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今泉力哉監督と考える、日本映画界の現状 作家にとって理想の環境はいかにして作られる?

リアルサウンド

21/1/31(日) 10:00

 新型コロナウイルスによる相次ぐ公開延期、緊急事態宣言発令による映画館の一時閉鎖など未曾有の事態となった映画界。その中でも、もっとも気を吐いている映画監督の一人が今泉力哉だ。

 2019年に『愛がなんだ』が大きなヒットを記録して以降、『アイネクライネナハトムジーク』『mellow』『his』と監督作が相次いで公開。今年も、2月には『あの頃。』、コロナ禍の影響で公開が延期していた『街の上で』の公開が4月に控えているなど高い製作ペースを維持し続けている。

 CM、ドラマ脚本などその活動のフィールドを広げながらも、常に自身のインディペンデント作家としての出自を忘れることなく作品を生み出し続ける映画監督・今泉力哉は、日本の映画業界とどのように向き合っているのだろうか。自身のキャリアの特異性から日本映画を取り巻く資本の問題までたっぷりと語ってもらった。(編集部)

「『めっちゃお金をかけたい』とか思わない」

ーーリアルサウンド映画部では、2019年、2020年と、年の終わりに三宅唱監督に1年を振り返ってもらうインタビューをおこなっているんですが(参照:“映画館でかけるべき映画”を作り手たちは考えないといけないーー三宅唱が2010年代を振り返る三宅唱が語る、2020年に映画監督として考えていたこと 「映画ならではの力を探りたい」)、2020年の年末(取材日は2020年12月28日)は今泉監督にも是非お話を伺いたいと思ってオファーをさせていただきました。

今泉力哉(以下、今泉):三宅さんの話からすると、CO2っていう大阪でやってる自主映画の映画祭があって、2009年くらいに同じコンペティションの最終選考を競ったりしていたこともあって、その頃から面識があるんですよ。その後は、お会いするのは数年に一度くらいですけど、『きみの鳥はうたえる』を観た時は、興奮して映画館から家に着くまでずっとショートメールを送ったりしてました(笑)。

ーー今泉監督も三宅監督もまだ30代ですが、自主映画出身というだけでなく、それよりも上の世代の監督たちとは異なるバックグラウンドから出てきたという印象があって、その後の映画監督としてのキャリアの積み方もそれぞれ前例がいないなって。

今泉:自分に関してしか言えませんが、実際、日本の映画監督の中で相当特殊なポジションにいるという自覚はあります。一応、映画学校でフィルムもギリギリやりましたけど、世に出たばかりの頃は「デジタル世代の悪しきなんとか」みたいなことをめちゃくちゃ言われましたしね。「ゆるく」「かるく」「覚悟なく」映画を撮ってる代名詞みたいな。そもそも扱ってる題材も恋愛ものだったり、ちょっとコメディっぽいものだったりで、社会的なことにはまったく触れずに作品を撮っていたし、映画をものすごくたくさん観てきたわけじゃないので。

ーーとは言っても、たくさん観てると思いますよ。

今泉:自分はニューシネマワークショップという学校の出身で、当時は同じような学校としてENBUゼミナールとか映画美学校とか、大学になる前の日本映画学校があって。まだ東京藝大大学院の映像研究科とかもなかった。その中でも美学校は立教からの流れで、講師も生徒もみんなシネフィルというか、とんでもなく映画を観ていて(という偏見が俺の中にあっただけかもですが)。自分が短編でグランプリとかを獲ってちょっと知られるようになった時は、同世代の美学校出身の人たちから全否定されてるような感覚があって(笑)。まあ被害妄想かもですけど、でも確実にそんな視線は感じてました。

ーー『退屈な日々にさようならを』では、まさにそんな作り手と観客がぐるぐる回ってるだけの自主映画の狭い世界を揶揄してましたよね。

今泉:あれは自分で自分を刺しにいったんです。『退屈〜』自体がワークショップから生まれた映画だったので、そういう映画になってしまったらこの映画は終わりだ、っていう。自主映画でもずっと続けていたら、500人とか1000人くらいの固定客をがんばって集めるところまではいけると思うんですけど、それってただの身内の褒め合いで終わるんで。

ーーただ、今泉監督の面白いところは、これまでの作品の質と量とその成果を考えると、もうどこにでも行けそうなところまで来てると思うんですけど、わかりやすいキャリアアップを目指してないように見えるところで。つまり、日本のメジャーの映画会社と組むことだったり、海外の映画賞に強いプロデューサーと組むことだったり、そういう方向には行かないですよね。

今泉:正直そういうことにはまったく興味がないんですよね。きっと一番ずるいところにいるんですよ。「やりたいようにやってるよな、お前は」って言われるような。そういう大変そうなことは避けていて、かといって、小さすぎる作品ってわけでもない。そこから、『愛がなんだ』のように、ありがたいことに広がっていく作品も生まれましたけど、その後も同じような規模の作品を撮り続けているっていう。以前、何かの記事でホン・サンス監督が「世界中に自分の映画を観る人はのべ5万人くらいしかいないから、5000万円以上の製作費はかけない」って言っていて。そういう感覚ってすごく大事な気がしていますね。「めっちゃお金をかけたい」とか思わないんですよね。

ーーでも、大きな作品の話もきたりしますよね?

今泉:最近も一つ、原作ものでありましたね。もしやってたら、絶対に製作費も監督ギャラも過去最大という。でも、「これは俺じゃない人が撮った方が面白くなるんじゃないか」って思って散々迷った末にお断りしました。結局、映画が好きなところから始まってるんで、自分のエゴよりもそっちが勝っちゃうんですよね。自分が一番うまくできると信じられない題材をやる必要は、少なくとも今はないかなって。世に出た時に面白い映画になっていたほうが原作者も原作ファンも幸せですから。

「おんぶしてあげる側になりたい」

ーー2020年は1月17日に『mellow』が公開されて、その翌週の1月24日に『his』が公開されて、本当は5月に『街の上で』も公開されるという、上半期から相変わらずめちゃくちゃなことになってたわけですが、結局、新型コロナウイルスの影響で『街の上で』の公開が2021年の春まで延期になったと。

今泉:はい、そうですね。

ーーそして、『あの頃。』(2月19日公開)の公開も控えている。これは、パンデミックが広がる前に撮り終えられたんですか?

今泉:撮影は2020年2月。ちょうどいろんなものが止まっていく直前に撮り終えることができました。運が良かったです。

ーーそれ以外に隠れている作品は?

今泉:あと1本撮り終えていて、それも残り1日か2日くらいの作業で完成予定です。これは本来、5月末に撮り始める予定だったんですけど、1カ月ずらして6月末から撮影して。『あの頃。』の仕上げもコロナのせいで遅れていたので、2作品の仕上げを8月9月とやっていた感じです。

ーーその作品についてはまだ発表されてないですよね。

今泉:はい。あと、それ以外にもCM案件をちょろちょろやっていて。有村架純さんと浜辺美波さんのJA共済のウェブCMとか、セブインイレブンアプリと乃木恋のコラボキャンペーンCMとか。どちらもかなり好きにやらせていただきました。

JA共済 カスミナミ #笑顔の裏ワザ

ーー有村架純さんとは、WOWOWの『有村架純の撮休』も撮られてましたよね? 今泉監督の撮ったエピソード、大好きだったんですけど。

今泉:あれの撮影は2019年でしたね。でも、そっか。あれもオンエアは2020年だから2020年の作品ということになるのか。

ーー改めて、すごいご活躍ですね。

今泉:いえいえ。

ーー今泉監督は以前、「映画を一本撮っても監督のギャラは○○○万」とかツイートしてたじゃないですか(笑)。そういう意味では、やっぱりCMはかなりギャラ的にも大きいんじゃないですか?

今泉:あの、言っときますけど、映画のギャラについて呟いてるのは俺の具体的な金額じゃないですからね。それを公言するのはルール違反なので! 一般論です、あくまで。俺はあの金額より全然もらってますから(笑)。CMもねえ、別にそうでもないんですよ。自分のところにくるような話はそこまで……。まあ、あるところにはあるんでしょうけど、大金が。でも、撮影期間や制作日数を考えたら、もちろん映画にかかる労力とは比べものにならないので、効率としてはいいんでしょうけど。

ーーなんでこんなことを訊くかっていうと、「専業の映画監督ってどうやって食ってるの?」って話になった時に、今泉監督くらいの売れっ子になってもそんなに儲からないなら、夢のない話だなって思う人も多いだろうし、何よりも「日本の映画界ってそれでいいの?」って話にもなると思うんですよ。

今泉:本当の理想論を言うなら、制作本数をちょっと減らしたいという気持ちはありますよ。年に1本か2本撮って、あとは脚本を書くことに集中したり、映画や音楽、漫画や演劇、小説、旅行や子守りなど、インプットもちゃんとするっていう。まあ、ようやく細々としたことを気にしないで普通に生活できる程度の収入にはなっていますけど。

ーーいや、そうじゃなきゃ困りますよ。これだけ本数を撮ってきて、毎作ちゃんといい作品で。

今泉:でも、お金のことをそこまで気にしなくてよくなった最大のメリットは、本来仕事としては成立しないような、でも間違いなく面白くできそうな低予算の企画に携われる余裕ができたことなんですよ。演劇を演出してみたり。『街の上で』とかもそういう一本ですね。「こういうギャラや規模だけどやっていい?」ってちゃんと事前に妻に相談して。で、そこで許されるような状況にはようやくなってきたので。そういう作品がつくれることはとても大切ですね、精神衛生上。

ーーなるほど。確かに、そこは重要なんでしょうね。『街の上で』も公開延期が決まる前に試写で観させていただいてますけど、もし2020年に公開されてたら2020年の日本映画のベスト1にしてました。

今泉:嬉しいです。今の自分にとって『街の上で』はひとつの指標になったような気がするんですよね。あの作品はワークショップから立ち上げた作品で、最初はもっと小さい規模感でやる予定だったんですけど。先に脚本があったわけでもなく、まだそれほど有名ではない役者の方たちを集めてワークショップ兼オーディションのようなことをして、そこから選んだ10人前後の人と、結果的にオファーという形でお声がけした、若葉(竜也)さん、穂志(もえか)さん、古川(琴音)さん、萩原(みのり)さん、中田(青渚)さんで、つくっていった映画で。オファーした5人がみんな希望通り出演してくれたのも大きかったです。自分が一番いい映画をつくれるのは、こういう環境なんだろうなと思いましたし、正直こういう体制でのみ、映画をつくれるようになっていきたいんですよね。

ーーもうちょっと具体的に言うと?

今泉:自分から見て、とても魅力的な、でもそこまで知られていない若手俳優と積極的に映画をつくっていきたいな、というか。というのも、まだこれからというキャリアの人たちは撮影期間の日程を基本的にまるっと空けてくれるんです。日本の商業映画は、俳優のスケジュールが最優先とされる場合が多いんです。忙しい有名な主演俳優のスケジュールをぬって撮影時期が設定されると、例えば、極端な話、撮影の季節を選ぶこともできない。それって、自主映画の感覚としては考えられないようなことなので。映画のためになりませんよね。実は、有名で著名な俳優の中にも、当たり前にそういう意識をもっていて理解がある人はたくさんいます。でも、事務所の考え方とか色々あると思うので。あと、一方でどうしても同じような人(有名な人)が出ている映画が多いっていうのも。これも正直、大問題ですよね。また、あの人が出てる、っていうことは映画にとってはよくないですからね。本来、俳優の匿名性って映画の魅力のひとつですから。もちろん有名な俳優ってめっちゃくちゃ芝居も魅力的です。すごいです。それはわかった上で。

 だから、数年後の自分の理想の映画づくりの環境をイメージするとしたら、スケジュールをきちんといただける、本当にこれから活躍していくような人たちと映画をつくっていきたいという、そういうことですね。それが映画にとっても一番いいことだし、そこに出てくれた俳優にとっても、それがきっかけとなってより多くの人に発見されることにもなるだろうから。有名な人の名前におんぶするんじゃなくて、おんぶしてあげる側になりたいんです。そのためにはもっともっと自分の名前と実力を上げなきゃいけないのですが。それが『街の上で』ではある程度できたんじゃないかなって。

「『役者として上手いか』よりも『人として面白いか』」

ーー『サッドティー』も『退屈な日々にさようならを』もそうでしたけど、今泉監督のワークショップ作品って、敢えて名前は出しませんが他のワークショップ映画とは明らかに違いますよね。物語の構造や脚本のテーマという点ではかなり実験的なことをしてるんだけど、役者の自然さだったり、作品のルックだったりのウェルメイド感は絶対に手放さないというか。

今泉:そこはものすごく意識してます。監督の得手不得手ってあると思うんですけど、自分は映画の中で「人物を描く」という意識が強いし、役者さんを人としてじっくり見て、その人に本当に合う役を当てるのが得意だと思うんです。だから、キャストの選び方もちょっと特殊で、ただ上手い人を選びたがるプロデューサーとは意見が合わないんですよ。もちろん、信頼はしてくれてるんでしょうけど、「この人で」って選んだ時、よくプロデューサーから「この人で、大丈夫ですか?」って言われます。ちょっと危なっかしいくらいの人の方が自分は好きで、「役者として上手いか」ってことよりも「人として面白いか」ってことを優先させるので。

ーーいや、そこが絶対的な今泉作品の安心感で。どんなに作品を量産しても、「他のどの作品よりもその役者が魅力的に撮れている」という一線は守られている。

今泉:異様なペースで作品をつくっているってよく言われますし、確かにそうなんですけど、いつまでこれが続くかもわからないなって思いもあるんですよ。何年かして振り返った時に「あの頃の自分はどうかしてたな」って自分で思う時が来るとは思うんですけど。きっと今はそういう時期なんだろうなっていう。けっこう冷静に見てますね。一切浮かれてないですし(笑)。本当にキツくなったら休むだろうし。

ーー全然そんな気配もないですけど(笑)。

今泉:最近はわりと、鬱々とした脚本を書いてますよ。『退屈な日々にさようならを』のような、ちょっと自己言及気味の登場人物も出てくるような。

ーーへえ! それは楽しみですね。先日、2022年いっぱいまで全部スケジュールが埋まってるというツイートもされてましたけど、では、その作品もその中に入ってる?

今泉:入ってます。本当はもっと早く動き出す予定だったんですけど、俺、11月にコロナ陽性になってしまって、それでいろいろ遅れちゃって。

ーーそうでしたね。2020年の総括インタビューとして、その話も訊いておかないととは思ってました。ご家族は大丈夫だったんですか?

今泉:当然みんな濃厚接触者になっちゃったんで、検査をして、みんな陰性ではあったんですけど。仕事や学校もみんな14日間休むことになって。

ーー今泉監督の症状は、そんなに重くなかった?

今泉:軽かったです。本当に最初の1日、2日だけ熱が出て、病院に行って、陽性が出て。その直前、ちょうど仕事でホテルに詰めてて、4、5泊してたんですよ。その最終日にめちゃくちゃ具合が悪くなって。打ち合わせとかも全部キャンセルして、そのまま家に帰ったんです。後から妻にめちゃくちゃ怒られましたけどね。「なんでそんなに具合が悪いのに帰ってきたんだ」って。自分もその時点では中途半端な知識しかなくて、まだ熱は出てなかったし、味覚にも嗅覚にも異常がなかったんで、帰っちゃったんですけど、本当に妻の言う通りで、とても申し訳なかったですね。「味覚がなくなるの、全員じゃないからね!」って。「え、そうなの?」っていう。愚かでした。

ーーじゃあ、それから病院に行って、そのまま指定ホテルに隔離されて?

今泉:そうです。病院、からの、自主的に泊まっていたホテル、からの、指定ホテルですね。陽性者が詰まった乗合いワゴンのお迎えが来て。ちょうど撮影とかがなくて、あまり人と会ってない時期だったので、不幸中の幸いではありました。

ーー仕事の量もまったく減ってなかったわけですけど、そういう意味でもまさに「2020年を生きた」という感じではありますよね。

今泉:ええ。作品の公開がひとつ延期になったくらいで。その前にちゃんと2本公開できたのも今から思えばギリギリで運が良かったし。ただ、症状自体は軽かったですけど、やっぱりコロナに罹った時は怖かったですよ。入院中とか、退院直後とか、ここでは言えないようなこともいろいろありました。

「これからの映画のあり方は否が応でも変わる」

ーー脚本家であり、監督であるという立場からすると、その時の体験って、実はそれなりに貴重なものだと思うんですけど。今泉監督の作風とはちょっと離れるかもしれませんが、それが今後創作に活かされるようなことはありそうですか?

今泉:あったとしても5年後とかじゃないですかね。俺は作品に「今」感だったり「時代性」だったりっていうのを極力取り入れないようにしてきたんですよ。恋愛ものが多いっていうのもありますけど、それを考えるのはプロデューサーとか宣伝の仕事だと思っていて、自分はそういうものにすごく慎重なんです。「今」感って、つまりは廃れるものだと思うから。それでも、作品を撮っていればどうせ、その時の風俗とか時代のようなものは自然と映ってくるから、そこを無理に排除するつもりはないんですけど、その程度でいいと思ってるんです。逆に、時代性だとか社会性だとかを作品に取り込むとしたら、『his』でLGBTQの問題を取り扱ったように徹底して意識的にやらないといけないと思っていますね。だから、コロナや今の世の状況を扱うとしてもだいぶ先になりそうです。それは、2011年の3.11の時にも思ったことですね。

ーーそっか。『退屈な日々にさようならを』では福島も舞台のひとつでしたけど、あれは2017年の作品でしたね。

今泉:地元が福島なので、当時は東京にいたとはいえ、いろいろと思うこともあったんですけど。やっぱり作品に反映できるようになるまでには時間がかかりましたね。例えば、演者がマスクをするかしないかの問題にしても、表情がどれだけ削がれるかとかはやってみないとわからないし、まだ自分の中にはそういう解決策が思い浮かんでなくて。登場人物の接触の描き方も含めて、本当に難しいですよね。

ーーでも、この生活って2020年だけのことではなさそうだということに、だんだんみんな気づき始めてもいますよね。

今泉:そうですよね。例えば5年後とかに、2020年や2021年を描くとしたら間違いなくマスクは必要になってくるんでしょうけど。いや、ちょっとまだわからないですね。結局、そこで何を描くかっていうことが重要なわけだから。自分は作風っていうだけでなく、実際にもともと政治的なことにも関心が薄い方なんですけど、それでもさすがに2020年はいろいろ思うことがありましたね。たくさん呆れたし、むかつきましたし。とにかく、これからの映画のあり方は否が応でも変わるでしょうね。

ーーそうですよね。この1年、映画関係者や映画館が置かれてきた状況も含めて、2020年は日本映画界全体にとって一つのターニングポイントになったのは間違いないですよね。ミニシアターを救うためのクラウドファンディングが盛り上がった一方で、労働環境の問題が大きくメディアでも取り上げられるようなこともありましたし。

今泉:これは理想論かもしれないですけど、自分がやりたいのは、『愛がなんだ』で初めてテアトル新宿に来たお客さんがたくさんいた、みたいな、そういうことなんですよね。映画の送り手側が目線を下げるということではないんですけど、やっぱりもっと映画を見やすいものにしたり、見やすい環境をつくったりっていうことが必要なんじゃないかって思うんですよ。昔のミニシアター文化って、もうちょっとファッションに近い場所にあったりしたじゃないですか。

ーーそうですね。自分がシネ・ヴィヴァン六本木で働いていた90年代前半は、まさにそういう時代でした。

今泉:自分も渋谷のミニシアターで3年半くらい働いていたんですけど、その時はもうそういう時代が終わりかけていて。自分が働いているあいだにも、次から次へとミニシアターが閉館していった。自分は地方出身なんで、東京のミニシアターが本当に時代を牽引していた時期というのをちゃんとは知らないんですけど、近年もミニシアターからヒット作が生まれるようなことってたまにあるじゃないですか。『アナ雪』とか『天気の子』とか、今で言うと『鬼滅の刃』とか、普段はそういう映画しか観ないような観客が、何かがきっかけとなってミニシアターに来てくれる。で、そういう人たちもちゃんと面白がれて、映画をたくさん観ているコアな人は、より楽しめる。そういう作品がもっと出てこないと厳しいんじゃないかって、俺はずっと思っていて。

ーーまさにそれこそ今泉監督がやろうとしていることで、実際に何度か実現してきたことですよね。

今泉:それでも、まだまだできていないとは思うんですけど。でも、間口を広げると薄くなるという見方もされがちで、映画好きからはもっと強度のようなものを求められるから、そこが難しいところですよね。話してて思いましたけど、やはり、俺はそこで生きていくのが宿命なのかもしれないですね。「デジタル世代の悪しきなんとか」「ゆるく」「かるく」「覚悟なく」(笑)。でも、観客を混ぜたいっていうのは本音で。シネコンとミニシアターとの、また、あまり映画館に行かない人とシネフィルとの垣根をなくしたい。せめて低くしたい。労働問題にしたって、今まで自分の作品の現場でそういうことが一度も起こってないとは言えないですしね。

ーー自分も、日本映画を取り巻く環境の悪化に加担してるかもしれない?

今泉:もちろんその自覚は持っていなければいけないと思います。例えば、出資してくれる側が「地味な話だけど今泉さんだからやりましょう」と手を挙げてお金を出してくれる。とはいえ地味な題材なので、そんなにお金はかけられない。で、俺や今泉作品であるということをハブにして、スタッフ側は「普段この金額では引き受けないけど、今泉さんだからやってやるか」という形で集まるとします。これ、やっぱり健全ではないですよね。俺が映画をつくることで辛い思いをする人が生まれる可能性がある。そういうことを考えた時、俺はもう映画をつくらないほうがいいんじゃないかな、とまで考えたりもしました。出資者にも現場スタッフにも俺が甘えた上で映画が生まれている。これって、視点を変えたら労働問題そのものなんじゃないかなって。そう考えると、出資者もスタッフも同じ人たちとばかりやることは良くない部分もあるのかな、とか。いろいろ考えてます。

「小さな映画も映画館で」

ーー2020年はコロナの影響もあってちょっと違う局面になってますが、近年は景気とは関係なく日本映画は製作本数が年々増えていて、その一方でもともと少なかった一本当たりの予算がさらに減ってきているという、どう考えてもその構造に問題を抱えていると思うんですけど。

今泉:予算がないのに映画をつくるなよ、という意見を耳にすると、そうだよなと思う部分もあります。でも、それは一概に予算の規模で作品を選別すべきということではなくて。『街の上で』のように最初から少ないってことがわかっていれば、問題はないと思う。それに見合った脚本を書くことも体制を組むこともできるわけですから。しかも、そういった限られた予算の中でしかつくれない映画というのも実際にあるんですよ。日本の映画界って、基本的には出資者(お金を出した人)が儲けるか損をするかで、どれだけヒットしても現場にはお金が回らないというシステムでやってきてますけど、例えば、興収の歩合でスタッフやキャストにギャラを払うみたいな方法も今後は必要になってくるんじゃないかと思います。

ーー最後に、なんとかこのコロナ禍でも映画館が開いている日本の現状はともかく、世界の映画界全体として、映画館から配信へという大きな流れがあるわけですが、それについて今泉監督はどのように思ってますか?

今泉:配信でもいける映画と劇場の環境でちゃんと観た方がいい映画がある、っていう話が出る時って、クリストファー・ノーランの『TENET テネット』のようなド大作は劇場で観るべきだ、みたいなことがよく言われるじゃないですか。で、それはまさにその通りなんでしょうけど、一方で、俺がつくってるような小さな映画こそ、配信で観てたらその魅力は半減するし、なんなら自分でも早送りしたくなるんじゃないかなっていう(笑)。

ーー(笑)

今泉:『TENET テネット』の真逆に位置するような俺の映画も、実は同じくらい映画館という環境を必要としているっていう。それについては声を大にして言いたいです。

ーー確かに、本当にその通りですよね。「大作だから映画館で」っていうのも、そう考えたら乱暴な話ですよね。

今泉:本当にそうですよ。映画館で観てもらうことを念頭に絵も音もつくってますから。だから「ノーランと俺の映画は映画館で!(笑)」。いやいや、真面目な話、どんな映画も、自主映画も学生映画も短編映画だって、映画館で観るのが最高の環境じゃないかな、って俺はずっと思ってますけどね。

■今泉力哉
映画監督。1981年福島県生まれ。数多くの短編映画を監督以降、2010年に『たまの映画』で長編映画監督デビュー。第26回東京国際映画祭「日本映画スプラッシュ」部門正式出品作『サッドティー』、第29回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門出品作『退屈な日々にさようならを』、第31回東京国際映画祭コンペティション部門出品作『愛がなんだ』など数多くの作品を監督。2021年は2月19日に『あの頃。』、4月9日に『街の上で』が公開予定。

■公開情報
『あの頃。』
2月19日(金)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
出演:松坂桃李、仲野太賀、山中崇、若葉竜也、芹澤興人、コカドケンタロウ、大下ヒロト、木口健太、中田青渚、片山友希、山崎夢羽(BEYOOOOONDS)、西田尚美
監督:今泉力哉
脚本:冨永昌敬
音楽:長谷川白紙
原作:劔樹人『あの頃。 男子かしまし物語』(イースト・プレス刊)
製作幹事:日活、ファントム・フィルム
配給:ファントム・フィルム
2021年/カラー/ヨーロピアンビスタ/5.1ch/117分
(c)2020『あの頃。』製作委員会
公式サイト:https://phantom-film.com/anokoro/
公式Twitter:@eiga_anokoro

『街の上で』
4⽉9⽇(⾦)新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋⾕ほか全国順次公開
出演:若葉竜也、穂志もえか、古川琴音、萩原みのり、中田青渚、成田凌(友情出演)ほか
監督:今泉力哉
脚本:今泉力哉 、大橋裕之
音楽:入江陽
主題歌:ラッキーオールドサン「街の人」(NEW FOLK / Mastard Records)
配給:『街の上で』フィルムパートナーズ
配給協力:SPOTTED PRODUCTIONS
(c)『街の上で』フィルムパートナーズ
公式サイト:https://machinouede.com/
公式Twitter:https://twitter.com/machinouede
公式Facebook:https://www.facebook.com/machinouede/
公式Instagram:https://www.instagram.com/machinouede/

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