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The Wisely Brothers 真舘晴子の『かもめ食堂』評 背中を押される人生の味

リアルサウンド

20/12/25(金) 8:00

 The Wisely BrothersのGt./Vo真舘晴子が最近観たお気に入りの映画を紹介する連載「考えごと映画館」。最近観たオススメ映画を、イラストや写真とともに紹介する。第4回は、現在Netflixで配信中の荻上直子監督作『かもめ食堂』をピックアップ。(編集部)

 いつも帰り道のバスの中で、夜ご飯を何にしようか考える。今日はバスに乗る手前の横断歩道で、何となく「あんかけ」にしたいと思い、「卵とじあんかけうどん」にしようと決めた。

 スーパーに寄ると、これまで別のスーパーに行かないと置いてなかった大好きな春菊、そして割引された牛肉を見つけたので、「すき焼きうどんにしよう」と変更した。

 それを食べながら、Netflixで最近配信がはじまった『かもめ食堂』を観た。

 『やっぱり猫が好き』(フジテレビ系)という1980~90年代にやっていたテレビドラマを、今年はよく観ていた。小林聡美、室井滋、もたいまさこが3人姉妹の設定で、一緒に住む家のリビングで繰り広げるシリーズだ。アドリブが多く、くだらないテーマが最高で、少し自分たちバンドメンバーとのやりとりと似ていて大好きになった。小林聡美は当時25歳ほどで末っ子役。このドラマの役の天真爛漫なキャラクターが新鮮だった。

 さて、『かもめ食堂』はこの連載でこれまで取り上げさせてもらった映画の中でも、沢山の人が観ていたことがある作品だと思う。この映画は、小林聡美の開いた「かもめ食堂」に、片桐はいりともたいまさこが、それぞれの理由でフィンランドにやってきて、ひょんなことからそのお店を手伝う話だ。

 初めてこの作品を観た高校生の時からこれまでの間に、私はフィンランド映画のなかでアキ・カウリスマキを好きになった。フィンランドに流れるしんとした時間、不思議に明るい夜、レストランの空気や、人々の表情のあり方、じっと見つめること、それをカウリスマキの映画で知っているからか、『かもめ食堂』で立ち止まった不思議な時間の流れるシーンを見ているとニヤッとしてしまった。アキ・カウリスマキを好きになったきっかけの作品『希望のかなた』でも、作中の飲食店で、新しいメニューのために変な食材を使うシーンがあったなと、思い出した。

 小林聡美のごはんをよそう手元というのは、映像界の中でも最高峰なのではないだろうか。肉じゃが、とんかつ、唐揚げ、シナモンロール、卵焼き。決して丁寧すぎず、だからといって雑な風でもなく、あの手元には健やかな何かが宿っている。他の映画では見たことのない組み合わせだと感じる。彼女がプールですいすいと泳ぐシーンは抽象的だ。このシーンは、なんでかアレハンドロ・ホドロフスキー監督の作品を観ているかのような感覚になる。フィンランドの大きなプールで目立つ、日本風な黒の水着はコムデギャルソン。

 少し、てりっと、ほろっと、たまにギラっとした質感のヘルシンキ。高校3年生の時の夏休み、スウェーデンに行くきっかけになった三軒茶屋のお店も、かもめ食堂のような雰囲気が流れるお店だった。木の机、水色の壁、聞こえる北欧のレコード、定食、コーヒー、エルダーフラワーティー。北欧はとても素敵だよと店主のお姉さんは教えてくれて、わたしは興味半分その夏にスウェーデンに行った。乗り換えはフィンエアー、荷物乗り換えのカウンター、荷物の重量が規格より少しオーバーして驚いている私に、空港の彼は“It’s ok!”と優しく微笑んでくれた。

 この映画では、面白い日本語を多く見つける。こうした日本語は実はたくさんあって、なんとも可愛らしいなぁ、と考え直す。

「森」、「わたしの荷物」、「カーネーション」、「おにぎり」

 作中に出てくる風景の色味やこころと似合う言葉。セリフもこの映画の大切なところだ。

 「コピ・ルアック」。これはフィンランド語。家で観賞しているからこそできることだが、コーヒーにまつわるシーンを観ながら、この間もらったコーヒーを入れる。映画と同じように、ドリップする手前でおまじないをかけてみる。そして一口。いつもより美味しく感じた。

 もたいまさこの素晴らしい安心感と、片桐はいりのぎゅっとした寂しがりやな心、小林聡美の「大丈夫、多分」という気持ちの、背中を押される人生の味。

 この映画を観ない間に、わたしは様々なものに出会ったんだと気づいた。そうか、思い出すものが増えていくのが人生なのだろうか?

 なんだか新しく必要なものを探してしまう日々だけれど、案外もう手の中にあって、それをもう一度すくうちょうど良いタイミングをつくることが、今は何かの秘密なのかもしれない。

 大切なものに出会う瞬間は人それぞれ。それがどんなタイミングであろうとも、大切にしていけたらいいなと、この映画を観て、シンプルにそう思ったのだ。

■真舘晴子
The Wisely BrothersのGt/Voを担当。
都内高校の軽音楽部にて結成。オルタナティブかつナチュラルなサウンドを基調とし会話をするようにライブをするスリーピースバンド。
2014年下北沢を中心に活動開始。 2018年2月キャリア初となる1st full album『YAK』発売。
2019年7月17日に2nd Full Album『Captain Sad』をリリース。
公式サイト:http://wiselybrothers.com/
公式Instagram:https://www.instagram.com/wiselybrothers/

■作品情報
『かもめ食堂』
監督・脚本:荻上直子
原作:群ようこ(幻冬社)
出演:小林聡美、片桐はいり、もたいまさこ

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