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青山美智子 × 後藤由紀子 特別対談:背伸びしない、快適な生き方のコツとは?

リアルサウンド

20/11/21(土) 10:00

 『木曜日にはココアを』、『猫のお告げは樹の下で』などで知られる作家・青山美智子が新作『お探し物は図書室まで』を発表した。人生に悩む人々がふとしたきっかけで小さな図書室を訪れ、個性的な女性の司書が勧める本によって少しずつ運命が開いていくーー読み手の心を包み込み、一歩踏み出す活力をくれる短編集だ。

 リアルサウンド ブックでは、青山と、静岡県沼津市の雑貨店「hal」の店主であり、ライフスタイルに関する著書を数多く発表している後藤由紀子との対談をセッティング。気張り過ぎず、がんばりすぎず、人生をしなやかに進んでいる2人の対話には、自分らしく生きるためのヒントが散りばめられている。(森朋之)

図書室を物語の舞台にした理由

――今日の取材場所は、横浜市戸塚区の下郷小学校コミュニティハウス内にある市立図書室。青山美智子さんの新作「お探し物は図書室まで」に出てくる図書室は、ここがモデルになっているそうですね。

青山美智子(以下、青山):はい。息子は今高校2年生なんですけど、小学生のときに、ここから降りたところにあるグラウンドでサッカースクールに通っていて。送り迎えのときに図書室があることに気付いて、よくここで過ごしていたんです。6年ぶりに来たので懐かしいですね。

後藤由紀子(以下、後藤):『お探し物は図書室まで』、とても面白かったです。後半にかけて5つのお話がつながる構成も素晴らしくて、どんどん読み進めてしまいました。情景もすごく浮かんできて……この図書室、本を読んでいたときに思い描いてたときのイメージとすごく似ています。

青山:嬉しいです。今回の小説は、他の目的で来た人がふとしたきっかけで図書室に導かれる設定にしたくて。ここには研修室や和室もあって、マジックショーや寄席などもやっているし、図書室の規模もいい感じでこじんまりしているので、ちょうどいいなと。

――『お探し物は図書室まで』は、悩みを抱えた人たちが、図書室の女性の司書に勧められた本をきっかけに、少しずつ自分の道を歩き始めるという物語です。

青山:編集さんから「お仕事の小説を書きませんか」という話をいただいたのがきっかけだったんです。初めはハーローワークみたいな場所をイメージしていたのですが、誰でも会えて、無料で相談できるキーパーソンを考えていたら司書さんがいいなと思いついて。そこから図書室の設定に変わって、本がもうひとつの大きなテーマになりました。

後藤:本に登場するのは悩みを抱えた人ばかりですけど、司書さんと話して、本を紹介されるまでの流れに無理がなくて。育児をしながら出版社で働く女性編集者の話は、知り合いのケースに似てるなと思いました。定年後の夫婦の在り方の描いた章も興味深かったですね。

青山:丁寧に読んでいただいて、嬉しいです。プロットを詰めたのが今年の1月の終わりで、その後、コロナ禍になってしまって。コロナのことをどこまで小説に入れるかは、作家の方はみなさん悩まれていると思うんですけど、私は直接書くことはできなかったんですね。だけど、仕事に対しての考え方や「どんな状況になっても、変わらないものは何だろう?」など、コロナ禍のなかで感じたことは登場人物に言わせているところがあって。「安定している仕事なんてない」「みんなギリギリのところでやってる」「いま出来ることをやるんだ」といったセリフはまさにそうですね。

後藤:そういう心の描写にはグッときましたね。もちろん読み手によって受け止め方も違うと思いますけど。

青山:そうですね。あとはもう、読まれる方がそれぞれの状況を重ねてくださったらいいなと。私はほとんど読者の方に預けているというか、強いメッセージなどはないんですよ。私の手を離れたら、もう読者さんのものですから。

後藤:私もそうですね(笑)。出来上がった本を後で読み返すこともないですし。

青山:後藤さんの書籍をいくつか読ませていただいたのですが、似ている部分があるなと感じました。私は家事がぜんぜん出来ないし、もちろんお店を開くこともできないので、タイプは真逆なんですよ。でも、根底に流れているものが似ていて、色が違うけど、形が似ているマグカップみたいだなって。たとえば、競争が苦手なところだったり。

後藤:苦手ですね(笑)。ずっと負けっぱなしというか、最初から挑まないんですよ。

青山:私もそう。作家になって良かったなと思うのは、ライバルがいないことなんです。他の作家さんの本が売れると、本屋も賑わうし、出版業界全体が回り始める。そうすると、私の本を手に取ってもらえるかもしれないので。

後藤:そうですよね。私はそもそも、やりたいことしかやっていないし、嘘がないようにやっているので。

青山:嘘がないからこそ、同じような好みの方と共有できるんでしょうね。私達は年齢も近いので、たぶん同じようなものを見て育ったんじゃないかなって。たとえば少女漫画とか……。

後藤:『りぼん』『なかよし』ですね。

青山:一緒です(笑)。

後藤:ウチは3姉妹で、2つ上の姉と5つ下の妹がいて。姉とお小遣いを出し合って、『りぼん』と『なかよし』を買ってました。

青山:「ときめきトゥナイト」世代ですね(笑)。「ちびまる子ちゃん」も連載中から読んでいませんでした?

後藤:読んでました(笑)。

青山:以前、私の小説を読んで「陸奥A子の世界だ」とツイートしていた方がいて、「バレてる!」と思ったことがあって。今回の小説は司書さんが“付録”をくれるという設定なんですけど、それも少女漫画雑誌の付録がヒントになってるんです。

――多感な時期に触れた作品に今も影響を受けているんですね。

青山:そうだと思います。小説家になろうと思ったのは14才のときなんですが、コバルト小説がきっかけなんです。氷室冴子さんの小説が大好きだったんですよ。

後藤:14才で決めるなんて、早いですね。

青山:そこからが長かったんですけどね。デビューするまでに33年かかりましたから。『お探し物は図書室まで』のなかでも、作家志望の男の子に「年齢制限はない。その人のタイミングがあるんだから」という言葉を言わせていますが、それは私の気持ちでもあります。

後藤:そうなんですね。私はもともと食堂をやりたくて、その前はお母さんになりたかったんです。20代後半でお母さんになる夢が叶って、第一子が中学生なったら食堂をやろうと思っていたんですが、32才のときに入院して。「明日は来るとは限らない。やりたいことは早めにやろう」と思い、まずは経験があった雑貨屋を開いたんです。まだ上の子が小1だったから「まずは学童保育がある3年間だけ」というつもりではじめて、今年で18年目です。

青山:すごい!

後藤:ぜんぜんすごくないです(笑)。書籍を出すのは予定に組み込まれてなかったので、いまだにビックリしてますね。

青山:わかります。私は「作家になりたい」と妄想していた時期が長かったので、作家になってからも「本当に現実かな」と思ってしまうことがあって。朝起きたときに「夢だったのかも」と不安になることもあります(笑)。

“夢を叶えた”という実感

――デビューから3年目で5冊と、刊行のペースはかなり速いですよね。

青山:もっと早い方もいらっしゃいますし、決してペースが早いとは思っていないんです。なんせ下積みが長かったので、書きたいものがいっぱいあるんですよ。全部書くためには、200年くらい生きないと。

後藤:書きためていたものもあるんですか?

青山:あるんですが、それを再利用できるかといえば、なかなか難しくて。「ここは使えるな」というシーンを昔の自分からいただくことはありますけど。

――試行錯誤の時代も無駄ではなかったというわけですね。

青山:デビューできたから、そう思いますね。遅咲きと言われるんですけど、自分としてはまだ咲いてなくて、やっと芽が出たところだと思っていて。私にいちばんいいタイミングでデビューできたのかなと、いまは思います。

――後藤さんどうでしょう? “夢を叶えた”という実感はありますか?

後藤:ありますけど、私は主婦業と半分半分ですからね。今は16時閉店、もっとひどい時は15時閉店の時がありました。どっちも半人前なんです。

――『お探し物は図書室まで』にも、会社員を続けながら、店を開こうとがんばる男性が登場しますね。

青山:パラレルキャリア(本業を持ちながら、副業に限らない社会活動をすること)の話ですね。

後藤:そう、あのお話は私にもフィット感がありました。

青山:後藤さんはたぶん、“無理をしない”ことを自分に課してらっしゃると思うんですよ。無理しない、背伸びしない、できることをしっかりやる。だから続けられるんじゃないかなって。

後藤:ありがとうございます。確かに無理はしてないです(笑)。

――ご家族の時間と仕事のバランスについてはどう考えていますか?

青山:息子は高校2年生で、自分の人生を楽しく送ってますからね。息子が小さくて、常に自分の半径5m以内にいるときはそれなりに大変だったし、「私、よくやってたな」と思います。私は“お母さんになりたい”という夢はなかったけど(笑)、今のバランスはちょうどいいのかなと。けっこう仲も良いんですよ。一緒にRADWIMPSのライブに行ったり。

後藤:素敵ですね!

青山:悩みを相談することもあります。わりといいこと言ったりするんですよ。

後藤:ウチは子供が幼少期のころからお店をはじめたので、自然にバランスを取っていたのかも。流れでここまで来てるので、特に何も言われません(笑)。「とりあえず流れに乗っかってみる」という感じですね。

青山:流れに乗るって、大事ですよ。言葉だけ聞くと受け身に感じるかもしれないけど、じつはすごい能動的だと思うんです。

後藤:そうかも。流れに乗るという選択をしていますからね。

青山:そうですよね。自分から攻めていく強さが必要なこともあるけど、流れに乗るためには、また違ったたくましさが必要なので。

――「流れに乗るか乗らないか」という場面は、人生のなかで何度も訪れますからね。

後藤:そうですね。編集者の方にお題をいただいても、「これならできる」という内容ではないと受けられないので。自分を偽って本を作ってしまったら、お店のお客さんにバレるし、その尻ぬぐいするのもめんどくさいですから。以前、お弁当の本を出した後に、10社くらいの出版社から“丁寧に暮らす”というお題をいただいたんですよ。判で押したように同じようなオファーが送られてきて、「私、ぜんぜん丁寧じゃないです」とお断りして。そのなかの一人の編集の方が企画を練り直してくださって、「それだったらやれます」とお受けして作ったのが“7分目くらいがちょうどいい”(『毎日のことだから。7分目くらいがちょうどいい』)という本なんです。自分を良く見せるつもりもないし、逃げ場がないとダメなんですよね。“丁寧に暮らす”なんて本を出して、近所のスーパーでお惣菜を買ってるところを近所の人に見られそうになったら、「やばい」って隠さなくちゃいけないじゃないですか(笑)。そんな生活はイヤなので。

青山:そうですよね(笑)。後藤さんはご自分のことをすごく分かっていらっしゃるんでしょうね。みんな、そこに辿り着くのが大変なんですよ。「私は何を思っているんだろう?」「どうすれば自分を活かせるんだろう?」というところで試行錯誤したり、悩むことが多いので。後藤さんはそれがわかっているからこそ、流れに乗るかどうかの判断が出来るんですよ。

後藤:それは初めて言われました!

青山:きっとそうだと思う。私は、そこに至るまでの“もがき”みたいなものを書こうとしているんだと思います。今回の『お探し物は図書室へ』の登場人物も、みんな自分に自信がない人ばかりですし、「自分って何者なんだろう?」と悩んでいるので。私もそうでしたからね。

それぞれの魅力


――それぞれの登場人物やストーリーにも、青山さんの経験などを反映させているんですか?

青山:今までは実際に経験してきたこと、人の話を聞いて面白いと思った部分などを書くことが多かったのですが、最近は取材することも増えてきました。ただ、自分にないものを無理に書くのではなくて、取材を通して、私が何を思うか?というのが大切で。ときどき「私、こんなに面白い体験したんですよ。小説に書いてください」という方がいらっしゃるんですけど、そういう話にはあまり興味がなくて、自分のことをつまらない人間だと思ってる方の話こそ、「素晴らしいな」と思うことが多いんですね。波乱万丈の物語を得意としている作家さんはたくさんいるし、私が書くのはそっちではないなと。

――普通の人々の暮らしや人生にこそ、描くべき物語がある。その考え方は、後藤さんが雑貨屋「hal」で“日々の生活のなかで、長く使える良いもの”を紹介していることにもつながりそうですね。

後藤:世の中の流行りがよくわからないんですよ(笑)。周りの友達の間で流行ってるものはあるんですけど、世間とはズレいるかもしれないし。まあ、それはそれでいいかなって。

青山:「お気に入りを見つける」って、意外と大変ですよね。今日付けているピアスも20年くらい使ってるんですけど、長く使えるものに出会えるとすごく嬉しくて。

後藤:そうですよね。私がオリジナルの商品を作るときは、「もうちょっとこうだったらいいのにな」という発想なんです。たとえばワンピースを見て、「ここは要らないのにな」とか「ここがもう少し短いといいのに」というのものを形にしていくのが私のモノ作りなので。

――それが後藤さんのオリジナリティなのかもしれないです。青山さんは下積み時代、編集者に「青山さんはいい人すぎて、小説に毒がない」と言われ続けたそうですが、まさに“毒のなさ”が青山さんの作品の魅力であり、読者を魅了する理由なのだと思います。

青山:ありがとうございます。ただ、私自身は「自分の小説にはいろいろな事件が起きているし、けっこう毒もある」と思ってるんですよ。たとえば殺人事件のような大きな犯罪は、逮捕されたり裁く人がいたり、解決のやり方がありますよね? でも、私たちの人生というのは、もっと小さな悩みが大部分を占めていて。人から「気にしすぎだよ」「みんなそうだよ」と流されてしまうような悩みがいくつもあって、それをクリアしないと先に進めないのが実情だし、私はそこを書きたいんです。なので私の小説にはじつは毒があるし、かなりエグイことも描かれてると、自分では思ってます。

――なるほど。特に今年はそうですが、世の中で信じられないような出来事が起きているからこそ、日常の小さな悩みや葛藤を描く意味があるのかもしれないですね。

青山:そうなんすよね。みんながマスクをしていて、考えられなかった毎日なので。後藤さんのお店にも影響があったんじゃないですか?

後藤:開店休業状態でしたね。それよりも友達のパン屋さん、レストランなども、急いで通販を始めて。その大変さはすごくわかるので、いろいろ取り寄せたり、ライブハウスに寄付していたら、その月の支払いがギリギリになっちゃって。友達に「まず自分の店を顧みなさい」と叱られました(笑)。

——最後に、今後の作家活動のビジョンについて聞かせていただけますか?

青山:先ほどの“無理しない”という話にもつながるのですが、これからは体が資本だと思っています。若いときはちょっと無理してがんばることが気持ち良かったし、達成感もあった。でも、50才になって、この先は自分の体ともっと丁寧に付き合っていきたいと思っていて。体調によって言葉の調子も変わりますからね。さっきも言いましたが、長生きして、たくさん書かないといけないので(笑)。

後藤:子供も社会人になりましたし、これからは楽しんでいこうと思ってます。よくお店でも話してるんですけど、「このご時世、自分の機嫌は自分で取らないとね」ということも大事ですよね。ご褒美多めで、楽しくやっていけたらなと。本に関して、校正がなければいくらでも出したいんですけどね(笑)。取材や撮影は楽しいんですけど、内容をチェックするのは全然おもしろくなくて、つらいだけなので。

青山:そうなんですか! 私、ゲラを見るのがいちばん好きなんです(笑)。よく「変わってる」って言われますけど、校正の段階になると「あと一歩!」って燃えるんですよ。校正さんの手が入ることで、確実に良くなるし。愛してますね、ゲラ(笑)。

後藤:すごい(笑)。

青山:小説を書くも大好きだけど、本を作ることが好きなんでしょうね。表紙のデザインもこだわりたくて。デザイナーさんは大変かも(笑)。

後藤:『お探し物は図書室へ』の表紙もいいですね。羊毛フェルトの写真がかわいくて。

青山:かわいいですよね。羊毛フェルト作家のさくだゆうこさんの作品なんですけど、本当に満足できる仕上がりになって。うれしいですね。

後藤:最初にも言いましたけど、本当に楽しく読ませていただきました。誰の人生も順風満帆ではないし、いろいろな事情があって。それをどれだけ外に出すかによって、それぞれの物語になるんだなって。すごく好きな作品です。

青山:ありがとうございます。そう言っていただけると、書いてよかったと思いますね。

■書籍情報
『お探し物は図書室まで』
青山美智子 著
価格:本体1,600円+税
出版社:ポプラ社
公式サイト

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