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『愛の不時着』に散りばめられたいくつもの“共感ポイント” 物語を彩る“食”の風景も鍵に

リアルサウンド

20/6/17(水) 12:00

 Netflixにて配信中の韓国ドラマ『愛の不時着』が世界中で話題を呼んでいる。Netflix日本のランキング1位を独走中、連日ニュースや新聞でも取り上げられている、もはや社会現象とも言えるこのドラマ、何がそんなに人々の心を撃ちぬいたのか。

参考:『愛の不時着』はなぜ人々の心を掴んだのか 個を大切にするこれからの時代の理想の恋愛関係

 『愛の不時着』は、韓国の財閥令嬢、ユン・セリ(ソン・イェジン)が、竜巻の突風に乗って、あろうことか北朝鮮に不時着してしまい、北朝鮮の将校、リ・ジョンヒョク(ヒョンビン)に助けられることから始まる。物語構造としては、『ロミオとジュリエット』にヒロイン自身が重ねるように、実に単純で不変的なメロドラマである。本来なら会うはずのない、共に生きることが許されない2人が運命的に出会い、様々な奇跡的シチュエーションを共有し、恋に落ちる。そこに、極めて近いのに、北緯38度線で分断されているために極めて遠い国同士である韓国と北朝鮮を舞台に使うという大胆な発想が加わることで、これまでにないドラマが生まれた。

 さらにコロナ禍で外出自粛を強いられ、「近くにいるのに関わらず、会いたいのに会えない」恋人たちが世界的に増えた状況が余計人気に火をつけたとも言えるだろう。

 涙ながらの別れの挨拶を何回繰り返してもなかなか帰国できないセリにハラハラさせられたり、互いをかばいあって生死の境を彷徨いすぎる2人に突っ込みを入れつつも涙が止まらなかったりと、全16話のエピソードを通して視聴者を絶えず揺さぶり続ける構造はジェットコースター並みだ。

 このドラマにはありとあらゆる「共感ポイント」が散りばめられている。まず、仕事に恋に華々しく生きるヒロイン・セリが、実に魅力的だ。それまでに経験したあらゆることを経て立っている、ちょっとのことでは揺るがない彼女の強さと優しさ。だからこそ、恋を前に「ぎこちなく戸惑ってしまう」彼女がまたかわいい。そのことが多くのアラサー女性を勇気づけると共に、20代の恋愛ドラマと違った魅力の、アラサー女性を主人公にした恋愛ドラマの金字塔を打ち立てたのではないか。

 ヒョンビン演じるジョンヒョクの無敵のかっこよさはもちろんだが、恋敵であるそれぞれの元・現婚約者であるク・スンジュン(キム・ジョンヒョン)とソ・ダン(ソ・ジヘ)も筆舌に尽くしがたい魅力の持ち主である。ダンの母と伯父を演じるチャン・ヘジンとパク・ミョンフンの『パラサイト 半地下の家族』コンビによるコントのような圧巻のやりとりはじめ、このドラマの登場人物のほぼ全員が、憎めない愛すべき個性の持ち主であるために、枚挙に暇がない。

 そして、ドラマファン以外の人々の関心を集めている主な要因とも言える、多くの脱北者に会い考証したとされる、謎に包まれた国・北朝鮮の暮らしぶりの描写である。度重なる停電等不便なことも多いが、その反面、冷蔵庫代わりのキムチ蔵や痛みにくいからと塩の壷に入れた肉など、生活の知恵に裏打ちされた丁寧な暮らしぶりが興味深い。なにより、簾のように連なった干し柿の間を、トンボを追いかけて駆け抜ける子供たちの様子はじめ、多くの人が郷愁を感じずにはいられない「古き良き時代の田舎の光景」が、村や、活気ある市場にはあった。最初こそ警戒したものの干しダラにビールで乾杯するほどセリと仲良くなる、村の奥様方の面白さだったり、市場の片隅で生きる浮浪児の少年の持つ力強さだったりと、本筋と外れたところでしっかりと生きている市井の人々の描写も見逃せない。

 中でも、チョン・マンボク(キム・ヨンミン)という登場人物がいる。「北朝鮮ではネズミや鳥が人の話を聞いている。彼は“ネズミや鳥”みたいなものだ」と説明される彼は敵役であるチョ・チョルガン(オ・マンソク)の命令でジョンヒョクたちを盗聴する役割を担わされていて、前半こそ出番は少ない。だが、彼は「市井の人々」代表であり、我々ドラマ視聴者の代表なのである。

 彼と妻子との貧しいながらも幸せな関係は村の平穏を描く上でも重要であり、「耳野郎」と揶揄される盗聴という仕事に対して自分自身が葛藤しながらも、家族を守るために黙々と従事する姿は、働くお父さんの多くが共感せずにはいられないだろう。

 そしてもう一つ、彼には重要な役割がある。彼は、セリとジョンヒョク、そしてジョンヒョクの部下・第5中隊の仲間たちの会話(韓流ドラマの話やしりとりのフレーズに至るまで)を、業務として生真面目にメモし図解までして理解しようとする。まるでドラマを観ている我々である。時に主人公たちの無事に安堵し、会話に迸る愛に微笑む。

 さらには後半、それまで韓流ドラマオタクとしてセリとジョンヒョクの行く末を分析・解説・予想し続けてきたジュモク(ユ・スビン)も「聴く仕事」に加担することによって、第5中隊メンバー全員がセリの一族の複雑でドロドロな家族関係を、ドラマを観ているイチ視聴者のように視聴し、実況し、盛り上がるという現象が起こるのである。ジュモクをはじめとする第5中隊メンバーもそうだが、マンボクの存在は、視聴者をドラマの世界の一員として物語の中に引きずり込む役割を担っている。

 そして、何といっても魅力的なのは、彼らの物語を彩る「食」の風景である。「ブイヤベース以外の貝料理は食べたことがない」お嬢様セリが「甘い」と目を丸くする「貝プルコギ」と貝殻に注いで飲む酒。ジョンヒョクが淹れる二日酔いの朝のコーヒー。途中停車した電車の外で2人が暖をとりながら食べた焼トウモロコシ、ダンとスンジュンが食べる深夜の「特別な」ラーメン。皆で食べるチキンとビール。

 三口しか食べない孤高の「小食姫」セリも夢中で食べずにはいられない食べ物の味は、作る人の、大切な人を思いやる気持ちでできている。そしてその味は、物語上の北緯38度線どころか、ありとあらゆる国境を越え、心を通わせずにはいられない、温かく「甘い」味だったのである。(藤原奈緒)

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