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いきものがかり、『WE DO』で切り拓いたさらなる“歌”の可能性ーーアルバム収録曲を分析

リアルサウンド

20/1/10(金) 7:00

 昨年12月25日にリリースされた、いきものがかりのアルバム『WE DO』。いきものがかりといえば、約2年の活動休止期間(放牧)を経て、2018年11月より活動を再開。『WE DO』は、『FUN! FUN! FANFARE!』以来5年ぶり8枚目のオリジナルアルバムだ。彼らはリリース日の前月に結成20周年を迎えている。それほどのキャリアを積んだグループがこんなにもみずみずしい音楽を生み出すことができるのか、という意味でこのアルバムには驚かされた。

(関連:いきものがかり『WE DO』収録曲試聴はこちら

 発売日には“WE DO宣言”という声明文を通じて、2020年4月から独立することを発表したいきものがかり。アルバムタイトルと同名の1曲目「WE DO」はグループの再スタートを象徴するアッパーチューンで、バンドもブラスもストリングスも全部盛りの鮮やかなサウンドが印象的だ。「WE DO」は1番だけしか登場しない、これまでのいきものがかりの曲にはない構成をした曲。その辺りについては、以前当サイトに掲載されたimdkm氏のコラムで解説されているため、そちらを読んでいただければと思う(いきものがかり、ソフトバンクCM曲「WE DO」で挑戦した“1番だけの曲” J-POP的構成を再考する)。この他にも特徴的な構成をした曲はある。例えば、「さよなら⻘春」は、邦楽でよく見られるAメロ→Bメロ→サビという構成はしておらず、かといって、ヴァース→コーラス形式でもない。〈今だけを生きて〉から始まるブロックを除き、ボーカルはずっと同じメロディを繰り返す構成だ。また、「あなたは」は3分15秒といきものがかりにしては尺の短い曲である。3分台の曲の存在は世の中的には珍しくないが、この曲はBPM66程度のスローバラード。この曲調でこの長さはあまり見ないように思う。

 以上3曲のうち、「WE DO」、「さよなら⻘春」は作詞作曲が水野良樹で、「あなたは」は吉岡聖恵。水野は近年、外部アーティストへの楽曲提供を盛んに行っていて、Little Glee Monster、DAOKO、藍井エイル、横山だいすけ、和田アキ子、前川清……とその顔ぶれは多岐にわたる。また、インタビューや番組出演、SNSでの彼の発言からは、J-POPへの敬意と愛憎を読み取ることができる。水野の著書『いきものがたり』では、いきものがかりとして活動するにあたり、シーンの“真ん中”が不在であることに着目したこと、そこで王道のJ-POPを志向しようと考えたことなどが語られているが、今はそういうフェーズを終え、音楽の可能性を開拓すること、いきものがかりの表現領域を拡張することに意欲を燃やしているのかもしれない。一方、吉岡は、ヒットソングを次々と生み出してきた他2人に比べるとまだ手掛けた曲の数は少ない(とはいえ、本作における吉岡のソングライターとしての成長ぶりは凄まじく、その実力は2人に並びそうな勢いなのだが。後ほど詳述する)。だからこそ固定観念にとらわれることなく、自由に曲作りができるのかもしれない。

 サウンド面において特に新鮮さが感じられるのは、アルバムの中盤、7~9曲目だ。7曲目の「太陽」は、アコースティック調のミディアムナンバー。8分の6拍子の軽やかなリズムが心地よい。今回のアルバムのラスト3曲がメンバーそれぞれが手掛けた渾身のバラードであるように、ともすれば、壮大なバラードを作りがちなグループではある。そんな彼らにとって、ここまでリラックスした空気感の曲は意外と珍しい。ちなみに、この曲のクレジットは“作詞・作曲:いきものがかり”。吉岡が歌詞の原案を制作し、そのイメージを山下穂尊が広げたあと、2人の言葉に水野がメロディを付ける、という工程を経て完成したグループ初の共作曲とのことだ(参照:https://rockinon.com/news/detail/181417)。続く「きみへの愛を言葉にするんだ」はブラス隊のベルトーンから始まるアッパーチューン。バンド陣は真壁陽平(Gt)、ハマ・オカモト(OKAMOTO’S/Ba)、あらきゆうこ(Dr)と、いきものがかりのレコーディングではあまり登場しない、フレッシュな顔ぶれとなっている。「しゃりらりあ」はタイトルに掲げられた呪文のような謎の単語だけでなく、日本語・英語・中国語が飛び交うファンクチューン。音程をずり上げるような歌唱法とボイスエフェクトを組み合わせ、ラスサビ前で転調するアプローチも新しい。そんな個性の強い3曲と、ラストに控えるバラード3曲の間を繋げるのが「try again」。いきものがかりの王道と呼べる曲がここに配置されることにより、空気が一旦入れ替わるような感じがある。この曲の作詞作曲は山下。山下はこういう痒い所に手が届くようなソングライティングが得意な人物だ。

 そして『WE DO』を紐解くうえで欠かせないポイントが、吉岡のボーカルだ。歌声を何重にも重ねた「WE DO」アウトロで見られるソウルフルなスキャットも聴き応えがあるが、最も感動させられたのは「アイデンティティ」。サビ始まりの歌い出しにも、〈こころよ自由になれ〉のロングトーンにも、歌詞がない「ラララ」のパートにも、グッと熱量がこめられている。個人的に好きなのがDメロの冒頭、〈こたえなき旅だけど〉の「こ」の発音。子音(k)のアタックより少し先に息が漏れてしまっているところに前のめりな勢いを感じる。また、〈愛していけ〉のファルセットも今までにない歌い方で、吉岡にはまだボーカリストとして伸びしろが――彼女自身すら知らないかもしれない未踏の領域があるのだろうかと、そのおそろしさに高揚した。とはいえ、これまで守ってきた持ち味、どんな曲もフラットに歌うことのできる個性が失われたわけではない。そうでなければ、往年の名曲からの影響を色濃く感じさせる、こってりとしたアレンジをあえて施した「STAR LIGHT JOURNEY」が、むしろ爽やかに聞こえるなんてことは起こり得ないだろう。

 先にも挙げた吉岡作詞作曲の「あなたは」は、他の曲に比べて歌詞の文字量が圧倒的に少なくまるで詩のようだ。それは、言葉で説明せずとも歌で伝えればいい、自分にはそれができるのだ、という意識が彼女自身にあるからではないだろうか。「あなたは」は明らかに自ら歌う人にしか書けない曲であり、ここに来て彼女はソングライターとしての個性を確立している。これまでは水野・山下がいきものがかりのメインソングライターだという印象が否めなかったが、今作では3人のソングライターが横一列に並んでいる。それぞれの書いたバラード3曲でアルバムを締め括るのも、今だからこそできた挑戦なのでは。

「体験したことだからリアリティがある、当事者だから扱う資格がある、切実さが違う——そんな、作品本体とは関係ないことに助けてもらわなければ評価されないんだとしたら、それは作品の敗北です」

 最後のまとめに入る前に、芦沢央の小説『カインは言わなかった』からこの一節を引用したい。元々いきものがかりは自分たちの感情を曲のなかで曝すことはせず、音楽における記名性を意図的に排すことにより、時代や、聴き手の感情の器として機能するポップソングの在り方を追求してきたグループだ。

 しかしこのアルバムに関してはそうではない。冒頭で触れたように、3人は今、新たな一歩を踏み出そうとしているタイミング。収録曲のほとんどは、そんな彼らの現状と重ね合わせることのできるものである。歌詞の中で頻出する“夢”というワードは、3人が路上ライブを始めたあの頃からずっと見つめ続けているもののことだろう。最終曲「季節」のアウトロにおける、終了したかと思いきやストリングスがフェードインし、別のメロディが始まるアレンジも象徴的だ。また、先ほど吉岡のボーカルが素晴らしい曲として紹介した「アイデンティティ」は、水野が、“吉岡が歌詞を自分の言葉として捉えられるように”と考えて制作した曲とのこと(参照:https://entertainmentstation.jp/574640)。グループの歩みを鑑みるとこのエピソードも革命的だ。総じて、『WE DO』は2016年の「ぼくらのゆめ」リリース時に、水野が“禁”と表現したそれの、もう一歩奥に踏み込んだような作品になっている(参照:https://twitter.com/mizunoyoshiki/status/768228030871285762)。確かに、これまでの彼らにとって自分たち3人の顔を出すことは禁じ手だったのかもしれない。しかしその行為により、作品自体に新たな命を芽吹かせることができたのならば、それもまた作品の、そして作り手の勝利である。

 吉岡、水野、山下の3人が普通に人生を歩むのでは出会えなかった人々と出会い、分かり合えないかもしれない人々のことを感動させることのできる“歌”の可能性にロマンを見出していたのが、これまでのいきものがかり。だとしたら、『WE DO』が示すのは、しなやかに変化しながらいちクリエイターとして冒険に乗り出していく、そうすることによって“歌”の可能性を切り拓いていくこれからのいきものがかり像なのではないだろうか。

 今回はアルバム自体の話に留めたが、例えばプロモーション面においても、彼らはこれまでのやり方を変化させつつある。そのキャリアに安住することなく、挑み続けることを選んだ彼らの活動を興味を持って追っていきたい。(蜂須賀ちなみ)

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