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太田和彦の 新・シネマ大吟醸

『三人の顔役』『夜は嘘つき』、シネマヴェーラ渋谷「映画は大映、ヴェーラも大映」で観た2本

毎月連載

第5回

18/11/1(木)

『三人の顔役』 ©KADOKAWA1960

脱獄したボスに長谷川一夫、井上梅次監督『三人の顔役』

夜陰に脱獄したボス・長谷川一夫は、すぐ情婦・京マチ子を訪ねるが、そこに男がいた気配を感じる。呼び出された配下の幹部、菅原謙次、川口浩は、元組員だった安部徹の飲み屋に長谷川をかくまって下のカウンターで飲みながら見張り、警官をうまくかわす。二階で長谷川は京に「お前、男がいるだろう」と問い詰めるがごまかされる。川口は二人を離す方がよいと主張。京を帰し、長谷川は菅原の手配でストリッパー・野添ひとみの川べりの仮小屋に身を隠す。

ここまでの前半は、夜通し猛烈などしゃぶり雨が降り続き、濡れた飲み屋街のロングショット、捜査警官のかすむライトなど効果満点だ。そこに京、菅原、川口、野添、安部など大物が順を追って一人また一人と登場し、そのたびに一ひざ乗り出す。長谷川一夫は誠に珍しい暗黒街もの出演で、凄みのある頬傷、黒のトレンチコートに黒ソフト、菅原もまたベージュのトレンチコートを雨で濡らし、川口の黒スーツも一目で上等とわかる。夜間、ダンディな服、時間経過を知らせる時計のアップ、煙草の巧みな小道具使い、豪雨の夜にライト点灯して走る車。これこそまぎれもないフィルムノワールだ。

「ひやひやしちゃったわよ」「オレも、上でお前とボスが寝てると思うと」「あぶないところだったわ」。帰って裸で横たわる京と川口に、ははあこいつかとなる。菅原はボスの金庫に手をつけているので後ろ暗い。互いに、ボスを密告したのはお前だろうと疑っている菅原・川口は、脱獄をお荷物と感じるようになる。京と猛烈なディープキスで裸で重なり合う長谷川の意外な熱演に驚き、ふだんは主演級の菅原、川口を眼光一つで威圧する貫録はさすが。さまざまな暗黒街の大物をスクリーンに観てきたが、まさにランクがちがう。

仮小屋でようやくひと息ついた長谷川は、そこにひっそりと住む野添は組の身代わりで服役中の藤巻潤の妻で出所を待っていると聞き、ほだされるが、つい寝床に手を出し、親分はそんな人ではないと聞いていたと泣いて拒絶する姿に、オレもヤキがまわったと情けなくなる。

翌朝、雨の上がった川べりの陽光に生き返った気持ちになり、清純な野添に心を洗われる。娑婆に出れば何とでもなると思っていたが、情婦にも手下にも裏切られていると知り、伊豆下田に運んでくれる手下を探させる。そのもう終わりかなという頃トラック運転手で現れるのが勝新太郎で、今ごろ登場かと驚く。勝は危うく捜査線を突破して途中で止まり「自分は子供が生まれる、もう危ない橋は渡れない」と運び役を下り、ピストルを向けられるが、「殺すならどうぞ、しかしあんたどうする?」と諭す。長谷川は自分の限界を悟り、すべての復讐に縄張りにもどる。

『夜は嘘つき』©KADOKAWA1960

田中重雄監督、山本富士子の『夜は嘘つき』

銀座の関西割烹「灘幸」は親方・中村鴈治郎の料理と、美人娘・山本富士子で繁盛している。今日も娘狙いの永井智雄、船越英二、有島一郎が次々に来店、それぞれに顔を立てて大忙しだ。

しかし糟糠の妻を亡くし気落ちした鴈治郎は、店は板前・川崎敬三にまかせ、金庫から金を抜きだし競艇に明け暮れている。ある日金融業者が父親の借金抵当に店を渡せと言ってきて、娘は頭をかかえた。さてどうするかの物語。

娘を落とさんと通う三人がいい。お姐言葉の流行作家・永井智雄は「もう忙しいのよ」と自慢しながら店紹介の週刊誌記事に協力し、勘定は出版社にさせる。銀座のクラブ経営・船越英二は「支店を出すので夜九時以降はそっちに来てくれないか、互いに客をまわそうよ」と儲け話で口説く。金満社長の有島一郎は、いまだに独身で風采も上がらないが女たらしでモテ、熱海に連れ出したい。

娘は魚河岸の叔父さん・加東大介に相談し一計を案ずる。まず父に直談判、「それが親に言う言葉か」と大喧嘩のあげく家から追い出すが、行く先はねんごろの小唄師匠・角利枝子(うれしいはまり役)の所と仕組んである。それを見た一本気の板前・川崎は「親を追い出すなんて」と激怒して店を辞める。小さいころから仕込まれ実父のように慕う実直な彼を、娘はひそかに好いていたのだったが。

次に例の三人に、隠れ家書斎、銀座クラブの自室、熱海の旅館で会い、落ちる素振りを見せながら一人五〇万の借金を頼み、月末某日に持ってきてね、それからねと甘える。

その日、意気揚々とやってきた三人は一室で会い、互いに体裁わるく座る(この場面秀逸)。そこに加東登場。「このたび灘幸は株式会社となり、この富士子が社長、皆様は大株主に……」と開陳。あっけにとられた三人は「ここまでやられちゃ」と大笑いして意気投合、娘は深々と畳に手をつき涙をながす。川崎も真相を知って戻り、二人して魚河岸に行くのだった。

まことに良いお話をすべて適役でさばく監督:田中重雄の手腕は娯楽映画の鏡。日本一の美女・山本富士子が思い悩む顔アップを次第に照明をおとしてゆく余韻。それぞれの役者に存分に芝居させる見せ場つくり。とりわけ「鱧は親方の包丁でなくっちゃだめ」と食通も披露する流行作家の永井智雄は、こういうのいると笑えるのりのりの役作りだ。

この作品は好評だったのか翌年、お富士さんは鰹節問屋の娘、同じく中村、船越、川崎も出演の『夜はいじわる』を撮り、これまた大傑作。こちらもいずれ上映してください。

作品紹介

『三人の顔役』
シネマヴェーラ渋谷
特集「映画は大映、ヴェーラも大映」
(2018年9月29日~10月26日)で上映。

1960年(昭和35年)大映 107分
監督・脚本:井上梅次 共同脚本:斉藤良輔他
撮影:小林節男 美術:柴田篤二 照明:泉正蔵 音楽:河辺公一
出演:長谷川一夫/京マチ子/菅原謙次/川口浩/野添ひとみ/安部徹/勝新太郎/藤巻潤
太田ひとこと:ナイトシーンこそ撮影・照明・美術の見せ場。大掛かりな街並みセットの窓を俯瞰移動し、黒トレンチコートの長谷川が豪雨の中を隠れ逃げてくる冒頭の長まわしのすばらしさよ。

『夜は嘘つき』
シネマヴェーラ渋谷
特集「映画は大映、ヴェーラも大映」
(2018年9月29日~10月26日)で上映。

1960年(昭和35年)大映 93分
監督:田中重雄 脚本:笠原良三
撮影:高橋通夫 音楽:河辺公一
出演:山本富士子/中村鴈治郎/川崎敬三/加東大介/船越英二/永井智雄/有島一郎/角利枝子
太田ひとこと:♫夜は嘘つき、貴方も嘘つき、私も……と、お富士さんはタイトルバックの主題歌も歌う大サービス。

プロフィール

太田 和彦(おおた・かずひこ)

1946年北京生まれ。作家、グラフィックデザイナー、居酒屋探訪家。大学卒業後、資生堂のアートディレクターに。その後独立し、「アマゾンデザイン」を設立。資生堂在籍時より居酒屋巡りに目覚め、居酒屋関連の著書を多数手掛ける。

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