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特殊清掃の仕事を描く『不浄を拭うひと』 簡略化された絵柄に漂う“死の多様性”

リアルサウンド

19/11/27(水) 8:00

 沖田×華の最新作『不浄を拭うひと』(ぶんか社)の第1巻が発売された。『本当にあった笑える話Pinky』(ぶんか社、以下『ほんわらぴんきー』)で連載されている本作は、特殊清掃の仕事を描いた作品だ。

 主人公の山田正人は39歳で一児の父。大卒、サラリーマンとごくごく普通の人生を送っていたが、半年前から特殊清掃の仕事をしている。山田が請け負うのは遺品整理、ゴミ屋敷の清掃、そして亡くなった人の部屋を原状復帰させる“特殊清掃”。警察が検死のために遺体を回収した後、山田は清掃の現場に出向く。

 第1話で描かれたのは、60代男性が亡くなった単身者用アパートだ。部屋に足を踏み入れた山田は、その部屋では過去に別の人が亡くなっていたことを察知する。山田は子供の頃から霊感体質だった。20代の時は霊感が消えていたが、この仕事をはじめるようになって、再び霊の存在を感じるようになったという。その後、山田が最初に体験した遺体清掃のお仕事と、その時に起きた霊体験が回想されるのだが、ここでの女性の遺体描写と、その後に山田が体験した超常現象が壮絶で、読み進めていくと、みるみる自分の顔が歪んでいくのがよくわかる。

 この喜怒哀楽では簡単に回収できない複雑な感触。自分の顔がひきつり歪んでいく読書体験は、沖田の漫画に共通するものだ。沖田は自身の発達障害を題材にしたエッセイ漫画『毎日やらかしてます。アスペルガーで、漫画家で』(双葉社)や、昨年NHKでドラマ化された『透明なゆりかご 産婦人科医院 看護師見習い日記』(講談社)といった医療漫画で知られる漫画家だ。

 どちらも実体験に裏打ちされた自伝的な作品だが、沖田の漫画はキャラクターや背景が簡略化された漫画らしい絵柄と、エッセイ漫画調のコマ運びなので、とても読みやすい。しかし描かれる題材はハードでショッキングなものが多く、そのギャップにまず驚かされる。同時にショッキングな題材を淡々と見せていくので、感情を揺さぶられながらも、どう捉えていいのかわからなくなる。

 現在、週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)で連載されている終末期病棟を舞台にした『お別れホスピタル』は、救いのないように見える話でもイイ話風に落ち着くので、他の作品に比べると安心して読めるのだが、それでも、どう捉えていいのか困惑する話も多い。

 『不浄を拭うひと』は、特殊清掃が題材で男性が主人公という、今までの作品とはだいぶ毛色が違うが、描こうとしていることは医療モノと同じ「人の生き死に」ではないかと思う。本作の原案協力には特殊清掃・遺品整理業者「ラストクリーニング茨城」代表の天地康夫の名前がクレジットされている。

 『ほんわらぴんきー』2019年12月号に掲載されたインタビューによると、本作は天地にインタビューした際に印象的だったエピソードを一度バラバラにして、自分の想像と組み合わせて物語を作っているという。同インタビューで沖田は「汚いものをどれだけ汚くなく描くか」が大変だと語っている。特殊清掃の現場を描くため、本作には虫、排せつ物、臓物の描写が盛りだくさんだ。物語もさることながら、何カ月も放置された遺体の惨状や現場の臭いを想像して「うわぁ~」となってしまう。

 もしも本作をリアルな絵柄の漫画家、たとえば『闇金ウシジマくん』(小学館)の真鍋昌平が描いていたら、辛すぎて読めなかっただろう。その意味で、沖田の記号的な絵に救われている部分はとても大きい。

 『透明なゆりかご』等の医療漫画もそうだが、描かれていることがどんなにショッキングでも読者が読み進めることができるのは、記号的な絵柄と淡々としたコマ割りだからだろう。この淡々とした描き方は本作の死生観ともつながっている。

 エピソードの多くは突然亡くなった人たちの話で、いわゆる孤独死と呼ばれるものだが、本作ではそれを必ずしも悲劇に限定して描いておらず、思わず笑ってしまう場面も少なくない。死の多様性が描かれていること、それ自体が救いに感じるのだ。

 最期に掲載媒体について。筆者は本作の連載を「ほんわらぴんきー」ではなく、電子コミック配信サービスの『めちゃコミック』(『めちゃコミ』)で読んでいる。『めちゃコミ』のWEB広告には独自のエグさがあって、今まで避けていたのだが、本作の広告を見た時、どうしても読みたくなって、つい会員登録してしまったのだ。

 『めちゃコミ』はポイントで一話ずつ購入する仕様で、一コマずつスクロールさせて読んでいく仕組みとなっている。この見せ方は、他の作品だとまどろっこしく感じるが、沖田の作品とは相性が良い。紙媒体だと流して読んでいた部分も、一コマ一コマ見ていくことですさまじい情報量が詰まっていたことに気付かされる。

 まとまった形で読むのなら単行本がオススメだが、『めちゃコミ』で読む本作にはまた違った味わいがある。第1話は無料なので、まずは『めちゃコミ』で読むことをオススメしたい。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■書籍情報
『不浄を拭うひと』1巻
沖田×華 著
価格:¥820(税込)
出版社:ぶんか社

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