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中川右介のきのうのエンタメ、あしたの古典

ドラマ・新派の舞台と、最近また、ちょっとした横溝正史ブーム

毎月連載

第21回

20/3/12(木)

劇団新派の金田一耕助もの

劇団新派が横溝正史ものの第二作として、『八つ墓村』を2月に上演した(6月に大阪松竹座でも上演予定)。

劇団新派の横溝ものは、2018年秋の『犬神家の一族』が最初だった。その前には、江戸川乱歩の『黒蜥蜴』も新派劇にしており、新派もレパートリーとファンの開拓に苦心しているようだ。

新派は、かつては歌舞伎という「旧劇」に対抗して生まれた新しい演劇だったが、いまや歌舞伎よりも古めかしいイメージだ。一般的には存在感が薄いというか、知名度も低いのではないだろうか。

新派には、かつてはいくつもの劇団があったが、戦後は経営が成り立たなくなり、1951年にひとつにまとまり、松竹傘下の「劇団新派」という劇団となってしまった。ジャンル名だった「新派」は、劇団名になってしまったのだ。名優たちも亡くなっていき、二代目水谷八重子と波乃久里子が、看板女優として支えてきたが、集客には苦労している。

最近は、歌舞伎から転向した喜多村緑郎と河合雪之丞(女形)が主役を演じることが多く、『八つ墓村』では喜多村が金田一耕助・多治見久弥・多治見要蔵の三役、河合が森美也子だった。さらに、集客を期待してか関西ジャニーズJr.の室龍太も重要な役で客演している。

最近入った役者と、外部の役者が重要な役を演じ、本来の劇団員は脇役なのは、生え抜きのスター役者を育てられなかったからだ。

それはともかく、新派が横溝正史をやると知ったときは、いい企画だと思った。

横溝正史が青少年期から読んでいたのは、菊池幽芳、泉鏡花、谷崎潤一郎、佐藤春夫、宇野浩二らであり、かつての新派に近いところにいた作家たちの影響を受けていた。

だから、そのまま劇化すれば、新派の芝居になるはずなのだ。

だが、横溝作品の持つ猟奇性、耽美性、さらには女の情欲の底知れなさといったものは、そこにはなかった。新派の客層は大都市のセレブな御婦人方なので、そういう層に好まれないとの判断なのだろうか。

過剰さが剥ぎ取られ、一般の市民常識が通用する範囲での物語になっており、物足りない。

最近、テレビで相次いで横溝作品がドラマ化され、いずれも冒険的、前衛的な作品だったので、余計に新派の保守性を感じてしまう。その保守性が新派らしさなのかもしれないが。

市川崑の金田一シリーズが「横溝映像作品のスタンダード」

そう、最近また、ちょっとした横溝ブームなのだ。

フジテレビは、NEWSの加藤シゲアキの金田一耕助で、18年12年に『犬神家の一族』も、19年12月に『悪魔の手毬唄』をつくった(2作とも、脚本・根本ノンジ、演出・澤田鎌作)。

この2作は、市川崑監督・石坂浩二主演の『犬神家の一族』(76)と『悪魔の手毬唄』(77)を下敷きにしているように感じた。

市川崑・石坂浩二による金田一耕助シリーズは、他に『獄門島』(77)、『女王蜂』(78)、『病院坂の首縊りの家』(79)、『犬神家の一族』のリメイク(06)がある。

市川崑は96年には豊川悦司の金田一耕助で『八つ墓村』も撮っており、これは主役が異なるだけで、他の作品と同じテイストで作られていた。

この市川崑による一連の映像作品が、「横溝映像作品のスタンダード」となっている感がある。

以後、同じ原作をテレビドラマ化する場合は、作り手も見る側も、常に市川版を基準にして「あそこが違う」「そこは同じだ」「踏襲しているだけ」「新機軸だ」などと評する傾向があるのだ。

加藤シゲアキ版の2作、とくに最初の『犬神家の一族』は、横溝の小説を原作にしたというより、市川版のシナリオを原作にしたとしか思えないほど、筋の運びが似ていた。

『悪魔の手毬唄』は、「似ている」との声を意識したのか、それなりに変えているが、原作に戻って新解釈を施すまでには至らず、「市川版を修正してみました」レベルだった。といって、つまらないわけではない。原作が面白い小説であり、それを最良の形で映像化したのが市川版なのだから、それをなぞれば、ある程度の出来にはなるのだ。

NHK BSプレミアムの横溝正史シリーズは冒険的

『獄門島』(DVD)
発売日:2019年9月27日
販売価格:3,800円+税
発行・販売元:NHKエンタープライズ
(C)2019 NHK

冒険的というか、攻めているのが、NHK BSプレミアムによる金田一耕助シリーズだ。

脚本・喜安浩平、演出・吉田照幸によるシリーズで、16年11月の長谷川博己の金田一耕助で『獄門島』をはじめ、これまでに3作が作られた。

長谷川演じる金田一はかなりエキセントリックで、感情的で、いままでの金田一とはかなり異なるキャラクターに設定されていた。

長谷川がその後、朝ドラと大河ドラマに出ることになったせいか、18年7月放映の第2作『悪魔が来りて笛を吹く』から、金田一役は吉岡秀隆に交代し、第3作『八つ墓村』が19年11月に放映された。内向的で頼りない悩める金田一耕助になった。

いずれの作品も、事件の骨格は原作をそれほど改変はしていない。

だが、原作のある部分をばっさりと切り捨て、ある部分は肥大化させるという手法が取られ、これまでの映像作品とは異なる印象となった。

NHK BSプレミアムはこのシリーズとは別に、30分枠の『シリーズ・横溝正史短編集』を、16年11月に『黒蘭姫』『殺人鬼』『百日紅の下にて』、20年1月から2月に『貸しボート13号』『華やかな野獣』『犬神家の一族』を続けて放映した。金田一は池松壮亮で、脚本・演出は一作ごとに異なり、競作のかたちをとっていた(脚本は宇野丈良、許斐康公、明仁絵里子、演出は宇野丈良、佐藤佐吉、渋江修平ら)。

このシリーズは、セリフと地の文は横溝の小説をそのまま用いるという制約のもとで映像化するコンセプトで、同じスタッフにより、江戸川乱歩の作品も同じように映像化されている。

ある意味では原作そのままなので、最も「原作に忠実」なのだが、それゆえに、映像作品としては、前衛的というか実験的な作品になっていた。「小説の映像化」のあり方論を作品として提示している。

とくに『犬神家の一族』は、長編を30分の映像作品にするの無謀とも思える試みで、お見事ではあったが、面白くはなかった。「つまらない」のは前衛的で実験的であるからだ。

さまざまな脚本家、演出家による競作のおかげで、探偵小説の映像化の多様なサンプルが並び、いろいろ考えさせられる。

大作ドラマの原作となるのは、いまもなお司馬遼太郎、松本清張、山崎豊子といった昭和のベストセラー作家であり、横溝正史もその仲間入りをしている。

だが、司馬、清張、山崎らと、横溝正史が異なるのは、物語の中心に女性が位置していることだ。

女優にとっては、横溝ヒロイン(たいていの場合、犯人だが)を演じるのが大女優としてのステータスシンボルである。かつての寅さん映画のマドンナのようなものかもしれない。

このようにテレビではブームの横溝作品だが、劇場用映画は、2006年の市川崑の『犬神家の一族』のリメイク以後、作られていない。残念だ。

作品紹介

ステージ『新派特別公演「八つ墓村」』

原作・原案:横溝正史
脚色・演出:齋藤雅文

【東京公演】
日程:2020年2月16日~3月3日
会場:新橋演舞場
出演:水谷八重子/波乃久里子/室龍太(関西ジャニーズJr.)/一色采子/石倉三郎/河合雪之丞/喜多村緑郎/ 他

【大阪公演】
日程:6月13日~25日
会場:大阪松竹座
出演:喜多村緑郎/河合雪之丞/室龍太(関西ジャニーズJr.)/一色采子/紅壱子/石倉三郎/池上季実子/ 他

ドラマ『犬神家の一族』

放送日:2018年12月24日
演出:澤田鎌作
脚本:根本ノンジ
出演:加藤シゲアキ/賀来賢人/高梨臨/薮宏太(Hey! Say! JUMP)
フジテレビ

ドラマ『悪魔の手毬唄』

放送日:2019年12月21日
演出:澤田鎌作
脚本:根本ノンジ
出演:加藤シゲアキ/生瀬勝久/中条あやみ/小瀧望(ジャニーズWEST)
フジテレビ

映画『犬神家の一族』(1976年・日本)

配給:角川春樹事務所
監督・脚本:市川崑
出演:石坂浩二/高峰三枝子

映画『悪魔の手毬唄』(1977年・日本)

配給:東宝
監督・脚本:市川崑
出演:石坂浩二/岸恵子

映画『八つ墓村』(1996年・日本)

配給:東宝/角川書店/フジテレビジョン
監督・脚本:市川崑
出演:豊川悦司/浅野ゆう子

ドラマ『スーパープレミアム「獄門島」』

初回放送:2016年11月19日
演出:吉田照幸
脚本:喜安浩平
出演:長谷川博己/仲里依紗/小市慢太郎/古田新太/奥田瑛二/ 他
NHK BSプレミアム

ドラマ『スーパープレミアム「八つ墓村」』

初回放送:2019年10月12日
演出:吉田照幸
脚本:喜安浩平
出演:吉岡秀隆/村上虹郎/真木よう子/蓮佛美沙子/國村隼/ 他
NHK BSプレミアム

ドラマ【シリーズ・横溝正史短編集】

第1弾『金田一耕助登場!』
『黒蘭姫』(2016年11月24日)
『殺人鬼』(2016年11月25日)
『百日紅の下にて』(2016年11月26日)

第2弾『金田一耕助 踊る!』
『貸しボート13号』(2020年1月18日)
『華やかな野獣』(2020年1月25日)
『犬神家の一族』(2020年2月1日)

出演:池松壮亮/ 他
NHK BSプレミアム

プロフィール

中川右介(なかがわ・ゆうすけ)

1960年東京生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社アルファベータを創立。クラシック、映画、文学者の評伝を出版。現在は文筆業。映画、歌舞伎、ポップスに関する著書多数。近著に『手塚治虫とトキワ荘』(集英社)など。

『江戸川乱歩と横溝正史』
発売日:2017年10月26日
著者:中川右介
集英社刊

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