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ギャラガー兄弟の物語はまだまだ続く 『アズ・イット・ワズ』で浮かび上がるリアムが愛される所以

リアルサウンド

21/2/20(土) 13:00

 なるほど。この人は正直な人なのだな、と。そう思った。

 あまりにその時の自分に正直でありすぎて、ウソがつけない。場を盛り上げるために話が大げさになることはあっても、思ってもいないことを口に出すことはない。あまり深く考えずに感じたことをすぐ口に出し行動にも表すから、いろいろトラブルも起こすけれども、腹に一物あったり、言ってることとやってることが違ったり、裏表があったりすることはない。きっとそれは音楽をやる時も同じだ。25年前から同じだ。だからこの人はこんなにも多くの人びとに愛されるのだ。

 リアム・ギャラガーのオアシス解散後の歩みを追ったドキュメンタリー映画『リアム・ギャラガー:アズ・イット・ワズ』を観て、今さらながら、そう感じた。『アズ・イット・ワズ』には、自分の素顔を、さまざまな雑音に隠されがちな自分の本当の姿を知ってもらいたいという意思が貫かれている。だからこそ彼を、彼の音楽を知る者は一度は観たほうがいいし、一度観れば誰でも、リアムはこういう奴なんだとわかる(と断言したい)。その率直さ、正直さ。「アズ・イット・ワズ(ありのままに)」というタイトルそのままの映画なのだ。

 『アズ・イット・ワズ』ではオアシス解散後の彼の歴史のさまざまな紆余曲折が語られる。一度は栄光を極めたスーパースターが、信頼しあっていたはずの仲間(リアムの場合「兄」だが)と袂を分かったことをきっかけに迷走・凋落し、引退を考えるほどに追い込まれ、だがそこから音楽の力を頼りに、周りの助けも借りて再生し、第二の頂点を極める……というストーリーは、ミュージシャンのドキュメンタリーとしてはよくあるパターンではある。

 なにもかもが順風満帆な右肩上がりの成功譚にはどこか人間味が薄く共感も感動もしにくいから、制作者はなんとかそこにドラマを作ろうとして、「挫折」だの「懊悩」だの「軋轢」だの「葛藤」だのといった要素を無理やり盛り込もうとする。だが『アズ・イット・ワズ』にはそんな作為は必要なかったはずだ。なぜならそれは、いつだって自分に正直に生きてきた彼を、彼の音楽を理解するために絶対不可欠な要素だから。

 彼を知る人であればあるほど驚くように、強気一辺倒、無敵の王様と思えたリアムが弱みをさらけ出し、どん底でもがき苦しむ様子があけすけに描かれる。なぜここまで赤裸々に描かれなければならなかったか。

 そもそもこの映画はソロ1stアルバム『As You Were』のメイキング映像の制作からスタートしたらしいが、その構想がどんどん膨らんでいった。彼にとって起死回生の一作となったこのアルバムがどんなアルバムで、彼にとってどんな意味がある作品なのか解き明かすためには、単にスタジオでの録音風景や通り一遍のインタビューだけではなく、オアシス解散以降の自分の紆余曲折を包み隠さず描く必要があると、アーティストも制作者も気付いたからだろう。だからこの映画を観る前と観た後では、『As You Were』の聞こえ方そのものが変わってくるのだ。

 やはりリアムにとって大きいのは、兄ノエルとの確執と決別、それに伴うオアシスの解散である。ノエル以外のオアシスのメンバーをそのまま居抜きで起用したビーディ・アイなど、オアシスという拠り所を失ったリアムのノエルへのコンプレックスと対抗意識が作らせたようなものだろう。そんなビーディ・アイの解散で深刻なアイデンティティ・クライシスに陥ったリアムの悩みは「自分はノエルのようなソングライターにはなれない」という思いだったに違いない。

 だが、「ロックは自作曲を歌わなきゃならない」なんて誰が決めたのか。そんな「常識」がまかり通るようになったのは「たかが」ビートルズの登場以降のここ60年足らずに過ぎない。自分で曲を作らなかったからと言って、ロックンロールのキング、エルヴィス・プレスリーの偉大さが損なわれることなど断じてありはしない。職業作曲家たちのお仕着せの楽曲ではなく、自分たちの心からの叫びを音楽にすることで、ロックが飛躍的な進化を遂げたことは確かだ。だがヤドカリのように自分の身の丈に合った楽曲だけを歌っているうちに、広がりも奥行きも普遍性もないスケールの小さなロックばかりが横行するようになってしまった事実もある。そんな時代に、兄ノエルの作った楽曲を歌い何倍ものスケールのポップソングに昇華して一時代を築いたのは、ほかならぬリアムだったではないか。

 ソロ以降のリアムの曲は昨今の欧米のポップミュージックの多くがそうであるように、複数の作家が参加した集団制作態勢で作られている。リアムの天賦の、そして誰にも到達できない強みとはその声にほかならない。その強みを最大限に活かすことが、彼の復活に一番必要なことだった。そのために、ひとりでの楽曲制作にこだわるのではなく集団制作体制をとって成功を収めたのがアルバム『As You Were』であり、そこに至る過程を丁寧に解き明かしたのが映画『アズ・イット・ワズ』なのだ。

 そして多くの人が気になるであろう、ノエルとリアムの仲である。兄と弟の、メディアを通じての舌戦は、お互いの役割をよくわかったうえでのプロレス的な振る舞いだと私は長いこと思っていた。プロレスである限りは筋書きがあり、その結末は言うまでもなくオアシス再結成である。だが映画の終盤で、リアムから何度となくノエルに連絡をとろうとしたものの、一向に返事も反応もないことが明かされる。つまり本当にふたりは没交渉なのだ。リアムはこんな憎まれ口を叩く。

「オレが成功してるのがアイツは面白くないんだろう。オレがどん底なら絶対喜んでいるはずだ」

 だが映画はその直後、マンチェスターの実家に残る兄弟の部屋を訪れ、2人の思い出話を楽しそうに語るリアムが映される。現在のリアムのマネジャーで私生活上のパートナーでもあるデビー・グワイサーは「連絡をとってもなしのつぶて。だから非難したり敵意を剥き出しにする。リアムは寂しいのよ。だってお兄さんだもの」と言い、母マーガレットは「新年には仲直りしなさいよ」と釘を刺す。

 そしてその新年。2021年1月1日のツイートでリアムはこう綴った。

「ハッピーニューイヤー、ノエル。あんたのことをずっと愛してる。2021年はオレたちの年になるぜ(HNY Noel love you long time 2021 is our year c’mon you know LG x)」

 ソロとして成功を収め、家庭にも恵まれ、親との仲も良好なリアムは満ち足りた人生を送っているように見える。ノエルの助けなんか必要ない、と言う。その言葉はウソではないはずだ。だが2人の物語はまだまだ続く。結末がわかるのは、まだもう少し先のようだ。

■小野島大
音楽評論家。 『ミュージック・マガジン』『ロッキング・オン』『ロッキング・オン・ジャパン』『MUSICA』『ナタリー』『週刊SPA』『CDジャーナル』などに執筆。Real Soundにて新譜キュレーション記事を連載中。facebookTwitter

■リリース情報
『リアム・ギャラガー:アズ・イット・ワズ』
Blu-ray&DVD発売中
デジタル配信中

【Blu-ray】
価格:4,800円(税別)
収録分数:本編89分+特典映像約31分
特典映像内容:
・未公開映像
01.「I Get By」アビー・ロード・スタジオにて
02. LAでのパーティ
03. 母と兄が語る子供時代
04. 母と語る兄との思い出
05. ターザンごっこ
06. バンド・メンバー選び
07. 「02リッツ」でのチャリティ・ライブ
08. スナップ・スタジオ 1
09. スナップ・スタジオ 2
・海外版予告
・日本版予告30秒
・日本版予告90秒

【DVD】
価格:3,800円(税別)
収録分数:本編約88分+特典映像約4分
特典映像内容:
・海外版予告
・日本版予告30秒
・日本版予告90秒

監督:ギャビン・フィッツジェラルド、チャーリー・ライトニング
出演:リアム・ギャラガー
発売・販売元:ポニーキャニオン
(c)2019 WARNER MUSIC UK LIMITED
公式サイト:ASITWAS.JP
公式Twitter:@AsItWas_Movie
特設サイト:https://movie-product.ponycanyon.co.jp/item102/

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