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俳優・櫻井拓也の早すぎる死を悼む 多くの映画人に愛された、稀有な“自然体”の姿勢

リアルサウンド

20/3/3(火) 10:00

 映画俳優という存在との出会いは、ほとんどの場合がスクリーンを隔てた一方的なものばかりではあるが、筆者が櫻井拓也という俳優と出会ったのは地元のレンタルビデオ店のカウンターの内側で、映画俳優としてではなく同い年の新しいアルバイト仲間としてだった。もう10年近く前になる。だから去年の9月に突然彼の訃報を聞いた時には、一方的にしか知らない映画俳優の死でもなければ、漠然と親交のある映画俳優の死でもなく、たまたま映画俳優をしている友人のあまりにも早すぎる死であり、正直なところ5ヶ月近くが経った今でも現実として受け止めきれていない部分がある。

 こうして改めて、映画俳優・櫻井拓也について思いを巡らすタイミングが、偶然にもあの大震災の時のように日本国内に張り詰めた空気が蔓延して、映画をはじめとした文化が“不要不急”とされるような有事の時期というのも何かの偶然だろうか。ちょうど2011年の3月、筆者は大学生として最後の自主制作映画に俳優として彼を起用した。大震災直後で自粛ムードが漂う中ではあったが、彼は嫌な顔ひとつせずにいつもの調子で撮影に参加してくれて、愛車の青い原付バイクに跨って撮影場所の河川敷までやってきては、寒空の下で鼻をすすりながら待機している姿を鮮明に覚えている。自主映画をやっていた人ならわかると思うが、役者をやっている友人がいるということほど心強いものはない。時にはそれが創作へのモチベーションにつながることもあるぐらいだ。

 実際のところ、彼の出演した映画は数えるほどしか観ることができていない。その多くがピンク映画や極めて小規模なインディペンデント映画で、劇場にかかる期間も短ければ、ソフト化しても限られた店舗でしかレンタルされていないことがしばしばで、機会を逃すとなかなか再会することが難しいものばかりだからだ。何とか機会を逃さずに観られたものといえば、デビュー作となった井土紀州監督の『犀の角』や低予算で制作された「青春H」シリーズの数作品、主演を務めキネマ旬報ベスト・テンの主演男優賞第6位にも選ばれた『花火思想』に、近年の作品では東京国際映画祭に出品された『漫画誕生』、端役ではあったが白石和彌監督の『止められるか、俺たちを』あたりが主なところだろう。

 そのどの作品でも、彼はあまりにも自然体な俳優としてそこに存在していた。無論、演技をしていない時の姿を知っている先入観もあるのかもしれないが、いかにも演技めいた仰々しい芝居をするのではなく、あたかも彼の人柄を踏まえて当て書きされたかのように、もっと言えば与えられた役柄を櫻井拓也へと引き寄せるかのようにふわりとこなしていく。しかも端役を務める作品であれば限りなくその背景の一部へと染まり、ピンク映画のように相手役がいる作品では実に巧みに女優を引き立て、主役を張る作品でも過度な主張をせずに作品そのものを引き立てる。その絶妙な、演者と映画との距離感を彼は意識せずとも把握しきっている俳優だったのではないだろうか。いわゆる二枚目タイプではなくとも、主役を張れるだけの個性を持った、映画の隠し味でありつづけた。だからこそ、多くの映画人に愛され、映画ファンからも親しまれる存在だったに違いない。

 それでも一部の映画ファンの中の、さらに一部にしか知られていない彼の映画俳優としての軌跡は、ただただ惜しいという言葉以外で表現することはできまい。本来であればピンク映画界を完全に手中に収め(すでに2018年にはピンク映画大賞で主演男優賞も獲得している)、一般映画へもどんどんと手を広げ、名バイプレイヤーとして活躍できていたのだから。フィルモグラフィを再び見てみれば、この数年で年間10本以上の作品に出演しており、急ぎすぎだよと呟きたくもなる。けれどひとつだけ救いがあるとすれば、彼の足跡は映画という形で半永久的に残されていくことができるということだ。

 現在、渋谷のユーロスペースでは彼の出演作を集めた特集上映が3月6日まで開催されている。日本映画大学時代の実習作品から、商業映画や主演を務めたピンク映画など計13作品。まだまだ全然足りないけれど、彼を知る上でまず押さえておくべき作品はひとしきり揃っている印象だ。ローバジェットで作られたこれらの作品群が、今後どのような形で保存されていくのかは気がかりではあるが、映画の中で生き続ける櫻井拓也という俳優は、ピンク映画界の市川雷蔵と言わんばかりにこれから何年も先までスクリーンを通して多くの人と出会い、そして語り継がれていくべきである。 (文=久保田和馬)

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