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戸田恵梨香×大原櫻子『あの日のオルガン』は世代を超え愛される作品に 日本映画の新しい広がり方

リアルサウンド

19/3/17(日) 8:00

 『翔んで埼玉』がよもやの大ヒットを記録し、最新の住みたい街ランキングでは大宮と浦和がランクイン!と、最近何かと話題の“埼玉県”。その勢いに乗って、というのとは違うが、公開から地道に一歩一歩着実に埼玉を中心に人々の心へと届いている作品がある。戸田恵梨香と大原櫻子が主演を務める『あの日のオルガン』だ。

参考:大原櫻子がオルガン弾き語りで大合唱 『あの日のオルガン』本編映像公開

 1944年の東京、空襲の危機を予見し、国の決定を待たずに日本で初めて保育児を連れての集団疎開に踏み切った、20代を中心とした若い保母たちの真実の物語。学校の教科書にも載っている「学童疎開」に比べると、ほとんど知られていなかった「疎開保育園」に焦点を当て、幾多の困難を乗り越え、子どもたちの未来と命を守ろうとした若きヒロインたちの奮闘を描いたドラマは、2月22日から公開されると、戦争をまだ身近に感じていた世代のシニア層から戦争を知らない小学校世代まで、幅広い支持を得て、舞台となった妙楽寺がある蓮田市民の働きかけも受け、これまでとは違う新たな広がりが話題となっている。

 この大きな広がりを見せている要因のひとつにあげられるが、この作品が導入している市民プロデューサーの存在。疎開保育園の実話を伝えることの意義に賛同してくれる人を募り、市民プロデューサーという名のもと、映画製作への参加を求めた。結果、全国から70を超える団体や個人が名乗りをあげ、市民プロデューサーとして映画をさまざまな形で支援するとともに、いわば応援団のような存在になって映画を広めようとしている。

 市民プロデューサーのひとりである伊藤廣司氏は、まずこの映画に賛同した理由をこう明かす。

「戦後70年を過ぎ、戦争の記憶は70歳後半以上の方々に限られるようになりました。世界では今も戦争が絶えず、子ども・女性・老人等多くの一般市民が犠牲になっている一方で、その様子がまるでドラマのようにお茶の間のテレビで見ることができ、若者は戦いのゲームに夢中で戦争の悲惨さを現実のこととして捉える感覚が麻痺しているように感じられます。虐待やいじめで命を落とす子どもたちも後を絶ちません。

 そんな中で、言動が自由でなかった戦時下でも、必死に子どもたちを守ろうと奮闘する若い保母さんたちの実話は、平和の大切さや命の大切さを静かにじわじわと確実に心の中に沁み渡らせます」

 このように映画を深く理解し、共鳴した人間が市民プロデューサーの名のもと、草の根的に映画を各地で広めていく。ご当地映画とも、地元密着型映画とも、ローカル発信映画ともちょっと違う。自主上映活動でもない。市民レベルに立って映画を大切に届けていく。これはありそうでなかったシステム。これまでとは違う映画の広がり方を生む可能性があるかもしれない。

 この市民プロデューサーというシステムについて伊藤氏はこう語る。

「戦後、大手映画産業のほかいろんな形態の独立プロが設立され、盛衰を繰り返してきました。この映画の製作過程や上映予定を見ると、過去の独立プロ映画運動の成果を踏まえながらも、新しい点が見受けられます。

 それは、スタープロや有名監督のプロ・特定団体のプロとは違って、原作の持つ普遍的な力を背景に映画産業や興業者等の映画人のみならず行政や各種団体、一般市民を巻き込んでの製作・上映という点です。

 自主製作は資金調達の面で厳しいのですが、行政や市民プロデューサーという上映活動までを視野に入れた製作システムの成功は、今後の自主的な映画製作に大きな一歩を期したと言えるのではないでしょうか」

 このような熱い市民のバックアップに支えられ、じわじわと反響を呼んでいる本作だが、それも作品に力があってのこと。幅広い世代の心に届く内容というのもまたヒットの要因かもしれない。

 『あの日のオルガン』は、ひと言で表せば、シニアとキッズが一緒に楽しめる映画。実は、こういったタイプの映画は、ありそうでないというか限りなく少ない。おじいちゃん、おばあちゃんと孫が一緒に見ることができる映画は、たとえばアニメーションなど、確かにある。ただ、双方が満足できるかどうかは別。どうしてもキッズに寄せていくと、大人、とりわけシニアともなれば満足度は下がっていく。

 その中で、本作『あの日のオルガン』は、親元を離れて暮らすことになった子どもたちの気持ちを捉えた物語であり、幼い子どもを疎開させることを決意した父と母の我が子への愛情物語でもあり、戦争がまだ身近に感じられた時代を知る者にとってはあの時の記憶が甦る物語。シニア層から、幼児、子どもを持つ親世代までがそれぞれの視点に立って見ることができて世代を選ばない。それぞれの世代の心に届くものがある。しかも安心してみることができる。

 この安心してみることができるというのはけっこうポイント。これは親の立場になると痛感することなのだが、とりわけ小学生以下のこどもと大人が安心して一緒に見ることができる映画やドラマは少ない。ドロドロの愛憎劇や刑事ドラマ、子どもにとってはちょっと恐怖を覚える手術シーンがお決まりで入ってくる医療系ドラマなどが現在は主流で、ひと昔前のホームドラマような家族が安心してごはんを食べながら見れるような作品が見当たらない。

 また、戦争映画もハードルが高い。戦争の事実を親としては子どもたちにきちんと伝えたい気持ちはある。ただ、いくら内容がよくても、今どきの戦闘シーンをメインに据えたような戦争映画は、とても子どもと一緒に観ることはできない。

 その中にあって、『あの日のオルガン』は戦争の惨さや悲しみを伝えつつも、3世代が一緒になって、しかも安心して観ることができる。こんな、あらゆる世代がなにか思いを共有できる、戦争映画は久しくなかった気がする。戦争を語り継ぎ、後世へとつなぎながら、幅広い世代に届く内容。これもまたヒットの要因のひとつで、過去と照らし合わせれば、『二十四の瞳』のような映画といっていいかもしれない。

 このように大きな広がりを見せつつある本作は、今後はさらなる市民レベルでの広がりを目指す。これからは、もうワンステップ進め、地方の公民館や学校などでの上映も積極的に実施していく予定だという。この試みについて手掛けた平松恵美子監督はこう明かす。

「そもそもこの作品は若い人たちに観てもらいたいという思いがあったので学校上映はとても嬉しいです。また、映画館が近くにない地方の方々にスクリーンで他のお客さんたちと映画体験をしてもらえることも大変嬉しく思っています。できれば、映画を見た後の「語り合い」につながっていけばと願っています」

 また、この映画の反響について平松監督は「私が想像していた以上に、観てくださった方々の感想が熱くて驚いています。また幅広い年代の方々が観て下さっていることもとても嬉しいです」とのこと。

 妙楽寺のある地元、蓮田市の中野和信市長もこうコメントを寄せる。

「蓮田市(当時の平野村)の妙楽寺に開かれた日本初の疎開保育園の実話が映画になりました。疎開保育園が置かれた妙楽寺は、現在も当時と同じ場所にあります。本堂や山門は建て替えられていますが、境内の大きなイチョウの木は今もその姿をとどめています。この映画には、戦争という時代の大きなうねりの中で、必死に子どもたちを守り、未来を願った保母や親たちの強い思い、そして平和への切なる願いが込められています。また、戦時中で物資の乏しい時代にもかかわらず、平野村の人々の疎開保育園受入れという勇気ある決断、他人を思いやるやさしい心、人と人のつながりが丁寧に描かれています。その誇れる思いが、今でもこの蓮田の地に受け継がれ息づいていると実感しています。誇りある蓮田の史実を描くこの映画の上映を通じて、子どもの命や平和の尊さについて多くの皆様に伝えていきたいと考えております」

 派手さはないが、着実にひとりひとりの元に届き、世代を超えて愛される映画になりつつある『あの日のオルガン』。これからさらなる人々の元へときっと届くことだろう。(水上賢治)

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