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『エール』森山直太朗の藤堂先生は完璧なキャスティングだった 切なく響いた戦場の歌声

リアルサウンド

20/10/14(水) 8:00

 うわあ、これ。間違いなく辛い展開が……。

 NHK連続テレビ小説『エール』第75話を観た人は、誰もがそう思っただろう。教師を辞して軍人になった、古山裕一(窪田正孝)、村野鉄男(中村蒼)、佐藤久志(山崎育三郎)の恩師である藤堂先生(森山直太朗)。藤堂先生は、故郷福島に帰った3人に会い、鉄男に、「出征することが決まった。俺のために歌を書いてくれ」と伝える。陸軍制作の戦意高揚映画の主題歌「暁に祈る」の歌詞を何度書いてもボツだった鉄男は、先生に捧げるつもりで書き上げる。陸軍からOKが出て、楽曲「暁に祈る」はヒットする。

 その「暁に祈る」に送られるように、出征して行く藤堂先生。遠ざかる父の背中を見つめる息子、憲太(宇佐見謙仁)と、はらはらと涙を流す妻、昌子(堀内敬子)──どうでしょう。戦争が終わって無事に帰って来ました、なんてことになろうはずがない展開でしょう、どうやったって。

 そして、第18週「戦場の歌」。第86話で、ビルマの首都ラングーンに慰問に訪れた裕一は、藤堂先生が前線の駐屯地にいることを知る。第87話では、危険で過酷な前線に行く決意がつかないまま10日間を過ごすも、腹をくくって(というほど簡単な経緯ではなかったが)前線に出向き、藤堂先生と再会する。

 藤堂先生が自分の率いる隊の中から探しておいた、楽器経験者の3人(ギター、打楽器、トランペット)と引き合わされた裕一は、ラングーンのホテルにいる間に書き上げた「ビルマ派遣軍の歌」を慰問会で演奏することに決め、「歌ってください」と藤堂先生に依頼。一瞬戸惑うも、「みんなの元気のためだ、やるよ」と引き受けた藤堂は、4人と一緒にリハーサルで歌う……というのがここまでのお話。

 よく知られているように、藤堂先生が参戦しているインパール作戦は、後に「史上最悪の作戦」と言われたほど無謀な戦いであり、まともな戦略もないまま精神論だけで戦いに挑んだ日本軍は、ひどい敗戦を喫した。前線にいた兵士たちは、飲水も食べ物もろくにないし、怪我や病気を治療するすべもない状態であり、戦う以前に餓死や病気で命を落とすようなありさまだった。

 余談だが、朝ドラ『ひよっこ』(NHK総合)で峯田和伸が演じた宗男おじさんは、このインパール作戦で奇跡的に生き残った兵士であり、そのことが彼の人生に一生消えない影を落としている、というキャラクターだった。

 前線から戻って来た洋画家の中居潤一(小松和重)に、前線の悲惨な実態を知らされた裕一は、戦意高揚のための曲を作り続ける自らに、疑問を持つようになる。いや、その前から持っていたが、さらに決定的に、強く持つようになる。音楽は、人を幸せにするためのものではないのか? 自分は、人を不幸に向かわせるために曲を作っているじゃないかと。

 第18週の第87話、88話を観ていると、間違いなく『エール』におけるエポックな週であることが伝わってくる。

 戦意高揚のために作った最新の歌を藤堂先生に捧げ、それを先生が歌い、その直後に先生は……という、裕一にとって、生涯でもっとも重い経験となり、戦後の創作活動に決定的な影響を及ぼす出来事である、という点。

 演技経験はゼロではないが決して多くはない森山直太朗が朝ドラ初出演、しかも音楽に関わる役柄であるにもかかわらず、ちゃんとした歌唱シーンが一度もないまま、ドラマがここまで進んできて、まさに物語から退場しようという時に、ついに歌った、という点。

 「裕一が戦場を経験する」「藤堂先生が初めて歌う」という点において、非常に重要な意味を持つ週として描かれている。

 にしても森山直太朗、ナイスキャスティングだったんだなあ、と、つくづく思う。役柄上マストである音楽的素養。柔和だが芯の強さを感じさせるしゃべりかたや表情。優しい教師の時も、軍の隊長の時も、違和感のない佇まい。でも3度の離婚を経て「次こそは!」と息巻いていた昌子さんにまんまと捕まっちゃった、という、世慣れてない感じのかわいらしさもあり。

 森山直太朗以上に、この役にふさわしい俳優がいただろうか。いや、いない……というのは、僕が、すぐそういうことを思いがちな奴だからであって、本当に冷静にちゃんと探せば他にもいたりするんだろうけど、でも素直にそう感じる。

 あと、前述のように、役者仕事は初めてではないが決して多くもない。調べたら、2014年にフジテレビ『HERO』第2シリーズの第1回と、2020年『心の傷を癒やすということ』(NHK総合)に出ているのみだが、そのわりに、あたりまえに自然に演技ができていた、というのも大きい。

 なんであんなに慣れているんだろう。『森山直太朗 劇場公演』と銘打った、音楽と演劇を合体させた舞台(芝居のシーンとライブのシーンが交互にある)を、2005年の『森の人』以来、ライフワークとして行っているからだろうか。

 あともうひとつ。ドラマの中で正面から戦場を描くことに制作側の意地を感じた。戦争の悲惨さをちゃんと伝えたい、この重たくてしんどい気持ちを視聴者に生々しく共有してほしい、という思い。朝の番組で戦場を描いたことに拍手を送りたいと思う。「ルソン島とかそのへんで戦死したらしい」ということしかわからなくて、父方の祖父に会ったことがない者としては。やっぱり餓死か病死だったんだろうなあ、と思うたびに、どんよりした気持ちになります。

■兵庫慎司
1968年生まれ。音楽などのライター。「リアルサウンド」「CINRA NET.」「DI:GA online」「ROCKIN’ON JAPAN」「週刊SPA!」「CREA」「KAMINOGE」などに寄稿中。フラワーカンパニーズとの共著『消えぞこない メンバーチェンジなし! 活動休止なし! ヒット曲なし! のバンドが結成26年で日本武道館ワンマンにたどりつく話』(リットーミュージック)が発売中。

■放送情報
連続テレビ小説『エール』
2020年3月30日(月)~11月28日(土)予定(全120回)
※9月14日(月)より放送再開
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:窪田正孝、二階堂ふみほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/yell/

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