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ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察(4)n-bunaとOrangestarの登場がもたらした新たな感覚

リアルサウンド

20/9/6(日) 12:02

ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察(3)kemuとトーマ、じんが後続に与えた影響 から続き)

 2013年中頃に入るとkemuとトーマの活動が止まり、『カゲロウプロジェクト』の楽曲展開も(ひとまず)完結する。前々回、前回と、各ボカロPで時期を区切ってきたが、2013年中頃~2015年末はそのような方法だと見落とすものもあるように思える。一般的にこの時期を代表するボカロPはn-bunaとOrangestarだと言われているが、両者の活躍した時期が微妙にずれる上、ヒットし始めた当初はこれとは違った史観の方が有力だったからだ。そこでまずは、当時どのような楽曲がヒットしていたかを見ていこう。

 この時期の特徴としては高速ロックから一転、ポップス(ポップロックも含む)がヒットしたことが挙げられる。代表例としては、スズム「世界寿命と最後の一日」、想太「いかないで」、TOKOTOKO(西沢さんP)「夜もすがら君想ふ」、ユジー「ミルクラウン・オン・ソーネチカ」、あるいはHoneyWorks、とあ、40mP、そしてn-bunaとOrangestarの諸作が挙げられるだろう。もちろん前からポップスのヒット曲はあったが、2008~2009年以降はロックブームに抑えられ、どうにも第一線とまではいかなかったのだ。そういった意味では、高速ロックに変わってポップスがヒットするようになったというよりは、高速ロックの流行が落ち着いたためにポップスが表面化した、と言った方が適切かもしれない。

 Giga(ギガP)によるEDMのヒットも興味深い。これは人間ボーカルやユニットの活動に重きを置いていたところからボカロPとして復帰し、安定したヒットを見せたDECO*27のエレクトロを取り入れた諸作とも結びつけることが可能だろう。ニコニコ動画では海外P唯一のミリオン曲であるエレクトロチューン、Crusher-P「ECHO」も2014年投稿だ(『Vocaloard Charts』調べによれば、YouTubeでの再生数はハチ「砂の惑星」に次ぐ第2位である)。

【GUMI&RINオリジナル】LUVORATORRRRRY!【ボカラボ】

 さて、先述の通り現在この時期の代表Pとして挙げられるn-bunaとOrangestarだが、両者の初ヒットは少し間隔が空いている。n-bunaは2013年2月19日投稿の「透明エレジー」でヒットし、2014年2月24日投稿の「ウミユリ海底譚」で本格的に人気ボカロPへ、Orangestarは2014年7月17日投稿の「イヤホンと蝉時雨」、2014年8月19日投稿の「アスノヨゾラ哨戒班」と連続でヒットを記録し人気ボカロPとなる。「ウミユリ海底譚」と「イヤホンと蝉時雨」にそこまで間隔はないが、Orangestarは当初は同じく軽やかなポップスを手掛け、一足先にヒットした とあ と並べられていたことが当時のツイートなどからもわかる(参照:Twitter)。

【公式】ツギハギスタッカート / とあ feat. 初音ミク - Patchwork Staccato / toa feat.Hatsune Miku –

 n-bunaとOrangestarの名前が並ぶようになるのは2015年に入ってからだろう。理由として挙げられるのは、両者とも当時10代と若く交友関係を持ったこと、Orangestarが「空奏列車」でロックに寄りn-bunaの作風に近づいたこと、両者とも夏をテーマにした楽曲が印象的であること、あるいは両者よりも人気だったはずのHoneyWorksの楽曲は少女漫画的な連作でボカロシーン(のリスナー)と少し距離があったことなどだろうか。両者の名前が並ぶようになってなお、世代の代表として扱われるのはまだ先の話だという見方もあるのだが、この記事は音楽面の流行や後続への影響をメインに取り扱うため、掘り下げないこととする。

 両者の音楽性を見てみよう。n-bunaはヨルシカでの活動でも存分に発揮している通り、メロディアスなロックを得意とするボカロPだ。先述した2曲「透明エレジー」「ウミユリ海底譚」はどちらもBPM200超えでまだ高速ロックの流行を引きずっている印象を受けるが、2014年11月11日投稿の「夜明けと蛍」は一転、BPM80のスローなロックバラードとなっている。この楽曲は2020年8月現在、ニコニコ動画におけるボカロ曲の中で44番目に再生数が多い大ヒット曲であるが、この44曲中でBPMが100を切るのは「夜明けと蛍」と2017年投稿のハチ「砂の惑星」のみ。この他にも有名PによるBPM100以下の楽曲はあるが、なかなか代表曲とまではいかないのが現状だ。その点を考慮すると、n-buna本人の歌唱によるセルフカバーがYouTubeで1000万再生を超えている「夜明けと蛍」のヒットは偉業と言ってもいいだろう。音数も非常に少なく、約5年続いた過圧縮な高速ロックの流行を終わらせる決定打となった楽曲のようにも思える。

【GUMI】透明エレジー【オリジナル曲】
【初音ミク】 夜明けと蛍 【オリジナル】

 n-bunaが影響を受けたとして挙げるアーティストは複数いるが、ここではPeople In The Boxとthe cabsに着目したい(参照:OKMusic)。n-bunaに限らず、残響レコード所属のバンドに影響を受けたボカロPは多くいる。現在はシンガーソングライターやヨルシカのサポートベーシストとして活動するキタニタツヤ=こんにちは谷田さんもその1人だ。ニコニコ動画にはポストロック/マスロックのボカロ曲に付けられる「ポストミック」なるタグが存在しており、このタグが付けられた動画は900以上に上る(もちろんこれら全てが残響系バンドに影響を受けたわけではない)。VOCAROCKにおけるエディットや技工的フレーズはこれらのバンドの影響によるものも大きいだろう。

 一方のOrangestarは逆に過激性を見い出してしまいたくなるほどシンプルな音色や編曲で知られるボカロPだが、代表曲「アスノヨゾラ哨戒班」や「Alice in 冷凍庫」では1番と2番でサビが違うなど一筋縄ではいかないソングライティングも見られる。Aメロ→Bメロ→サビの繰り返しに収まらないという意味ではトーマと関連付けて語ることも可能だが、両者の多展開性は少しタイプが違うようにも思える。トーマはリズムやコードを変えるなど、楽曲の中の連続性を断って違和感を持たせることで展開を知覚させる「断片的」とも言える手法だが、Orangestarはほぼ同じトラックを用いてメロディのみを変えており、これはむしろ「連続的」と言える手法だ。この点においてもやはりOrangestarの作風はシンプルだと言える(ただし「Alice in 冷凍庫」の2番Bメロ、「快晴」の2番Aメロなどでは「断片的」な展開も見られる)。メロディにおいてはド→ラ→ソの繰り返し(「アスノヨゾラ哨戒班」Aメロの〈明日よ明日よ〉、「Alice in 冷凍庫」ラストの〈想い熱を放て〉、「空奏列車」サビの〈ダイヤグラムで 世界はもう〉など)が印象的である。Orangestarの音楽性は(ギターを取り入れた楽曲はあれど基本的に)ピアノやシンセが主役のポップスだ。先に述べたようにn-bunaと共に語られがちであるが、両者のスタンスは少し異なり、n-bunaが高速ロックの流行の末期に現れ、あくまでロックの枠の中で徐々に過剰性を削ぎ落していったのに対し、Orangestarは表面化したポップスの一派として現れ、非ロック的な感覚をシーンの中心に植え付けたと言えるのではないだろうか。

Orangestar – アスノヨゾラ哨戒班 (feat. IA) Official Music Video
Orangestar – Alice in 冷凍庫 (feat. IA) Official Lyric Video

 以上のように、BPMや音数、あるいは長調/短調的な観点から見て、n-bunaとOrangestarの音楽性を高速ロック≒wowakaとハチが定義した「ボカロっぽい」音楽からの連続的なものとして捉えることはあまり適切ではないように思える。では彼らの音楽性は「ボカロっぽくない」のだろうか? 実を言うと筆者は「ボカロっぽくない」と思っている側の人間だったのだが、ヨルシカに関するツイートなどを見てみるとどうも「ボカロっぽい」という意見がかなりの数あるのだ。確かに現在のボカロシーンにはn-bunaのフォロワーと思われるボカロPが多く存在する。その意味では間違いなく新しい「ボカロっぽい」を作った人物ではあるのだが、他の音楽シーンにも近い割合で存在する音楽性だとしたらわざわざ「ボカロっぽい」とは言われないはずだ。やはりn-bunaの音楽性のどこかに「ボカロっぽい」要素があると考えるのが妥当だろう。それがどんな要素なのか、ここではメロディに着目して検討したい。ヨルシカの代表曲「ただ君に晴れ」Aメロ、「だから僕は音楽を辞めた」サビの冒頭のメロディには共通点がある。ミ→ソ、あるいはラ→ドという短3度上昇するアウフタクト(メロディが1拍目より前に始まること、およびそのメロディ)で始まり、長2度上であるラ、あるいはレに小節頭で着地する点だ。また、「ヒッチコック」サビはソ→ラの間にミが入るものの、3連符1つ分と短いので同系統のメロディとして扱っていいだろう。このメロディを採用したヒットボカロ曲は多くあり、これまで当連載に登場した楽曲だけでも「千本桜」「六兆年と一夜物語」「ヘイセイカタクリズム」などが挙げられる。では本当にこのメロディが「ボカロっぽい」のか、前々回用いた楽曲リストで比較してみよう(参照:筆者note)。

 検証の結果、このメロディで始まるパートの存在する邦楽は嵐「Troublemaker」(Cメロ)、DAOKO × 米津玄師「打上花火」(Aメロ)の2曲、ボカロ曲はLast Note.「セツナトリップ」(Bメロ/サビ)や、ナユタン星人「太陽系デスコ」(サビ)などの計7曲となった。ペンタトニックの王道的なメロディなのでこの結果を以ってボカロ曲特有のメロディだと言う気はないが、代表的なボカロ曲である「千本桜」と「六兆年と一夜物語」のサビで用いられている点は重要だ。このメロディを以って「ボカロっぽい」と判断する人がいてもおかしくないだろう。

 ついでに先の楽曲リストを流用して、筆者の思う「ボカロっぽくない」要素である「モチーフを保持したまま下降するメロディ」についても検討してみよう。今回の比較に用いた楽曲では、Mr.Children「HANABI」のサビや、King Gnu「白日」のBメロなどが例としてわかりやすいだろうか。この要素も早速比較したいところではあるが、どこからがモチーフなのか、何を以て同一モチーフと見なすのかという問題が発生してしまった。そこで今回は対応策として簡易的なルール(Aメロやサビといった各パートの冒頭3回の音高移動がモチーフ、音程関係とリズムが一致するモチーフ同士が同一モチーフ、同一パート内で同一モチーフが下降するのがモチーフの下降。その他細かい条件もあるが割愛)を定めた。なお、このルールは完璧なものとは言えず、改善の余地も十分にある上、確認は手作業で行ったので話半分で受け取ってほしい。さて、このルールに基づいて筆者が調べた限りでは、「モチーフの下降」が見られる邦楽は20曲、ボカロ曲は6曲となった。気になる点としては、元々はボカロPであった米津玄師の「Lemon」や「打上花火」といった楽曲にこの要素が見られることに対し、ハチ名義で発表した「マトリョシカ」や「パンダヒーロー」などには見られないことが挙げられる。この手のメロディは流れるようにスムーズな進行が特徴的であり、人間歌唱が前提の楽曲ならではの「歌っていて気持ちのいい」メロディの1つと言えるかもしれない。また、kemuとトーマのフォロワーとして名前を挙げたOmoiの「テオ」(2017年)、ユリイ・カノンの「だれかの心臓になれたなら」(2018年)が該当する点も興味深い。この「モチーフの下降」がJ-POP(というより、筆者の個人的な感覚としては歌謡曲)的であるとするならば、2009~2012年頃に形成された「ボカロっぽさ」にその感覚が流入したのが2017年頃と言えるのかもしれない。ちなみに、ヨルシカの先述の3曲においても、今回のルールの限りではモチーフの下降は見られなかった。

テオ / 初音ミク
だれかの心臓になれたなら /ユリイ・カノン feat.GUMI

 少し脱線してしまったが、以上がn-bunaの「ボカロっぽい」要素についての検討だ(実のところこれらの要素は全く関係がなく、ただ「n-bunaっぽい」が「ボカロっぽい」と言い換えられているだけの可能性も十分にありえる)。さて、ドメスティックな高速ロックが過去のものとなり、ポップスやポップロックが台頭したボカロシーンはこの後どうなっていくのか。次回からはボカロシーンのある種の転換点とも言える2016年とそれ以降の流行を追っていこうと思う。

■Flat
2001年生まれ。音楽を聴く。たまに作る。2020年よりnoteにてボカロを中心とした記事の執筆を行う。noteTwitter

ボカロ曲の流行の変遷と「ボカロっぽさ」についての考察

・(1)初音ミク主体の黎明期からクリエイター主体のVOCAROCKへ
・(2)シーンを席巻したwowakaとハチ
・(3)kemuとトーマ、じんが後続に与えた影響
・(4)n-bunaとOrangestarの登場がもたらした新たな感覚

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