Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

“痛みの記憶”を共有する、緊迫の75分 ―NODA・MAP番外公演『THE BEE』

ぴあ

NODA・MAP番外公演「THE BEE」(撮影:篠⼭紀信)

続きを読む

野田秀樹の傑作、と出だしから絶賛では興醒めかもしれないが、本当にそう実感する衝撃の舞台『THE BEE』、その日本版が9年ぶりに上演中だ。野田が9.11アメリカ同時多発ゼロに触発され、ロンドン演劇人とワークショップを重ね、筒井康隆の小説『毟りあい』を下敷きに、初めて英語戯曲(コリン・ティーバンとの共同執筆)として発表した作品である。“報復=暴力の連鎖”をキーワードに、人間の奥底にある暴力性や残虐性、差別意識などを露呈させる戦慄のドラマは、2006年のロンドン初演からワールドツアーを経て、世界各地の観客に興奮と恐怖を味わわせて来た。

今回の日本版では、これまでの『THE BEE』全公演で出演も兼ねて来た野田が、初めて演出のみに専念。事件に巻き込まれるサラリーマン“井戸”役に阿部サダヲ、脱獄囚“小古呂”の妻とリポーターを演じる長澤まさみ、百百山警部・シェフ・リポーター役に扮する河内大和、そして“小古呂”とその子ども、さらに刑事“安直”とリポーターまで巧みに演じ分ける川平慈英と、演劇好きにはたまらない魅力の布陣が、野田の緻密な采配のもとに新たな衝撃を生み出した。

ごく普通のサラリーマンである井戸は、脱獄囚の小古呂に妻と子供を人質にとられ、自宅を占拠される。逆上した井戸は自らも小古呂の妻と子供を人質にして立てこもる。理不尽な報復の物語が展開するなかで、紙や鉛筆などの見立て小道具が観客の想像力を激しく刺激し、息詰まる恐怖へと導いていく。初日の舞台では、見立て小道具のゴムが切れるハプニングがあったらしい。これまでの日本版を観て来た筆者もそうだが、おそらく観客のほとんどがそのことに気づかなかっただろう。たとえストーリーを知っていたとしても、幕開きから一気に熱量の高い演技に引き込まれ、“何が起こるかわからない”緊迫の空気に支配されるからである。

困惑、恐怖、混乱、衝動、狂気の目覚め、暴力の快感と、感情変化のスライディングを鮮やかに見せる阿部は、圧倒的な存在感で井戸=野田と刷り込まれていた筆者のイメージを軽々と塗り替えていった。バネの利いた動きと微細に変わる表情から目が離せない。長澤は明瞭な声の響き、惚れ惚れするほど均整のとれた体躯に、あらためて優れた資質を持った俳優だと感じ入る。さらに思い切りのいい表現が艶かしくも強く、美しい。

河内のポジションは、前回の日本版上演時に野田が「一番テクニックを必要とし、難しい」と語っていたが、舞台を観ればその言葉に納得。実直であるほどにユニークかつ不気味、そんな味わい深い巧さが光る。さらに今回の発見はこの人、影が怖い。シルエットで恐怖を与える稀有な俳優だ。川平は、縦横無尽に様変わりする痛快さは彼の真骨頂だが、これまでの舞台では見たことのない悪の表情に驚かされた。それも、安直の狡猾から小古呂の自棄へ、違うタイプへの悪の転換が強く印象に残った。

劇中で井戸を怯えさせる、タイトルでもある蜂は一体何なのか。野田曰く「ただの思いつき」だそうだが、井戸の中のわずかな正義か、倫理観か……恐怖に震える阿部の表情を見てそんなことを思う。そして蜂が封じ込められたことに安堵し、さらに激情をスパークさせる井戸の姿にゾッとする。なのに、笑いがこぼれる。暴力シーンに嫌悪感を抱きながら、微笑んでいたりする。自分が揺らぐ、とてつもなく恐ろしい75分である。2007年、2012年に上演された『THE BEE』日本版を観劇した人が、口を揃えて「あれは怖かった、ドキドキした」と目を輝かせるのは、自身を疑った痛みの記憶が、今も鮮明にあるから。消えない痛みを与える演劇、そう考えると、やはり傑作としか言いようがないのである。

取材・文:上野紀子

『THE BEE』大阪公演 ぴあアプリ先行抽選受付中!
対象公演:12月16日(木) ~ 12月26日(日) 各公演
受付期間:11月18日(木) 11:00まで
⇓その他詳細は以下をご確認下さい。⇓
https://lp.p.pia.jp/shared/cnt-s/cnt-s-11-02_2_5c4ded0c-5f77-44b3-bf59-08479b788591.html?detail=true

アプリで読む