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ジャズ界の頂点に君臨するベーシスト、アヴィシャイ・コーエンとイスラエルジャズの今

リアルサウンド

19/9/16(月) 8:00

 昨今、音楽ファンの間で話題になっているイスラエルジャズシーン。現代ジャズにおけるイスラエルジャズの勢いはとどまるところを知らず、もはやジャズの一大勢力といっても過言はないだろう。これまで数多くのイスラエル出身のミュージシャンが海を渡り、ジャズの聖地ニューヨークを目指してきたわけであるが、あらゆる人種背景、生活様式、宗教、文化と伝統を持ち合わせるイスラエルジャズシーンは90年代以降、バラエティに富んだ才能を世界へ輩出してきた。その背景のひとつには、そもそも国民の人口が900万人にも満たないイスラエルの音楽市場は小さく、今まで彼らの多くが音楽大学を卒業すると、生計を立てるべくアメリカに渡るケースがほとんどだったことが挙げられる。中でも70年代前半生まれのいわゆる第1世代がニューヨークで頭角を現し、周囲から一目置かれる存在になったことで、それ以降のイスラエル人ミュージシャンが世に出やすくなったことも、彼らが大きく飛躍した理由のひとつだ。

 世代別に語られることも多い彼らであるが、第1世代のべーシスト、アヴィシャイ・コーエン(1970年生まれ)は、同世代のオメル・アヴィタル(Ba)とアヴィ・レヴォビッチ(Tb)と並び90年代からニューヨークで活躍し、イスラエル出身のミュージシャンたちに道筋を示した一番の功労者といえよう。アヴィシャイ・コーエンの音楽の魅力は何といってもイスラエル由来の哀愁漂う旋律と、変拍子を多用した複雑なリズム、それでいて誰にでも親しみやすいメロディに凝縮されている。ジャコ・パストリアス(Ba)に魅了されてジャズを志した若者は、次第にユダヤ音楽からラテン音楽、中世ヨーロッパの古謡まで多様な音楽文化を飲み込み、アヴィシャイ・コーエンという唯一無二の音楽を生み出したのだ。

 今ではジャズ界を牽引する存在として、世界中を飛び回るアヴィシャイ・コーエンであるが、1992年の渡米時には資金繰りのためにニュースクール大学とマネス音楽大学に通いながら、建設現場で働く毎日だったという。日夜、ストリートやナイトクラブでベースを弾くアヴィシャイに転機が訪れたのは96年。ダニーロ・ペレス(Pf)の紹介でチック・コリア(Pf)に実力を認められた彼はチックのバンド、Originのメンバーに抜擢され、一躍、ジャズ界の注目の的となった。

 その後、チックのレーベル<Stretch>からソロデビューを果たし、『Adama』(1998年)、『Devotion』(1999年)、『Colors』(2000年)、The International Vamp Bandを率いた『Unity』(2001年)とリーダー作品を次々とリリース。2002年には自身のレーベル<Razdaz Recordz>を設立し、2年後の2004年には自らのルーツと向き合うためにイスラエルに帰郷した。若き名匠シャイ・マエストロ(Pf)と米ジャズ界の鬼才マーク・ジュリアナ(Dr)を起用した『Gently Disturbed』(2008年)、ジャズの名門<Blue Note>からリリースした『Seven Seas』(2011年)は、いずれも現ジャズ界における金字塔的作品として高い評価を得ている。2014年には愛娘の名前を冠した『Almah』でストリングスをフィーチャーし、ジャズと室内楽や伝統音楽とのアンサンブルを独創。2019年7月には17枚目のアルバム『Arvoles』を発表し、ホーンセクションを取り入れた静謐かつ洗練された音色は、アヴィシャイの目指す地平が新たなレベルに到達したことを感じさせた。

Avishai Cohen – “Simonero” (‘Arvoles’ – New Album, 2019)

 これまでアヴィシャイは前出のシャイ・マエストロを始め、若い世代の発掘に力を注いできた。過去のトリオメンバーに選出されただけでも(ツアー・メンバー含む)、第3世代(80年代生まれ)のオムリ・モール(Pf)、ニタイ・ハーシュコヴィッツ(Pf)、アミール・ブレスラー(Dr)、ダニエル・ドー(Dr)、イタマール・ドアリ(Per)、第4世代(90年代生まれ)のオフリ・ネヘミヤ(Dr)などが挙げられる。またアヴィシャイがコ・プロデュース(共同プロデューサー)し、<Razdaz Recordz>から『One World』(2016年)でデビューを果たした1993年生まれのシャハル・エルナタン(Gt)は今後が期待される注目株だ。

 筆者が過去に行ったインタビューでアヴィシャイは、「新しい世代が次々と出てきていて、彼らを表舞台に立たせることが私の使命だと感じている」と語っていた。イスラエルジャズの若き猛者たちは、まさにジャズ界のこれからを担う人材の宝庫といえるだろう。アヴィシャイ自身、自らのライフワークとして次世代の音楽家の発掘と育成を楽しんでいるようだ。現在、『アヴィシャイ・コーエン・ミュージック・アワード2020』を開催中の彼だが、コンテストの勝者は2020年に<Razdaz Recordz>からアルバムリリース権を得ることができるそうなので、こちらもぜひチェックしてもらいたい。

 ここ数年の間、毎年のように来日しているアヴィシャイであるが、昨年の8月には日本初演プロジェクトの『アヴィシャイ・コーエン トリオ with 17ストリングス』、今年2月にはアゼルバイジャン出身の気鋭エルチン・シリノフ(Pf)とイスラエル出身の盟友ノーム・ダウ(Dr)とのトリオ公演、8月31日の『第18回 東京JAZZ』ではエルチン・シリノフとマーク・ジュリアナを率いた1日限定トリオでの来日公演を成功させた。

 アヴィシャイの母親の言語ラディーノ語(スペイン系ユダヤ教徒セファルディムのスペイン語方言)で「木」を意味する新作『Arvoles』(ジャケットの絵画はアヴィシャイの母親によるもの)から多くの楽曲が披露された今回の『第18回 東京JAZZ』公演。今までにないほど穏やかで壮大な世界観は、アヴィシャイの新天地が垣間見えるような心打つものであった。

 2020年は50カ国で50公演を行うというアヴィシャイ・コーエン。同年4月に50歳の誕生日を迎える彼はこの先、どのような新世界を我々に見せてくれるのか。来年もアヴィシャイ・コーエンの動向から目が離せない。

Avishai Cohen – “Face Me” LIVE (‘Arvoles’ – New Album, 2019)

(文=落合真理)

アヴィシャイ・コーエンHP

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