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加藤シゲアキ『オルタネート』が問う、SNS時代の人間関係 マッチングアプリは青春をどう塗り変える?

リアルサウンド

21/1/5(火) 8:00

 NEWSの加藤シゲアキによる長篇小説『オルタネート』をめぐっては、直木賞ノミネートが話題になったことも記憶に新しい。現役アイドルの作品の直木賞候補と聞くと、いかにも話題作りのように聞こえるかもしれないが、2012年の小説家デビュー以来、シゲが小説家として着実にキャリアと実力をつけていることは強調しておきたい。

 さて、本作『オルタネート』の舞台となるのは、基本的に円明学園という高校である。タイトルにもなっている「オルタネート」というのはSNSマッチングアプリのことで、高校生限定で「個人の認証が必要で匿名性がない」のが特徴だ。

 物語の中心人物は、円明学園の調理部部長である新見蓉(にいみ・いるる)、高校生になって「オルタネート」に張り切る伴凪津(ばん・なづ)、それに、円明学園に通う安辺豊(あんべ・ゆたか)に会うために上京した楤岡尚志(たらおか・なおし)の3人である。彼ら3人を中心としながら、さまざまな人物の交流(オルタネート!)を描いたのが『オルタネート』という作品だ。

 そんな本作の特徴はなにより、マッチングアプリを通じた人間関係が描かれたことである。本作においてマッチングアプリは、単なる同時代的なアイテムとして扱われているわけではない。SNSが登場して以降の悩みや葛藤というものが、少なからず存在する。

 例えば、尚志が小学校のときに転校した豊を追うことができたのは、豊がオルタネートに登録していたからだ。豊のギターに対する思いは、SNS以前の時代ならあきらめざるを得なかったものだったかもしれない。しかし、オルタネートがその思いをぎりぎりつなぎとめる。尚志はオルタネートの存在ゆえに豊のギターへの未練を断ち切ることができなかったと言える。あるいは、オルタネートに心酔する凪津は、「ジーンマッチ」(遺伝子情報を利用したマッチング)で出会った桂田武生(かつらだ・むう)との関係に悩む。凪津にとって桂田は、オルタネートがなかったら接点すらなかったはずの人物だ。作中の「オルタネートに裏切られたような感覚と、信じきれない自分を責めるような感覚」に引き裂かれる凪津は、明らかにSNS以降の時代を生きている。

 一方で、そんなSNS的な人間関係から少し距離を取るのが、オルタネートに登録していない蓉である。蓉は「デジタルな人間関係に囚われず自然体でありたいという信念」から、オルタネートに登録にしていない。しかし、調理部の後輩である山桐えみくに歩み寄るためにオルタネートを始めようかとも考えている。オルタネートに登録していない蓉もすでに、SNS的な人間関係に巻き込まれているのだ。それは、アカウントを作っただけでほとんどオルタネートを使用していない豊においても同様だ。

 本作に登場する人物たちは、オルタネートに登録していようがいなかろうが、SNS以降の人間関係を生きている。SNS以降の人間関係とはなにか。それは、なんとなくはつながっているような、しかし、本当にはつながっていないような、そんなあやふやで不確かな人間関係である。本作で中心的に示されているのは、このようなあやふやで不確かな人間関係である。

 そもそも、ゆるやかにつながっている/つながっていない断章形式自体、そのようなSNS的世界観と呼応させたものだ。そんなSNS以降の物語で描かれるのは、作中に登場する人物たちが不確かな人間関係を確かなものにしていくさまである。もう少し言えば、自分を取り巻く人間関係を確かにすることを通じて、自分自身を確かなものにするさまである。蓉は料理を通じて、尚志は音楽を通じて、凪津は対話を通じて、それぞれに10代後半らしく成長をする。「成長する grow」とは「育つ grow」ということである。終盤に凪津が叫ぶ「私は私を育てる!!」という一節は、その意味で重要なものだ。本作のテーマは「いかに育ち、確かなものを手にするか」ということだ。

 ここまで来て、園芸部のダイキの重要性が見えてくる。植物を育てるダイキこそ、本作のテーマのキーを握る存在だからだ。作中、ダイキはマリーゴールドに触れつつ、凪津に「コンパニオンプランツ」について説明をする。「一緒に育てると、良い影響を与える組み合わせのことだよ」と。本作のテーマが「育つ」ことだとすれば、何気ないこの場面はとても大事だ。つまり、「育つためには誰かが必要だ」ということだ。自分を確かなものにするためにこそ、自分以外の存在が必要なのだ。ダイキは、他者こそが自分を確かなものにすることを教えてくれている。

 ところで、SNS以降の人間関係を強烈に生きているのもまた、ダイキだった。同性愛者のダイキ(「にべもなく、よるべもなく」のケイスケを思い出す)は、友人である蓉にはなかなかカミングアウトできなかった一方、「オルタネートでは(カミングアウトが)できるんだ」と言う。そして、オルタネートで知り合った恋人の日枝ランディと一緒に動画を投稿している。ランディとの動画でちょっとした有名人になっているダイキは、他人の視線を浴びながら学校生活を過ごしている。

 ここからは筆者の勝手な思い込みなのだが、他人の視線を織り込みながら、どこか生きづらそうにしつつ、しかしまっすぐに生きているダイキに、作者である加藤シゲアキの姿を見てしまう。筆者は以前、「演じる自分と演じられる自分の区別が曖昧になっていく」芸能人のありかたとともに加藤シゲアキを論じたことがあった(「ワイルドサイドを歩け――加藤シゲアキ論」『ユリイカ』2019.11)。友人にはカミングアウトできないがSNS上ではカミングアウトできる、というダイキは、もはや「演じる自分/演じられる自分」があやふやになっている。

 とは言え、SNS以降を生きるわたしたちは、少なからずそのようなあやふやさを抱えて生きているのかもしれない。オンラインとオフラインが折り重なった複雑すぎる人間関係が取り巻く世界。わたしは誰とつながっていて誰とつながれていないのか。複雑するぎる世界でもがきながら、それでも確かな自分を見出そうとする『オルタネート』の人物たちに、遠くシゲの姿を重ねつつ、いち読者として共感してしまう。

――どこかで生きてる誰かに悩んで/どこかで生きてる誰かに頼って/どこかで生きてる俺も誰かでどうすりゃいいの(加藤シゲアキ「世界」)

■矢野利裕(やの・としひろ)
1983年、東京都生まれ。批評家、ライター、DJ、イラスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。2014年「自分ならざる者を精一杯に生きる――町田康論」で第57回群像新人文学賞評論部門優秀作受賞。近著に『SMAPは終わらない 国民的グループが乗り越える「社会のしがらみ」 』(垣内出版)、『ジャニーズと日本』(講談社現代新書)、共著に、大谷能生・速水健朗・矢野利裕『ジャニ研!』(原書房)、宇佐美毅・千田洋幸編『村上春樹と一九九〇年代』(おうふう)など。

■書籍情報
『オルタネート』
著者:加藤シゲアキ
出版社:新潮社
https://www.shinchosha.co.jp/alternate/

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