう死に方をしたのかは知りませんけど、もしかすると雪山で冷凍状態になっていたのかもしれない。それが現代に蘇ったとも考えられますね。

イエティと呼ばれてきた、伝説の雪男の正体が実はカール・マルクスだったら、その驚きは強烈ですよ。コレ、今回も当たってないですか? 

── ちなみにマルクスは病死ということになっていますが、晩年には各地を放浪していたようです。

みうら 放浪されてましたか! 放浪したあげくに氷漬けのアイスマンになって、21世紀の温暖化で溶けたんでしょうね。マルクスだけじゃなくて、次々と歴史上の偉人たちが蘇るシリーズも、今後、エデンは買い付けてくるかもしれませんよ。

取材・文:村山章

(C)2020 Vivo film/Tarantula
(C)2020 PIKCHURE ZERO/UNCORK’D ENTERTAIN

プロフィール

みうらじゅん

1958年生まれ。1980年に漫画家としてデビュー。イラストレーター、小説家、エッセイスト、ミュージシャン、仏像愛好家など様々な顔を持ち、“マイブーム”“ゆるキャラ”の名づけ親としても知られる。『みうらじゅんのゆるゆる映画劇場』『「ない仕事」の作り方』(ともに文春文庫)など著作も多数。

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