喜劇 愛妻物語
20/9/8(火)
古い映画ファンにとって『愛妻物語』といえば、新藤兼人の名を世に知らしめた監督デビュー作として刻印されている。脚本家を志す青年が刻苦して修行にいそしむが、その夫を支えてきた妻が病没してしまうというお話。この作品を機に、新藤兼人とヒロインを演じた乙羽信子が結ばれたというサイド・ストーリーもよく知られている。
足立紳監督の今回の新作名を聞いたとき、そのリメイクだろうかとふと思ったのだが、それとはまったく関係ない連想だった。新藤版『愛妻物語』が〈悲劇〉だったのに対して、本作はタイトルどおり〈喜劇〉。観る者を勇気づける〈喜劇〉映画だ。
本作は『百円の恋』で日本アカデミー賞脚本賞に輝いた足立紳が自伝的小説『喜劇 愛妻物語』を自ら脚色した、『14の夜』(16)に続く監督第二作目。
結婚して10年。いまだにうだつの上がらない脚本家の豪太(濱田岳)と、その夫に愛想を尽かしている妻のチカ(水川あさみ)が、幼い娘(新津ちせ)と三人で旅に出た。四国を舞台にしたシナリオを書くための五日間の取材旅行。しかし豪太にはもうひとつの重大ミッションがあった。旅の間になんとしても、「セックスレスの妻とセックスする」という悲願の達成だ。果たしてその悲願は成就するのか?
〈喜劇〉だから笑いどころは満載だが、一歩間違えば家庭が破綻する〈悲劇〉に転じかねない危うさがどのシーンにも張り付いている。豪太とチカのヒリヒリするバトル会話は観る者を緊張させ、画面を引き締める。足立監督は〈喜劇〉と〈悲劇〉が表裏一体であることをよく知っている監督だと思う。
常套句ではあるが〈笑って泣ける〉ロードムービー。向田邦子原作のテレビ・ドラマ『阿修羅のごとく』にも使用されたトルコの軍楽『ジェッディン・デデン』をベースにした海田庄吾作曲のテーマソングが本作のテーマを盛り上げている。
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