Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

樋口尚文 銀幕の個性派たち

原知佐子、ヴァンプと憎まれ役と鬼才の伴侶と

毎月連載

第41回

写真提供:合同会社現代

原知佐子は実相寺昭雄夫人として知られたが、そもそもはクールビューティーで鳴らした映画女優だった。1936年、高知県は現在の土佐市で生まれた原は、小学校時代から目立っていたようで後に宝塚に行くことを勧められたという。京都の同志社大に進学して二年の時に、新東宝のスターレット募集第四期に応募して入選し、大学はやめて新東宝に入社した。

このスターレットというのは東宝や東映で言うところのニューフェイスにあたるもので、1951年の第一期に合格したのは高島忠夫、天知茂、三原葉子、久保菜穂子らそうそうたるメンバーで、第四期は原のほかに三ツ矢歌子、万里昌代、北沢典子らであった。スターレット募集は、矢代京子らが採用された翌年の第五期で終わっているが、この一期と四期だけが華々しい感じであった。

新東宝はそもそも東宝争議のために映画製作機能がマヒした撮影所の状況を憂えてスタアとスタッフが東宝第二撮影所を拠点に1947年に立ち上げた会社で、創立当初は作品を東宝の配給網にのせるかたちで良質な映画づくりを行っていたが、やがて東宝と袂を分かち、まさに原が入社した1955年にはワンマンで知られた大蔵貢が社長となって61年に倒産するまでキワモノ的、エログロ的な作品傾向が強まっていった。

そんな時期の新東宝で、原は本名の“田原知佐子”名義で清水宏監督『何故彼女等はそうなったか』を皮切りに『金語楼のお巡りさん』『女競輪王』『美男をめぐる十人の女』『「青春万歳」より 源平恋合戦』『スーパー・ジャイアンツ 宇宙怪人出現』『人形佐七捕物帖 憂き世風呂の死美人』『戦場のなでしこ』といった作品に脇役で出るも、59年には退社、劇団青俳を経て東宝に入り、同年夏には“原知佐子”名義で『女子大学生 私は勝負する』で三橋達也と共演し初主演を果たす。

以後の原はサラリーマン物やメロドラマなど東宝カラーのプログラム・ピクチャーに数多く出演するが、それらに紛れて成瀬巳喜男監督『秋立ちぬ』で重要な助演をつとめたり、田中絹代が監督として手がけた『女ばかりの夜』では堂々主演に抜擢され、米軍キャンプで売春する“洋パン”だった主人公が偏見差別にまみれながら更生するさまをけなげに演じた。

原は62年には東宝をやめてフリーになるのだが、この東宝在籍中に最も原らしい持ち味を出せたのは、助演ながら堀川弘通監督の『黒い画集 あるサラリーマンの証言』だったと思う。松本清張原作の映画化作品のなかでも屈指の傑作だが、小林桂樹扮する小心な会社の課長と関係をもち、彼を翻弄するヴァンプ的なBG(まだOLという言葉はなかった)を演じてはまり役だった。あるいは鈴木英夫監督の傑作『その場所に女ありて』では、高度成長期の広告会社という先端的な職場で気丈な仕事っぷりを見せるマニッシュなBGに扮し、そのきっぷのいい感じもまた魅力的だった(案外実際の原知佐子に近いのはサバサバしたこのキャラクターかもしれない)。

フリーになってからは邦画各社でも活躍したが、なかでも1964年の佐伯孚治監督の東映作品『どろ犬』ではやはり大木実扮する剛腕な刑事を情婦となって破滅させるヴァンプに扮して冴えていた。実はこの前年1963年に実相寺昭雄は自作のTBSドラマ『さらばルイジアナ』(シリーズ『おかあさん』の一篇)で原を起用して、当時としてはかなり異色の映像のタッチで原をクールに美しく撮っていたが、『どろ犬』公開から間もない64年の終戦記念日に実相寺と原は結婚している。

実相寺昭雄との結婚パーティーのスナップ
写真提供:樋口尚文

以後の原は実相寺作品はもとより『俺たちの荒野』『弾痕』『儀式』『十九歳の地図』などの映画で個性的なバイプレーヤーぶりを発揮していたが、まとまった印象を残したのは山口百恵主演の『赤い疑惑』の憎まれ役で、新聞の訃報ではおおかた本作を筆頭とする『赤い』シリーズを代表作として挙げているが、これは原の持ち味云々というよりもややカリカチュアされたわかりやすい役だったということだろう。同じドラマでも山田太一脚本の傑作『岸辺のアルバム』の影のある屈折した役柄は原の個性をより活かしたものだった。

実相寺昭雄が病いに倒れ、衰弱したからだで遺作『シルバー假面』を撮影している際はずっと現場に張り付いて見守っていたというが、さしずめ実相寺美学満載の『ウルトラマンティガ』の「花」の回などは素晴らしい夫婦協働の賜物だった。そして『シン・ゴジラ』のこみいった役柄が最後の映画かと思いきや、なんと原が出演する天草が舞台の映画『のさりの島』が待機中であるという。葬儀に赴き、お棺のなかの原を拝むと、諸事やりきった感じの穏やかで落ち着いた表情であった。合掌。



プロフィール

樋口 尚文(ひぐち・なおふみ)

1962年生まれ。映画評論家/映画監督。著書に『大島渚のすべて』『黒澤明の映画術』『実相寺昭雄 才気の伽藍』『グッドモーニング、ゴジラ 監督本多猪四郎と撮影所の時代』『「砂の器」と「日本沈没」70年代日本の超大作映画』『ロマンポルノと実録やくざ映画』『「昭和」の子役 もうひとつの日本映画史』『有馬稲子 わが愛と残酷の映画史』『映画のキャッチコピー学』ほか。監督作に『インターミッション』、新作『葬式の名人』が9/20(金)に全国ロードショー。

『葬式の名人』(C)“The Master of Funerals” Film Partners

『葬式の名人』
2019年9月20日公開 配給:ティ・ジョイ
監督:樋口尚文 原作:川端康成
脚本:大野裕之
出演:前田敦子/高良健吾/白洲迅/尾上寛之/中西美帆/奥野瑛太/佐藤都輝子/樋井明日香/中江有里/大島葉子/佐伯日菜子/阿比留照太/桂雀々/堀内正美/和泉ちぬ/福本清三/中島貞夫/栗塚旭/有馬稲子

アプリで読む