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朝岡聡 オペラが呼んでいる!

名作が新たなオペラに生まれ変わる⁈

毎月23日

第22回

20/11/23(月)

ドニゼッティの名作『ランメルモールのルチア』が生まれ変わった!ルチアを歌う高橋維 <撮影:三枝近志 、写真提供:(公財)ニッセイ文化振興財団>

日生劇場の「ルチア」

感染症に対応した「新しい日常」はオペラの世界に様々な変化をもたらしている。先日の日生劇場では、出演者・スタッフ・観客の安全から大胆な変貌を遂げたオペラを上演して大いに注目を浴びた。それはドニゼッティの名作『ランメルモールのルチア』を翻案した『ルチア~あるいは ある花嫁の悲劇~』と題するもの。田尾下哲の演出は、なかなか考えさせる舞台であった。

このオペラ、オリジナルの物語は、スコットランドを舞台に、敵対する家のエドガルドを愛するルチアが、兄によってその中を裂かれ政略結婚を強いられるものの、悲しみのあまり錯乱。結婚初夜に夫を刺殺して絶命、それを知ったエドガルドも後を追うという悲劇だ。

どこが変わった?

今回の上演はオリジナルのオペラに比べて何が変化したのか。まず規模である。もともとソリストと合唱を合わせて44名の歌手が予定されていたのだが、ソロの7名のみとなった。舞台で演じ歌うのはルチアただ一人。他のソリストは黒子となって舞台の左右から声のみが響いてくる。オーケストラは小規模な室内楽規模の編成で、ピアノが加わって金管楽器のパートを補強していた。なお、合唱やルチアの登場しない場面の楽曲はかなりカットしての抜粋版でもあるから、上演時間は休憩なしの約90分とコンパクトに。

カーテンコールの様子。左から4人目は黙役「泉の亡霊」。ルチアの運命を翻弄する存在として登場した。左右3人ずつのソリストはこのセットの両側で黒子として歌のみ披露。本番中は姿は見えない。
<撮影:三枝近志 、写真提供:(公財)ニッセイ文化振興財団>

恋物語でもあるオペラを舞台上のヒロイン一人だけでいかに描くのか?ここが最大のポイントだ。田尾下の演出は「悲劇の花嫁」に終始スポットを当てた構成。前半のエドガルドとの愛の二重唱は回想、彼への裏切りとなる政略結婚の受け入れは葛藤と苦悩、そして有名な「狂乱のアリア」を一番の聴かせどころとした後に新婚初夜の夫殺しを壮絶なフィナーレとして描き、彼女の絶命の現実と共に終演とした。

それはルチア一人の心の内部で移りゆく「大悲恋絵巻」と言って良いもので、「ひとりオペラ」の説得力を大いに再認識できる秀逸なる舞台だった。

ルチア(森谷真理)の回想シーンでは背後に恋人との逢瀬の舞台の林が出現するセット。
<撮影:三枝近志 、写真提供:(公財)ニッセイ文化振興財団>

尋常ならざる舞台

何といっても各ルチアを演じた高橋維と森谷真理がすごい!90分間出ずっぱり。自分の歌はもちろん、他のソリストの声だけ聴こえる場面でも途切れることなく一人芝居をするのだ。しかも本作は、ベルカント・オペラの傑作だけに歌唱には実に高度な技巧が必要だ。開演から90分間、息を抜くところが全くない中で集中し続けなくてはならない。ヒロインが尋常ならざる心理状態を超絶技巧で歌うのが「狂乱のアリア」だが、今回のルチアは、まさに尋常ならざるエネルギーと集中力を要求される。それに応えた二人のソプラノは感動的だった。

苦悩と葛藤のルチア(高橋維)は孤独の象徴である部屋の中で歌い演じる。
<撮影:三枝近志 、写真提供:(公財)ニッセイ文化振興財団>

「狂乱のアリア」が最大の聴きどころの本オペラ、ルチアが新婚の夫を殺す場面は、実はオリジナルのオペラには登場しない。でも今回の舞台では一人芝居でそのシーンが再現されて、白いドレスが血に染まり錯乱するヒロインの姿が現れる。演技の最大の見せ場であって強烈な印象を与えてくれた。

ルチア(高橋維)が錯乱し夫を手にかけるシーン。オリジナルのオペラでは見られぬ場面だけに強烈な印象。
<撮影:三枝近志 、写真提供:(公財)ニッセイ文化振興財団>

新たなるものへの予感

人とのディスタンスを保ち、密でない空間で上演出来て演奏時間もコンパクトになる。今回の「ルチア」はこのような条件をクリアできる舞台として成功した。テノールはどこへ行ったの?ルチア一人だけしか登場しないのは不満とおっしゃる方も当然いるだろう。あくまで緊急避難的舞台だとする意見も分かる。だが個人的には、コロナ禍が収束した後もこの種の再構成や翻案が登場する余地はアリじゃないか?と考える。焦点を絞り込むことで、名作の新たな見せ方のきっかけになる…。カーテンコールで拍手をしながら、そんなことを思った。

最近のテレビドラマや映画からスピンオフ作品が時々誕生する。あれは物語の主人公以外の登場人物にフォーカスして新たな物語を創るケース。今回の「ルチア」は主人公にさらにフォーカスする手法。それが出来るのもオリジナルが名作で、濃厚なエッセンスを持つからこそだろう。

これまで演奏と演出を変化させ繰り返し上演されてきた名作オペラが、また新たな別のオペラの「原作」となる時代が近いのかもしれない。

プロフィール

朝岡聡

フリーアナウンサー、コンサートソムリエ。テレビ朝日時代は「ニュースステーション」やスポーツ中継を担当。フリーになってからはTV・ラジオ・CMに加え、クラシックやオペラのコンサートの企画・司会にもフィールドを広げて活動中。特にバロックからベルカントのオペラフリーク。著書に「いくぞ!オペラな街」(小学館)、「恋とはどんなものかしら~歌劇的恋愛のカタチ~」(東京新聞)など。日本ロッシーニ協会副会長。

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