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窪田正孝が体現する、“屈折した”朝ドラ主人公 『エール』が突きつける理想と現実のギャップ

リアルサウンド

20/5/24(日) 6:00

 NHK連続テレビ小説『エール』。このどうにも不器用すぎる人々の狂想曲。そもそも、これほど不器用で、かつて幼少期の鉄男(込江大牙)が言った言葉をそのまま借りれば「ずぐたれ」な朝ドラ主人公が今までいただろうか。明るく見せかけて、とてもとても屈折したドラマ『エール』の愛すべき男たちの姿を紐解いてみたい。

参考:朝ドラ『エール』のモデル古関裕而とは? 故郷・福島の縁の地を訪ねて

 窪田正孝演じる古山裕一。第8週は、早慶戦を盛り上げ、選手たちを鼓舞することになった、輝かしく力強い早稲田大学応援歌「紺碧の空」が誕生するまでが描かれた。しかし、順風満帆にことが進んだわけではない。作曲した当人である主人公・裕一は、自分の強みであり夢である西洋音楽に固執するあまり、自分の殻の中に閉じこもり、彼のためを思って動く純粋な人間をも、彼らのアイデンティティを揺るがすほどの発言によって無自覚に攻撃し、傷つけてしまう。

 今までの過程を見守っている視聴者の多くが、彼がそのことに気づく金曜日に至るまでずっと思っていただろう。「裕一、君はいつも誰かのために書いた音楽こそ評価されてきたではないか。誰かのことを思って書いた音楽がいつも素晴らしかったではないか」と。初回で萩原聖人演じる東京オリンピック会場の警備員が「先生の曲は人の心ば励まし応援してくれる」と言っていたように。御手洗(古川雄大)が「私みたいな辛い思いをしている人たちに力を与えられる曲を作って」と言い、演奏会後に尋常じゃなく涙していたように。ハーモニカ倶楽部の曲づくりにおいて、怒りに負けて本来の自分を取り戻せず曲が書けない時、史郎(大津尋葵)が、「今の君は君じゃない。君じゃないから書けないんじゃないか」と言っていたように。

 父親譲りの「騙されても恨み辛みを言わない」、人のことを暖かく見つめ、ユーモラスに音楽へと昇華する能力こそが、彼の本質であることは、既に多くの登場人物によって語られているのである。それでも気づけず、いつも依頼された仕事に対して悩み苦しみ、時に人に対して攻撃的になりながら、地を這うように、必死で書き上げる男。それがこの先、様々なジャンルの音楽を作り出していくことになる古山裕一の不器用な生き方を印象付けるものになるのだろう。

 しかし、不器用でややこしい、思うようには生きられない男は、『エール』において裕一だけではない。このドラマは、そういった理想と現実の間のギャップ、世間や家族から担わされる期待や、自分自身が抱く夢と、自分自身の能力の間のギャップに苦しむ男たちの物語でもある。

 仕方がなく家業を継いだが失敗ばかりで、息子から「お父さんの夢中になれるものは?」と問われても、さりげなく話を逸らすしかない裕一の父親・三郎。唐沢寿明が、実に見事にチャーミングに、不器用で情けない、愛すべき男の哀愁を演じていた。また、裕一たちの恩師・藤堂(森山直太郎)も、常に正しい道を指南するだけの存在ではなく、自分が追えなかった夢や得られなかった才能を彼らの中に見つけ、思いを託す存在として描かれている。

 その一方で、裕一に屈折した感情を抱き、批判する弟・浩二(佐久本宝)の言い分もまた真理である。こういった主人公を批判し、行く手を阻む立場にある人物が、一面的に言えば正しいという多面性も興味深い。例えば茂兵衛(風間杜夫)は、三郎・裕一に随分敵視されているが、実に家族思い、妻思いの人物である。逆に幼少期の裕一にとっての「大好きな」優しい存在である祖父母が、実際は茂兵衛以上に冷たく厳しい人物であった。

 裕一は祖母と伯父の目論見を知り憤り、その怒りを、実家に帰って縋る母(菊池桃子)と弟を振りきり、音(二階堂ふみ)の元に走ることによって表現する。この「怒り」の動線が妙にずれていることに奇妙な違和があった。もちろん、本家と実家両方に啖呵を切るよりも、実家のみの騒動を描くことでより簡潔に「家を捨て音と夢を選んだ」ことを示したとも言えるが、この「怒り」の動線のズレは、第39話でも再び起こるのである。

 第39話における裕一の久志(山崎育三郎)に対して吐いた弱音「もう無理」という言葉に重ねるように、次のショットにおいて団長(三浦貴大)を前にした音が「無理じゃない」と答える。団長に対して音が、「あなた自身の言葉で裕一さんの心を動かして」と頼むことで、団長の思いが裕一の心を動かし、ギリギリで「紺碧の空」が完成することになる。

 第40話の「頑張ることは繋がる」という団長の言葉は、そんな怒りのやり場も、エールのやり場も、相手を思うあまり、気が弱いあまり、さらには正攻法では相手の心を動かせないために、少しずれてしまう彼らの、不器用さ含めて、“エール”というものの面白さを伝えているのである。

 新型コロナウイルスの感染拡大防止で収録を見合わせているため、6月27日の放送をもって一時休止することが決まっている。異例尽くしとなってしまった朝ドラではあるが、第9週は、ついに鉄男(中村蒼)、久志、裕一の「福島三羽ガラス」の集結とのこと。ますます面白くなっていくだろう、モデルとなった作曲家・古関裕而作曲の素晴らしい楽曲の数々に乗せて、ポップで明るく見えて、案外泥臭く、屈折した人間模様を、まだまだ楽しみたい。(藤原奈緒)

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