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中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界

『森 フォレ』

毎月連載

第33回

『森 フォレ』チラシ 画:榎本マリコ

女性の顔から青々とした森が茂り、その奥には獣の気配が……。思わずチラシをめくる手の止まるこの作品を描いたのは、『82年生まれ、キム・ジヨン』の印象的な装画も手掛けられた画家の榎本マリコさん。『炎 アンサンディ』『岸 リトラル』に続き、ワジディ・ムワワド作品の三作目となる今作『森 フォレ』のチラシはどのように生まれたのか、演出家の上村聡史さんと榎本さんにお話を伺いました。

左から中井美穂、榎本マリコさん、上村聡史さん

中井 どういう経緯で、今回のチラシを榎本マリコさんが描かれることに?

上村 僕の場合、チラシに口を出すときもあれば、ほとんどおまかせするときもあって、主催によって関わり方が違います。今回は書店で見かけた『82年生まれ、キム・ジヨン』の装丁が印象に残っていて、その世界観と『森 フォレ』の世界観がオーバーラップしたので、「イラストであれば榎本マリコさんが描いたような感じがいい」と伝えました。その時点ではまさかご本人が描かれるとは思っていませんでした。デザイナーの秋澤一彰さんが発注してくれて、今回はじめましてでお願いすることになりました。

中井 榎本さんは、演劇をよくご覧になりますか?

榎本 そこまで観るほうではありませんが、過去二度ほど演劇のチラシに関わらせていただいたことがあります。白井晃さん演出の『ガラスの葉』のチラシと、『オーランドー』の仮チラシを。

中井 仮チラシでわざわざ榎本さんの作品を?

榎本 過去に描いていたものを使いたいとご連絡がありまして、データだけお送りする形で。『ガラスの葉』の時は戯曲を読ませていただいたり、お稽古も見せていただいて、世界観をしっかりと見せていただいたうえで描きました。

『ガラスの葉』チラシ(2010年9・10月に世田谷パブリックシアターにて上演)
『オーランドー』仮チラシ(2017年9・10月にKAAT神奈川芸術劇場にて上演)

中井 今回の『森 フォレ』ではどのような形で世界観の共有を?

榎本 まず資料と脚本と、上村さんが描かれた人物相関図を送っていただいて。

中井 お手製の?

榎本 はい。すごくわかりやすくて、戯曲を読むにあたって相当助けられました。

上村 キャスティングのこともあったから、相関図は早々に書きました。あった方が戯曲を読みやすいだろうと思って、お送りする時にこれも添えてください、と。

中井 「こういう感じの絵にしたい」と思われたご本人に描いてもらえるって……。

上村 すごい喜びでした。打ち合わせは1回したのですが、その時点で榎本さんからスケッチが2パターン上がってきて。僕は榎本さんの描いたどの作品がここに当てはまってもいける、この作品の世界観を表せると思っていたくらいなので、そのスケッチを見て「ぜひこちらでお願いします」と。

中井 榎本さんは脚本を読んで、どう思われましたか?

榎本 時代が行ったり来たりするし、とにかく壮大でぐるぐるするような感覚で(笑)。想像力をフル回転しながら読ませていただきました。

上村 気が遠くなりそうですよね。

中井 そこで得た何がこの絵につながったのでしょう?

榎本 一番はやっぱりタイトルの「森」ですね。森自体がすごい年月をかけて形成される場でもあるし、ストーリーの持つ時代の積み重ねをひとつのビジュアルとして表現するとどうなるだろうと考えたときに、この絵が浮かびました。

中井 上村さんからは特に細かいリクエストはなく?

上村 僕がお願いしたのは「空から注ぐ光を見るように、ちょっと顔を上げる感じでお願いします」というだけで、あとはお任せでした。榎本さんの絵ってやっぱり顔なんですよね。ちょうど昨日榎本さんの個展に行きましたが、原画を見ると顔に乗っているピース一つひとつ、例えば動物や虫、花や洋服などが顔に流れ込む、顔に求心していくように見えて、やっぱりこれだと改めて思いました。『森 フォレ』の中で娘の顔に母の面影が溶け込むように、様々な事象が顔に溶け込んでいくということなんだと。

榎本マリコさんの個展『"午前4時" 2017-2021』フライヤー。6/8(火)〜6/20(日)まで東京都港区のbetween the arts galleryにて開催された

中井 2パターン描かれたというスケッチのもうひとつはどういうものでしたか?

榎本 真横を向いて見上げている絵でした。

上村 横顔から森がバッと出ているもの。

榎本 横顔のものは口が全部隠れて全て森で覆われているものしたが、「口元が出ていて表情が垣間見えた方がいいね」と(デザイナーの)秋澤一彰さんとも話してこちらになりました。

チラシが引っ張っていくもの

中井 それにしても、一度見たら忘れられないチラシですね。

榎本 よく「怖い」と言われます(笑)。

中井 森ってミステリアスなイメージがありますよね。もちろんこの絵でも獣の目が光っていて怖さもありますが、このキリンが何とも言えずあたたかみがあって、不思議な手触りだなと。脚本を読み進めていくとキリンが登場したので「なるほど」と思ったのですが。

榎本 「獣といえばなんだろう」と上村さんとお話をして、熊や狐などの候補も出ましたが、最終的にキリンになりました。

上村 本の装丁や演劇のチラシって、「この芝居はこういうテイストですよ」と作品のカラーを提示するのが王道だと思いますが、『82年生まれ、キム・ジヨン』の装丁は「これはどういう小説なんだろう?」と引っかかる。詩的な作品? 顔がくり抜かれているから悲劇? と。

チョ・ナムジュ著『82年生まれ、キム・ジヨン』筑摩書房 1,650円

内容に対して、決して一色にならないいろんなイメージがあった。怖さとともに広がり、柔らかさというアンビバレントなものが同居しているのが面白いと思ったので、今回もそういったイメージを押し出していければと。榎本さんとは動物に関する話を交わしました。「キリンは脳と心がすごく離れてる動物ですよね」という話をしたり。

中井 確かに、怖さと温かみがありますね。頬に垂れ下がる緑が涙にも見えますが。

榎本 一見泣いているようにも見えるかなと思ったので後から入れてみました。

中井 女性に影がついているのも、気になります。

榎本 この人はどこの誰で何をしているんだろうと、特定できない要素として、個人的な作品を書く時も影を描くことが多いです。

上村 ワジディさんは自分の戯曲の表紙を抽象性の高いものにされる方ですが、どこかでこれを見たのか、ワジディさんのエージェントから問い合わせがあったそうです。

中井 ワジディ作品「約束の血」4部作シリーズのうち、この『森 フォレ』のチラシだけ、今までの2作とだいぶ方向性が違いますね?

上村 『炎 アンサンディ』のときはまさかワジディ作品を続けて上演できると思ってもいなくて。出演者も岡本健一さん、麻実さんがそれぞれ続けて出てくださるとは。ただ、4部作といっても1作ごとに独立しているので、一貫性には無頓着でした。今回は榎本さんに描いていただける時点で単独性を大事にしようと。作品自体、前2作より複雑な構成をとっていますし、中東からヨーロッパに舞台を移していて、家族の物語の強さもありつつ、より批評性の強い物語になっています。だからこのチラシが作品の手がかりになる要素がだいぶあるなと。これを見ると作品の方もがんばって作らなきゃと思います。

中井 チラシが作品への気持ちを盛り立てている。

上村 シリーズを通して作家の世界に対する怒りが根底にあるんです。その怒りに知らず知らず引っ張られ、吸い込まれてしまっている感覚があって、そのこともこのビジュアルが表現してくれているような。榎本さんの絵、僕の言葉、スタッフの意見、それぞれに触発し合って俳優たちのセリフも力を持ってきている。3作目にして、このチラシも含めより充実感のある作品づくりができているなと思います。

中井 チラシは稽古場にも必ず貼ってありますし、出演される方の気持ちも、観に行く方のモチベーションも、チラシが引っぱることは大きいのかもしれないですね。

榎本 そうですね、だといいなと思います。

中井 そもそも『森 フォレ』は仮チラシの段階から、木の根っこがわっと広がったビジュアルがありましたよね。根っこって何千年前からオリジナルの部分で、でも生きて伸びている部分でもあるし、ファミリーツリーを表現しているのだろうなと。

上村 まさにそうですね。

中井 そこからこの本チラシになったときに、私は軽やかさも感じました。仮チラシは下に下に引っ張られていく感じだけれど、榎本さんの作品は上に繁っている。つまり大地が死んでいない。森が繁ってより大きくなり、動物が住んで人が来て何かが隠せるくらいの、容量のある生きたものを持てる女の人に違いないと。そんなことまで考えさせる魅力的なチラシです。

『森 フォレ』仮チラシ 宣伝美術:秋澤一彰

憧れが顔に具現化したら

中井 榎本さんご自身はご家族が日本画をされていたとか?

榎本 曽祖父が日本画家でした。会ったことはないですけども、自宅には屏風とか、いかにも「花鳥風月」という日本画がたくさん、雑に飾られていて。近所に豪邸に住む洋画家の方がいて、私が絵を描いていくとお小遣いをくれたりしたので、持って行ってはお小遣いをもらっていました(笑)。

中井 すごい。では絵を描くことがちいさい頃から日常でしたか?

榎本 そうですね。でも途中、全然違うファッションの仕事につきました。ただそこでもアートと触れ合う機会があったので、「やっぱりゼロから自分で作り上げる方に行きたいな」と独学で絵を始めたので、技術はなくて。

中井 なぜこんなにも人の顔を描かれるのでしょう?

榎本 やっぱり人間にいちばん惹かれるのかなと思います。観る側としてもポートレイトを描かれる作家さんの作品に心動かされることが多くて。自分もポートレイトを描きたいと思うけれど、なにせ技術が追いつかない。自分のオリジナリティをどう出して行けばいいのかと試行錯誤したときに、今の画風は「表情を見せずに広い世界観を出せる」とストンと自分にハマったので、今はそこを広げていけたらと。

中井 すごく面白いですよね。なかなかこういうアプローチをするという発想は生まれてこないと思います。

榎本 絵画は別として、イラスト業界の方からは「目を描かないなんて絶対ありえない!」と言われることもあって、「ハイ、すいません……」と。

中井 マスクの時代だからこそよけい、この絵に思うところが生まれます。この人はこの森がなかったらどんな顔をしているのだろうと。

榎本 このシリーズは2017年頃から描き始めましたが、たしかに「防御する」というイメージも持っていて。さらに本当の自分を見せたくないという部分も表現できたらと。自分の思う、人間とは全くかけ離れた物質や動植物を顔に置くことによって、憧れのようなものを出せたらと。

中井 憧れか。見れば見るほど気になる、本当に不思議。自分だったら何が生えているんだろうと考えてしまいます。自分の生き方の中で頭を占めているもの、自分を表現するものがもし形となって自分を侵食したら何だろう。

上村 中井さんだったら?

中井 なんだろう、でもやっぱり現実ではないと思います。空想、妄想のことが好きだし、どうにもならないことが好きなので。

上村 僕だったら本ですね。理屈、演出家ってなにごとも理屈に、意味づけしないと気がすまいない。だから本が顔に刺さっているんじゃないかな。

いつか3部作をすべてこの絵で

上村 個展にお邪魔して、本当にこういう時間は必要だなと思いました。作品を観る時間もですが、チラシを見て「これ何だろう」と想像する時間も。日本の演劇フライヤー文化ってすごいですよね。こういう連載も大切だと思います。

中井 うれしいです。榎本さん、最近気になった演劇チラシはありますか?

榎本 演劇はあまり観ていませんが、映画のチラシやパンフレットだと、気になるものを観たらだいたい大島依提亜さんがデザインを手掛けていることが多いですね。『ミッドサマー』のチラシとパンフレットも好きで、大事にしています。

『ミッドサマー』チラシ (C)2019 A24 FILMS LLC. All Rights Reserved.

中井 どんな映画がお好きですか?

榎本 ホラーが好きで。小説もホラーばかり読んでいて、こんな作風になってしまいました(笑)。小さい頃から人間の闇とか得体のしれないもの、想像できないことに惹かれます。

中井 ファッションに携わっていた頃はその気持ちはどうされていましたか?

榎本 その時は若さを楽しんでいて。闇は忘れていた時期ですね。

中井 では今の生き方やお仕事は、ご自身の小さい頃から親しんでいた世界に近い?

榎本 やっとつながってきたかなと最近感じていますし、どんどん紐解いていきたいなと思います。

中井 確かに人間の体ひとつとっても不思議は多くて面白いですよね。少し違うかもしれませんが、会ったことない親戚と耳の形や骨格だけ似ててドキッとしたり……。だいたい人の体の中に人が宿ること自体が不思議で。

上村 今お話を聞いてふと思い出しましたが、個展で拝見した3部作が魅力的で。背景は同じ空で、3人それぞれ違う人物が描かれているものでした。世界が変わらずあるなかで、人それぞれの個性と進化がある感じが……。

榎本 「トリプティック」という昔の宗教絵画でもあるつくりで。3点でひとつの世界感だけどそれぞれいるという感覚がよかったので、シリーズ化して描いています。

上村 ちょっとこじつけて言えば、『森 フォレ』がうまくいって『炎 アンサンディ』『岸リトラル』が再演することになったらぜひ榎本さんに3部作の絵を描いてほしいと思いました。

中井 それはぜひ観てみたいです!

構成・文:釣木文恵

公演情報

『森 フォレ』
日程:2021年7月6日(火)~2021年7月24日(土)
会場:世田谷パブリックシアター
※名古屋・兵庫公演あり

作:ワジディ・ムワワド
翻訳:藤井慎太郎
演出:上村聡史
出演:成河 瀧本美織/
栗田桃子 前田亜季 岡本玲 松岡依都美/
亀田佳明 小柳友 大鷹明良/
岡本健一 麻実れい/

プロフィール

上村聡史(かみむら・さとし)

2001年文学座附属演劇研究所入所。09年より文化庁新進芸術家海外留学制度において1年間イギリス・ドイツに留学。18年に文学座を退座。15年に『炎 アンサンディ』ほかの演出で第17回千田是也賞、22回読売演劇大賞最優秀演出家賞を受賞。近年の演出作品は『斬られの仙太』『Oslo(オスロ)』『ミセス・クライン』、12月上演予定の『ガラスの動物園』も手がける。

榎本マリコ(えのもと・まりこ)

1982年生まれ、東京都在住。日本画家であった曾祖父の影響もあり、幼い頃から自然と絵のある環境で育つ。ファッションを学んだのち、独学で絵を描き始める。チョ・ナムジュ著『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)、今村夏子著『むらさきのスカートの女』(朝日新聞出版)、五十嵐律人著『法廷遊戯』(講談社)等の本の装画ほかCDやDVDのジャケット画なども手がける。

中井美穂(なかい・みほ)

1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めるほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)、「つながるニッポン!応援のチカラ」(J:COM)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より読売演劇大賞選考委員を務めている。

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