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いきものがかり水野良樹の うた/ことばラボ

w/秦基博 前篇

隔週連載

第38回

特別な1年になってしまった年の暮れに実現した、同じ2006年デビュー同士のこの顔合わせ。これまでも、折に触れてそれぞれの“現在地”を確認し合ってきたというふたりの対談は、やはりこの特別な1年を振り返ることからはじまった。

水野 秦さんは、今年(2020年)1年を振り返って、どうだったでしょうか。

秦 みなさんもそうだと思いますが、コロナというものにかなり揺さぶられた年だったなとは思いますよね。ライブというものがほぼできない状態になってしまったので……。4年ぶりの全国リリースツアーが中止になってしまったことが僕のなかでは大きかったかもしれないです。ただ、そういう状況でもできることを考えたり、それをどうやってポジティブな方向へもっていくのかとか、そういうことに知恵を絞った1年だったのかなという気がします。

水野 秦さんは自分で作って自分で歌うという形だから、人前で歌うという行為が特に重要であるような気が僕はしていて……。

秦 そうですね。

水野 でも、そういう機会が少なくなった、と。そのことは、書く言葉だったり、作るメロディに何か影響はありましたか。

秦 本来であれば、書いたものの感触とか意味合いを確かめるためにライブをやるというサイクルだったと思うんですけど、それがなくなってしまったので……。無観客という形での配信ライブはやったんですけど、自分が作った曲や歌詞を、ツアーを通して自分もあらためて知っていくという部分がすごくあって……。

水野 はいはい、ありますよね。

秦 その感じというのは急にくることもあるし、じわじわくることもあって、ツアーを何ヵ所も回っていくなかで得られる感覚なんですけれど、今回は配信ライブという形1本だけだったので、いつもとは違う感じだったというか……。コロナによって何かが変わったと言うよりは、得られる感触が失われたということはあったかもしれないです。

水野 ライブで感触をつかんで、そこから「今度はこうしよう」とか「これをもっと深めていこう」とか、そういう前に進む行程があるような気がするんですけど、今回はその感触がないまま次の試合に向かわないといけないような感じですか。

秦 今回のことが次に作るものに反映されていくのかどうか、何か影響が出てくるのかどうかは自分でもわからないんですよ。

水野 確かに、聴き手だったり世間の反応が読みづらい状況ですよね。基本的には、みんな暗い気持ちになっている。でも、暮らしがすごく厳しいことになってる人もいれば、実はコロナ以前と生活はそんな変わっていないという人もいて、そのバラバラであるがゆえにとらえどころがない感じもあるし……。

秦 それに、曲を生み出していくときに今はどうしてもコロナというものが入りこんでくる雰囲気がありましたよね。例えばコロナに負けないというポジティブさなのか、あるいはコロナに覆われている世界のムードを歌うのか、どういうことを歌うにしてもコロナがどうしても影響してくる雰囲気があったから、僕はあまり曲を作る気持ちにはならなかったですね。

水野 なるほど! 逆にね。それは、すごく大事な視点ですね。東日本大震災のときにもそういう雰囲気がちょっとあったけど、あまりに大きな出来事だから、そこを避けては通れないかのような空気になるというか……。

秦 そうそう。

水野 すべてがそこに引きつけられてしまうという雰囲気は、良くも悪くもありましたよね。

秦 コロナにすべてが帰結してしまいそうという、そういう音楽を今聴きたいか? そして歌いたいのか? そういうことを考えたときに、僕のなかでは震災のときとはちょっと違っていて、あのときは何か居ても立ってもいられなくて“何か作らなきゃ”、“歌わなきゃ”という感覚だったような気がするんですけど、今回はコロナの曲を作ってどうなるんだろう?という気持ちが僕のなかにはあって。

水野 日本中どころか世界中がコロナに覆われてしまっているこの状況のなかで、そのコロナの渦に巻き込まれてしまってる音楽を果たしてみんなが聴きたいものなのか? というのは重要な指摘だと思います。みんなが望んでいるのは、普通の生活ですもんね。マスクしないで外出できるとか、みんなで集まって飲んだり食べたりできるとか、以前は普通にやってたことをまたできたらいいねと思ってる気がするから、そういう日常を歌えるようになることのほうが大事で、でも今はまだ、たぶんそういうタイミングではないということですね。

秦 新しい曲を作るというよりは、自分が今持ってるというか、すでに作った曲のなかで楽しんでもらえる形はないのかなということを考えたんですけど、日本だけじゃなく海外のアーティストも自宅や作業場みたいなところから、ヒット曲だったり、シンプルでアコースティックなものを届けたりしていましたよね。その気持ちはすごくわかるなという感じがあります。

── 自分がすでに作った曲をどう楽しんでもらうかということを考えている時期に、自分が書いた言葉が以前とは違う意味合いで、あるいは違う感覚で響いてきた、というようなことはありましたか。

秦 自分のレパートリーのなかに何か新しい意味合いを感じるというよりは、まず、曲を選ぶ時点でこの状況に合うような曲を選ぶということを自然とやっていたと思うんです。この曲だったら今のこのムードに合うのかなって。それで、ツアーメンバーと『コペルニクス』といういちばん新しいアルバムに入っている「Love Letter」という曲をリモートでやってみたんですけど(1/27リリースのニューシングル「泣き笑いのエピソード」に収録)、はからずもフィットしちゃったなあという感じはありました。そういうつもりで作ったところはまったくなかったし、この曲を選んだ理由もコロナに対してということをはっきり意識していたわけじゃないんですけど、“この曲だな”と思った直感的なものが、この状況やそこで暮らす僕らの気持ちに合っていたのかなという気がします。

水野 こんな状況を想定して作ったわけじゃなくて、その時々の日常のなかで何か感じることがあって作った曲が、新たな価値というか、“このポイントって実はすごく大事だったんだな”と言うようなものを再発見する経験を、どのアーティストもしているような気がします。僕らも「YELL」という曲が、春頃すごくいろんなところで流れたんですけど、いつもの卒業式で流れるのとは違って、卒業式ができないから本当にさよならが言えないというような状況にあった人たちがあの曲をピックアップして歌ってくれてたんですよね。そういうふうに、はからずも状況にフィットしていったり、作り手が思っていたのとは違う形で受け取り手に寄り添ってしまうというような場面が今年は確かに多かったかもしれないですね。みんな、過去の曲をけっこう演奏してたし。

秦 そういうムードだったんじゃないかなあという気がするんですよね。

取材・文=兼田達矢

次回は1月25日公開予定です。

プロフィール

水野良樹(いきものがかり、HIROBA)

1982年生まれ。神奈川県出身。
1999年に吉岡聖恵、山下穂尊といきものがかりを結成。
2006年に「SAKURA」でメジャーデビュー。
作詞作曲を担当した代表曲に「ありがとう」「YELL」「じょいふる」「風が吹いている」など。
グループの活動に並行して、ソングライターとして国内外を問わず様々なアーティストに楽曲提供。
またテレビ、ラジオの出演だけでなく、雑誌、新聞、webなどでも連載多数。
2019年に実験的プロジェクト「HIROBA」を立ち上げ。
2/24、33枚⽬のシングル「BAKU」リリース(1/18よりダウンロード・ストリーミング配信開始)。テレビ東京系『BORUTO-ボルト- NARUTO NEXT GENERATIONS』1⽉クールオープニングテーマとしてオンエア中。

秦基博

宮崎県生まれ、横浜育ち。2006年11月シングル「シンクロ」でデビュー。“鋼と硝子で出来た声” と称される歌声と叙情性豊かなソングライティングで注目を集める一方、多彩なライブ活動を展開。
2014年、 映画『STAND BY ME ドラえもん』主題歌「ひまわりの約束」が大ヒット、その後も数々の映画、CM、TV 番組のテーマ曲を担当。
デビュー10周年には横浜スタジアムでワンマンライブを開催。
初のオールタイムベストアルバム『All Time Best ハタモトヒロ』は自身初のアルバムウィークリーチャート1位を獲得、以降もロングセールス中。
映画『ステップ』主題歌「在る」を収録したアルバム『コペルニクス』を2019年12月にリリース。
2020年3月から同作を引っ提げて4年ぶりの全国リリースツアーを予定していたものの、全公演中⽌に。NHK連続テレビ⼩説『おちょやん』の主題歌に新曲「泣き笑いのエピソード」が決定。24枚目となるシングルとして2021年1月27日にCDリリース予定。

「泣き笑いのエピソード」

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