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社会は同性愛に対して本当に寛容になったか 昭和の“百合”描く『夢の端々』の問いかけ

リアルサウンド

21/1/27(水) 8:00

 「FEEL YOUNG フィール・ヤング」(祥伝社)で連載されていた須藤佑実の『夢の端々』。本作は、2018(平成30)年、認知症を患う伊藤貴代子の元にかつての恋人・園田ミツが訪れる場面から始まる。

 50代で熟年離婚をした後、娘のえり子と孫の杏奈、ひ孫の莉李と親子三代で暮らしている貴代子は家に引きこもりがちで、人付き合いはほとんどない。そんな彼女と唯一接点を持ち続けているのが、共に齢85のミツだ。どこか暗い影を落とす貴代子とは違い、ミツは同い年とは思えないほど若々しく少女のように明るい。

 認知症を患い家族の顔さえも忘れゆく中、不安に苛まれる貴代子にも彼女はまっすぐな瞳で「一番最後に残るのはきっと私との思い出よ」と告げる。だが、その言葉を最後にミツは交通事故により他界。突然の出来事に貴代子の症状は日増しに悪くなっていく。そんな時、貴代子が持っていた日記帳の中に“小指”の一部を見つけた杏奈。貴代子は左手小指の第一関節から先を、周りには「戦争で失くしてしまった」と説明していたのだ。

 そんな衝撃的な第1話から、物語は少しずつ貴代子とミツが出会う1948(昭和23)年までの日々を遡っていく。戦後の女学生時代に出会い、心中未遂を図るほど思い合っていた2人は、なぜ「共に生きる」という人生を選び取ることができなかったのか。結末がわかった上で物語を追っていくと、貴代子とミツが互いの愛を貫くことの難しさがまざまざと浮かび上がる。

 しばしば女性同士の恋愛は百合、男性同士の恋愛は薔薇と表現されることがある。これは日本初の男性同性愛者向けの雑誌『薔薇族』の編集長が、ギリシャ神話に登場した「薔薇の下で男同士が契りを結ぶ」という話からゲイを“薔薇族”、さらにその対義語としてレズビアンを“百合族”と名付けたことから由来している(諸説あり)。元々隠語として使われていた百合というジャンルが2003年に漫画化、翌年にテレビアニメ化され小説『マリア様がみてる』シリーズをきっかけに普及。現代ではガールズラブ(GL)、同じく男性同士の恋愛モノもボーイズラブ(BL)として人気を博している。

 しかし、同性愛を扱ったエンタメ作品が一般にも受け入れられるようになってきた一方で、現実世界は貴代子とミツが恋に落ちた昭和の時代から大きく変化を見せていない。パートナーシップ制度を導入する自治体は増えてきているが、未だに同性同士の結婚は認められておらず、偏見はまだまだある。

 「anan」のインタビューで作者の須藤が「若い人同士の“百合のその後”を描いてみたかったんです」と語っているように、作品に登場する2人の想いが通じた“その後”には厳しい現実が待ち受けているのだ。

 特に女学生時代には優秀で恵まれた容姿を持ち、自信に満ち溢れていた貴代子がミツと生きる未来を捨て、結婚という道を選んだ理由は切ない。同性愛だからというわけではなく、結婚する・しないという選択肢すらまともに与えられなかった当時の女性たちが、普遍的に抱えていた葛藤が伺える。

 当時に比べれば、今は女性の生き方も多様になった。第1話の冒頭で、シングルマザーの杏奈がバツイチの友人とルームシェをするという話を聞き、ミツが「いいわね。今時友達っていっておけば同じ部屋に住むこともできるし同じお墓に入ることだってできちゃうんだもの」と羨む場面があるように、もちろん社会が良い方向に変わった面もある。だが、今なら貴代子とミツが胸を張って共に生きていくことができるか、と言われたら答えに戸惑ってしまうのだ。

 『夢の端々』は繊細で美しい描写で展開され、読了後には思わずため息が出てしまうような満足感を得られる。けれど、同時にずっしりと「二人の結末を先に繋げていかねばならない」という責任が心にのしかかるだろう。貴代子とミツが結ばれなかったから“美しい”のではなく、2人が結ばれて初めて“美しい”と思えるラストを。そのために、私たちに何ができるのか、どうすれば心から愛し合う貴代子とミツが「共に生きる」という人生を選び取ることができるのか、昭和から令和3年の現在まで何が変わって、変わらなかったか。読み終わった後、そんな風に一人ひとりが自問自答する時間を本作は与えてくれる。

■苫とり子
フリーライター/1995年、岡山県出身。中学・高校と芸能事務所で演劇・歌のレッスンを受けていた。現在はエンタメ全般のコラムやイベントのレポートやインタビュー記事を執筆している。Twitter

■書籍情報
『夢の端々』上下巻(フィールコミックス)
著者:須藤佑実
出版社:祥伝社

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