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カツセマサヒコ『明け方の若者たち』は“立ち上がり続ける敗者”の物語

リアルサウンド

20/7/30(木) 9:00

 渋谷センター街の入り口にある大盛堂書店で書店員を務める山本亮が、今注目の新人作家の作品をおすすめする連載。第7回である今回は、ライターとして活躍するカツセマサヒコの初小説となる『明け方の若者たち』を取り上げる。(編集部)

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 編集・ウェブライターとして印象的な文章を書き活躍する、カツセマサヒコの『明け方の若者たち』が売れている。

 店頭でも20代を中心とした若い人が手に取り、大事そうに抱えてレジに向かうのを見かける。筆者も残り少なくなった棚からその本を手にとってみると、深い青色の夜空と三日月とビルのシルエットが映し出された表紙がとても綺麗だ。帯コメントに目を向けると、『春、死なん』の著者・紗倉まな、女優・安達祐実、クリープハイプのボーカル・尾崎世界観などからの推薦文が掲載されている。これだけの才能ある人達が推すカツセの初小説。一体どんなものだろうか、ワクワクしながらページを開いた。

 物語は、2012年5月の明大前(京王井の頭線沿線の駅。下北沢・吉祥寺の繁華街とは少し違った、なかなか絶妙な場所だ)の沖縄料理屋から始まる。就職先が決まった大学生のコンパ。主人公も第一志望は逃したものの、大手の印刷会社に内定が決まっている「勝ち組」の一人だ。

妥協だらけだった人生に、もう一つ妥協を押し込んだ瞬間だった。そのときから生まれた小さな違和感を“後悔”と呼ぶことに気付くまで、大して時間はかからなかった。

 コンパで知り合った〈先天的な愛嬌〉があり、〈要するに完全に僕の好きなタイプ〉の女性から届いた、〈「私と飲んだ方が、楽しいかもよ笑?」〉というメールから飲み会を抜け出す。それを境に主人公の人生に、魔法がかかっていく。

 缶ハイボールを片手に公園でする他愛もない話。下北沢で観た演劇。ちょっとした小旅行。高円寺での半同棲の生活……。甘くけだるい恋愛を、なぞり確かめながら反芻するような筆致に、何とも言えない共感が溢れ、さらに主人公と彼女の息の合った会話が高揚感を生み出す。

 しかし、永遠に続いていくかのように思われた関係も、ある事情から暗転していく。それは、待ち構えた、逃れることのできない運命のように描かれる。

 彼女のいない日々を送る主人公は、「良い思い出」とは、自分だけの「都合の良い物語」であることに気づかされる。破綻した生活と、適性に合わないのに惰性で勤務し続ける仕事の疲れ。自らへの惨めな慰めと、問いかけ。 治りかけた傷の瘡蓋を自傷行為のようにはがし、より膿んでいく様には残酷さがある。

 ただその中でも、会社の同僚・尚人の存在が救いになっている。2人がバッティングセンターに行く箇所は、良い場面である。その場面を読んでいると、思わず「いつまでバットをフルスイングできるだろうか」「一体いつまで派手に空振りをして格好悪く尻餅をつくことができるだろうか」と、自分のことを考えさせられた。

僕らは勝手にする他人の人生に自分を重ねて、「もしも、ほかの生き方をしていたら」と希望を抱いては、勝手に失望していく生き物なのかもしれない。

 本書は、立ち上がり続ける敗者の物語なのかもしれないと思う。 20代を迎える、あるいは今まさに20代を経験している人にとっては、特に身につまされる作品ではないだろうか。後々になって思い返すような苦い恋愛、距離感を測り合う社会人になってからの友人、そして、くよくよと心が晴れない語り手。眩いはずのないそれらが織りなす光景が、なぜか、ただただ眩しい。

 素晴らしい小説は、触発された読者のそれぞれの想いによって、物語が新たに進んでいく。本書もきっとそうだろう。

(文=山本亮)

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