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『アドリフト 41日間の漂流』は実話系サバイバル映画の秀作! 海という巨大な存在への恐怖と美しさ

リアルサウンド

20/3/29(日) 12:00

 海は広いな大きいな……それだけに海は恐ろしい。どこまでも広がる大海原を前にしたとき、人間は圧倒的に無力である。私も小さい頃にウッカリ沖まで流されて死にかけたことがあるので、海への警戒心は非常に高い(山もしかりだ。野性の猪に出会ったときは死ぬと思った)。もちろんサザンオールスターズ的な価値観も分かる。夏といえば海だし、海は楽しくて美しい。けれど海が怖い場所なのも確かなのである。世界中で必ず海で怖い目に遭う映画が作られるのは、こうした価値観が存在する証拠だろう。古くは『Uボート』(1981年)や『タイタニック』(1997年)も海という巨大な存在への恐怖が前提にあるし、数えきれないほどあるサメ映画だって、海の恐怖を取り上げた映画の亜流だろう(今や陸にサメが出るのも普通なので、独立を果たしたともいえるが)。前置きが長くなったが、『アドリフト 41日間の漂流』(2018年)は、こうした海の広くて大きい恐怖を描いた実話系サバイバル映画の秀作である。

【動画】浸水した船内で目が覚める 『アドリフト 41日間の漂流』本編冒頭映像

 物語は1983年10月、転覆したボートから始まる。ボロボロの状態で目を覚ましたタミー(シャイリーン・ウッドリー)は、婚約者のリチャード(サム・クラフリン)が消えていることに気づく。タミーは必死の思いで船室から這い出し、嵐で半壊したボートを何とか前に進める程度には立て直した。しかし無線はどこにもつながらず、周囲は見渡すのブルーオーシャン。かろうじてリチャードの姿を捉えるが、残された食料は、ほんのわずかだ。どこにいるのか、どこに行くべきかも分からない。しかしタミーは黙って死ぬつもりもさらさらなかった。タミーは陸地を目指して、16の誕生日にショットを10杯キメたガッツと、これまでの培った船乗りスキルを武器に、大海原相手の絶望的な漂流サバイバルに挑む。

 本作には多くの魅力がある。漂流する2人のドンドン疲弊していく姿は真に迫っているし、回想(2人のなれそめ)と現在(漂流中)を交互に見せる構成も良い。実話だからこそのストーリー的なツイストも面白いが、何より本作の白眉は海の美しさだ。監督を務めたバルタザール・コルマウクルは、海難事故をテーマにした『ザ・ディープ』(2012年)、1996年に実際に起きた大量遭難事件を描いた『エベレスト 3D』(2015年)など、アウトドアの恐怖を描く匠である。本作でも実際に海に出ての撮影を決行、時には俳優と一緒に崖から飛んだという。「完全に私のワガママではあるのですが、十二分に人生を謳歌したいから、ビデオビレッジでただモニターを眺めていたくないんです」とまで言い切る監督のストロング・スタイルに、ベテラン撮影監督ロバート・リチャードソンも全面賛同。おかげで関係者は、撮影のため海上で1日に12~14時間も過ごすこともあったという。船酔いで大変な思いをしたうえに、海上撮影は非常に困難で、カメラを何台もダメにしたそうだが、こうした苦労の甲斐あって、とにかくこの映画の海は美しい。

 主人公たちは漂流生活が進むにつれて、栄養を失って痩せこけ、皮膚もボロボロになってゆく。一方、海は違う。嵐のシーンを除けば、この映画に出てくる海はずっと美しいままだ。90年代を知っている人にしか伝わらないたとえだが、JAL OKINAWAやポカリスエットのCMみたいな、綺麗で爽やかな風景がずっと続くのをイメージしてほしい(もちろん飛行機やポカリの支給がない)。どこまでも美しい風景をバックに、人間が追い詰められていく姿を描く。これが想像以上に怖い。ことさらに悲劇性を強調せず、淡々としたタッチも効果的だ。自然の中での人間のちっぽけさと、それでも決して諦めずに懸命にあがく姿が、より強烈な印象を残す。

 海は広いな大きいな、だからこそ怖い……本作は『ゼロ・グラビティ』(2013年)以降のファイト一発サバイバルものだが、徹底したリアル志向によって、こうした海の恐怖を思う存分に味わわせてくれる。何気ない一言から繋がるクライマックスの展開も、あまりにもデカく、美しく、非日常的な舞台である「海」だから実現したと言っていいだろう。観終わったあとに危険を承知で海へ繰り出す人々に畏敬の念を覚えるか、「やっぱり我が家が1番」と思うか、そこは人それぞれだとして、ともかく海の恐怖と魅力を楽しめる1本なのは間違いないだろう。

(加藤よしき)

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