Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

ジョン・レノンから現代を生きる人々へーー価値観の転換期である今、『ギミ・サム・トゥルース.』が示す指針

リアルサウンド

20/10/9(金) 18:00

 世界が何か大きく変わる「節目」を迎える時、私たちはいつも「ジョン・レノンがもし今生きていたら?」という思いを巡らせてきた。例えばベルリンの壁が崩壊した時や、ニューヨークの世界貿易センタービルに旅客機が衝突した時、アメリカで初の黒人大統領が誕生した時や、ブレクジットでヨーロッパが分断された時も、「ジョンだったらこんな時、何と言うだろう?」「もし彼が生きていたら、どんな曲を私たちに届けただろうか?」と考えずにはいられなかった。奇しくも彼が生誕80周年、没後40年を迎える今年は、新型コロナウイルスによるパンデミックや、アメリカを中心に広がるBlack Lives Matter運動など、かつてない規模で世界が揺れ動いている。ジョン・レノンによる、鋭く本質を突きながらも時にシニカルでユーモアたっぷりの「言葉」や「音楽」が、彼の死後これほどまでに求められたことがあっただろうか。

 ヨーコ・オノがエクゼクティブプロデューサーを務め、ショーン・レノンがプロデュースしたジョンの新しいベストアルバム『ギミ・サム・トゥルース.』は、あらゆる価値観が変動しつつあるこの時代において、一つの指針となるべき作品だ。アルバムタイトルは、ジョンがソロ名義で1971年にリリースした2ndアルバム『イマジン』に収録された同名曲から取ったもの。「保守的で短絡的で、偏狭な偽善者の言葉に心底嫌気がさしている。俺が欲しいのは真実だけ。ただ真実だけをくれ」と歌われるこの曲は、ベトナム戦争真っ只中に書かれたポリティカルソング。ソーシャルメディアやマスメディアによる「フェイクニュース」が蔓延する現代にも十分通用するような、この曲をタイトルに冠していることからも、本ベストアルバムが今の時代に合わせた選曲にアップデートされていることは明らかだ。

GIMME SOME TRUTH. ULTIMATE MIX. LYRIC VIDEO.

 フォーマットは大きく分けて、36曲収録の2CDバージョンと、19曲収録の1CDバージョンがある。ラスト2曲、「ハッピー・クリスマス(戦争は終った)」と「平和を我等に」を除けば、どちらもほぼ年代順に楽曲が並ぶ。選曲に関しては、例えばジョンの生前にリリースされた唯一のベストアルバム『ジョン・レノンの軌跡[シェイヴド・フィッシュ]』と比較してみると、その傾向が分かりやすい。『ジョン・レノンの軌跡』からは、「母さん、俺はあんたのものだったが、あんたは俺のものじゃなかった」と歌う「マザー」と、女性解放やフェミニズムをテーマに扱うも、原題「Woman Is the Nigger of the World」の「Nigger」が差別用語にあたるため当時全米では放送禁止となった「女は世界の奴隷か!」が、今回収録を見送られたのは妥当な判断といえるのかもしれない。

 逆に、世界から自分が隔絶されたような孤独感を歌う楽曲「孤独」は、コロナ禍にあってより染みるものがあるし、フェミニズム運動や黒人解放運動に参加し、刑務所に投獄されたアフリカ系アメリカ人アンジェラ・デイヴィスの名を取った「アンジェラ」(2CDのみ収録)は、昨今のBLM運動により顕在化したアメリカの構造的な人種差別について、改めて考える機会を与えてくれる楽曲である。

 また、生前最後にリリースされたアルバム『ダブル・ファンタジー』収録曲「ウォッチング・ザ・ホイールズ」は、ジョンが専業主夫としてショーンを育てるため、音楽活動をストップした5年間を歌ったもの。平凡な日常を送る彼に対し「頭がおかしいんじゃないのか?」「そのままだと破滅するぞ」と言い募ってくる周囲の人間たちに対し、「何を生き急いでるんだ? 俺は時の流れに身を任せ、ぐるぐると回る車輪を眺めてるだけだよ」と返すジョンの言葉は、夫婦のあり方、育児の役割分担、働き方に対する価値観の転換期である今こそ、じっくりと耳を傾けたくなる。

WATCHING THE WHEELS. (Ultimate Mix, 2020) – John Lennon (official music video HD)

 もちろん、骨太なメッセージソングだけが本作に収録されているわけではない。「俺はただの嫉妬深い男なんだ」と歌う「ジェラス・ガイ」や、息子ショーンへの溢れんばかりの愛情を綴った「ビューティフル・ボーイ」の、どこかオリエンタルな響きを持つ美しいメロディや、“ドリーム・ポップの草分け”ともいわれる「夢の夢」の、まるで桃源郷のような響き、「僕と一緒に歳を重ねよう」とヨーコに呼びかける、ザ・ビートルズ時代にポールが書いた「ホエン・アイム・シックスティー・フォー」のアンサーソングのような「グロウ・オールド・ウィズ・ミー」のホーリーな美しさなど、ジョン・レノンが類稀なるメロディメーカーであることを知らしめる楽曲も並んでいる。コールドプレイやエリオット・スミス、ポール・マッカートニーらとの仕事でも知られるエンジニア、ポール・ヒックスのリミックスにより、奥行きと広がりが増したサウンドスケープも聞きどころの一つだ。

JEALOUS GUY. (Ultimate Mix, 2020) – John Lennon and The Plastic Ono Band (w the Flux Fiddlers)
#9 DREAM. (Ultimate Mix 2020) John Lennon w The Plastic Ono Nuclear Band (official music video 4K)

 狂信的なファンの凶弾により、この世を去ってから40年。今なお色褪せることなくこの世界に響きわたる彼の楽曲に、「新たな意味」を求めようとする私たちのことを、ジョン・レノン本人はどう思うのだろうか。きっとあの悪戯っぽい笑顔をたたえながら、「いや、そんなつもりで俺は歌っていないぜ?」なんて嘯くかもしれない。それでも私たちは、彼の「言葉」を、「音楽」をこれからも指針に生きていくことだろう。「想像すれば世界は変わる」と「イマジン」で、「もし私たちが望めば戦争は終わる」と「ハッピー・クリスマス(戦争は終った)」で教えてくれたのは、他でもないジョン・レノンなのだから。

IMAGINE. (Ultimate Mix, 2020) – John Lennon & The Plastic Ono Band (with the Flux Fiddlers) HD

合わせて読みたい

・ジョン・レノンと現代のミュージシャンを結ぶものとは? 孤独、愛、怒り…新ベスト盤に収められた2020年にこそ必要なメッセージ
・ジョン・レノンの音楽は、なぜ日本のアーティストたちに歌われるのか? 言葉を超えて伝わる純粋なまでのメッセージ性

■黒田隆憲
ライター、カメラマン、DJ。90年代後半にロックバンドCOKEBERRYでメジャー・デビュー。山下達郎の『サンデー・ソングブック』で紹介され話題に。ライターとしては、スタジオワークの経験を活かし、楽器や機材に精通した文章に定評がある。2013年には、世界で唯一の「マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン公認カメラマン」として世界各地で撮影をおこなった。主な共著に『シューゲイザー・ディスクガイド』『ビートルズの遺伝子ディスクガイド』、著著に『プライベート・スタジオ作曲術』『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインこそはすべて』『メロディがひらめくとき』など。FacebookTwitter

■リリース情報
ジョン・レノン生誕80周年記念
ニュー・ベスト・アルバム『ギミ・サム・トゥルース.』
10月9日(金)発売
ご試聴はこちら

■展覧会情報
『DOUBLE FANTASY -John & Yoko(ダブル・ファンタジー ­ジョン&ヨーコ)』
会期:2020年10月9日(金)〜2021年1月11日(月・祝)
休館日:2020年12月31日(木)/ 2021年1月1日(金)
場所:ソニーミュージック六本木ミュージアム(東京都港区六本木 5-6-20)
主催:株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント / 株式会社ソニー・ミュージックレーベルズ
チケットに詳細はこちら
オフィシャルサイト

■映画情報
ジョン・レノン生誕80周年記念上映
劇場上映版『イマジン』

<10月9日(金)より生誕80周年記念上映>
TOHOシネマズ日比谷他、全国順次公開ドルビーアトモス上映

出演:ジョン・レノン、オノ・ヨーコ、ジョージ・ハリスン他
監督・制作:ジョン・レノン、オノ・ヨーコ
2018年(オリジナル1972年)/イギリス/86分
配給:Eastworld Entertainment / カルチャヴィル 

©2018 YOKO ONO LENNON All Rights Reserved

劇場上映版『イマジン』公式サイト

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む