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太田和彦の 新・シネマ大吟醸

新文芸坐で観た『その場所に女ありて』ーー司葉子様はこの作品で永遠のレジェンドとなった

毎月連載

第16回

19/10/2(水)

『その場所に女ありて』 (C)1962 東宝

『その場所に女ありて』
新文芸坐
特集「精緻と克明 鈴木英夫の手腕」(9/20~30)で上映。

1962(昭和37年)東宝 94分
監督:鈴木英夫
脚本:升田商二/鈴木英夫
撮影:逢沢譲 音楽:池野成
美術:竹中和雄
出演:司葉子/宝田明/山崎努/浜村純/大塚道子/水野久美/西村晃/織田政雄/森光子/児玉清

太田ひとこと:当時の広告の中心は新聞広告で、スタジオでのモデル撮影など懐かしい。

『蜘蛛の町』『殺人容疑者』『彼奴を逃がすな』『脱獄囚』『悪の階段』など、セミドキュメンタリータッチによるサスペンスの名手として知られる監督:鈴木英夫の名作の誉れ高い女性映画『その場所に女ありて』に、その特質はどう生きているかという関心を持って再見した。

銀座の広告会社に務める独身の司葉子は、製薬会社の新薬発表広告を受注する大役を与えられ、そのオリエンテーションの席上で、ライバル広告会社の宝田明を見かける。戻った社の会議で、「社運を賭ける新薬ならば冒険せず、社の信用を訴えるか」という上役に、デザイン制作室長の浜村純は「そうであればこそ、思い切って斬新な案でゆくべき」と主張するが退けられる。

宝田は上司と作戦を練り、自社制作ではなく有能なデザイナーに外注しようと決め、秘かにライバル社の浜村に交渉する。浜村は逡巡するが、年齢的にそろそろ限界を感じてきた自分の名声をもう一つ高めようと絶対秘密を条件に受ける。

各社競合の末、残った二社のプレゼンを見た司は自社の敗北を知る。宝田に好意を抱き始めていた司は、ライバル社のプレゼンは宝田が浜村に作らせたものと知り、一室に浜村を呼びだす。

1962年、復調した経済のもとに生まれた広告会社の熾烈な戦いを、大手代理店・電通をモデルに描いた作品。1969年、私がデザイナー入社した銀座の資生堂は、ほぼ隣りが当時の電通本社で、画面にたびたび映る建物や階段室、電通マンもよく知っており、描かれた世界は、クライアントへの営業裏表、予算規模などの情報収集、競合プレゼンの作戦、社内制作室の雰囲気、デザイナーの位置づけなど、たいへんリアルだ。

野心あるデザイナーの山崎努は、ある仕事で賞をとって増長し、自分の名前だけを出したと非難する制作チーム同僚を尻目に、化粧品会社にスカウトされて辞表を書く。筆者も二、三の賞をとって独立した(だいぶ後ですが)身で、ひやりとする。

しかしこれは企業競争ものではなく、主題はパワハラ、セクハラは当たり前の時代に働く女性だ。男社会を知った大塚道子は自らを男と化して、男言葉で若い男子社員を叱り飛ばす。しかし美人OL・水野久美が捨てられた男に貢ぐため会社の金に手を出しているのを知り、首根っこをつかんで化粧室に引きずりこみ、頬を殴って諭し、自らも泣く。

司は男社会ならその論理でゆくしかないとクールに割り切り、麻雀もどんどんつきあって勝つ。クライアント接待の酒席では美貌の武器もほどほどに使い、帰った下宿でウイスキーを飲む。映画は、ありがちな怒号とか、横暴とか、誇張を入れず、冷静淡々と進む。

その男たちへの監督の視線の厳しさ。司の会社に来た、姉の年下の夫で全く甲斐性のない児玉清の金の無心をきっぱり断り「あなとは縁を切りたい」と言う。その児玉がビルを下りてきて、山崎とすれ違うシーンはダメ男の交錯で、辛辣だ。山崎は化粧品会社に入ったがそこの制作陣とうまくゆかないから俺を手伝ってくれと言いだし、これもきっぱり断る(ざまをみろ!)。

しかし、バーに誘われた宝田に「あなたが、左手で女を抱き、右手で電話をかけると言われるやり手の方ね」と皮肉ると、「この企業社会で壊されてゆく自分は、これでいいのかと思う、……君は?」の返事に自らを重ねて好感をもつ。実際、宝田は自分の行為を反省しており、姿勢をくずさない司の生き方に真剣な気持ちを持ち始めていた。しかし、その告白電話にも司は「どこかでお会いしたらお酒でも飲みましょう。さようなら」とはっきり告げる。ラストシーンは、ファーストシーンと同じ数寄屋橋交差点を女性三人でわたる。

クールに、冷静に、愚痴をこぼさず行動する司葉子のすばらしさ! 上司らに宝田との交際を問われるが、「それはありました。しかし仕事とは無関係です。そのことで辞職を求めるのなら致しません。理由がないからです。ここで七年勤めさせていただいた経験をこれからも生かします」と、自分に言い聞かすようにはっきり言う口調、視線、手の置き所。その毅然たる姿に、上司はやがて「これは知らなかったことにしよう、これからも頼む」と肩に手を置く。

監督は、男社会を生きる女性をセミドキュメンタリータッチで描き、それゆえにこの名作は真に生きた。司葉子様はこの作品で永遠のレジェンドとなったのだ。




三隅研次監督の特異な才能が百パーセント結晶した名作中の名作

『剣鬼』(C)KADOKAWA1965

『剣鬼』
角川シネマ有楽町
特集「市川雷蔵祭」(8/23~9/26)で上映。

1956(昭和31年)大映 83分
監督:三隅研次 原作:柴田錬三郎
脚本:星川清司 撮影:牧浦地志
音楽:鏑木創 美術:下飯坂成典
出演:市川雷蔵/佐藤慶/戸浦六宏/姿美千子/内田朝雄/香川良介

太田ひとこと:城主交替で、追われる身を知った佐藤慶は、同じ身となった雷蔵に「俺と一緒に脱藩しないかと」ともちかけるが「俺には俺の闘いがある」と断られ、「そうか」と頷いて一人去る場面は、冷静合理主義者・佐藤慶の面目躍如。

信州の御殿女中と愛犬の間に生まれたとされる斑平・市川雷蔵は、犬っ子と蔑まれながら、長屋で孤独に花造りに精をだし、腕を見込まれ城内の花畑造りを命ぜられる。城主・戸浦六宏は奇行が目立ち、褒めたばかりの花畑を乱心して斬り結び、見かねた斑平は物陰から石つぶてを刀の手に投げ、落とさせる。それを見ていた小姓頭・佐藤慶は腕を見抜き、馬乗下役を申し付ける。

奇行の城主はいきなり馬の遠駆けに出るが家臣はその速さに追いつけない。斑平は速足は多少自信があると申し出、後を追って走り、城主の馬を追い抜いてくつわを取り、速足は評判となる。

ある日斑平は、山中で一人、居合いの稽古をする侍・内田朝雄を見て、自分は剣術は何も知らぬがと弟子入りを申し出る。「剣術は戦うものだが、居合術はただ一つ、襲う相手を刀を抜いて即座に斬り、鞘に収めるだけ。見て覚えよ」。何日も見続けた斑平は「あなたが刀を抜く瞬間が見えるようになりました」と言い「もう教えることはない、さらばじゃ」と大刀を譲り受ける。

城主の乱行を調べる幕府の公儀隠密が城下に入ったと知り、佐藤は斑平に掃討を命じる。斑平はどんな相手にも追いついて一刀で斬り、その中に居合いの師もいて驚くが、師は「お前に斬られて生き残れるわけはない、よく精進した」と言い残して息絶え、斑平はその場で譲られた剣を叩き割る。

藩内は、狂気の城主を引退させ新城主を迎えるべきと主張する若侍の革新派と、新城主は藩外者ゆえいずれ乗っ取られると危惧する城代家老・香川良介の保守派に分かれ、佐藤は保守派として、幕府に訴えるため脱藩する革新派たちを斑平に命じて次々に斬り殺させる。

しかし騒動は城主の頓死であっけなく解決。いきり立つ革新派は数十名で斑平の仇討ちに繰り出す。斑平に心を寄せる村娘・姿美千子と二人で山中に作った壮大な花園の中、斑平は「犬っ子と言われた俺に、許状のない仇討ちをするのなら、それを斬ればよいのだな」と立ち向かう。

巻頭から主題をくっきりさせた無駄のない画面が続き、余計な台詞や遊びは全くなく、花、速足、居合いのテーマが粛々と進む。戸浦六宏の狂った城主、冷静な能吏・佐藤慶はともにぴたり。内田朝雄の、静かに腰を落として一閃する居合い太刀さばきの鮮やかさ。そしてもちろん市川雷蔵。すべてのアップショットは台詞なしに心の動きを繊細に表し、これこそが映画の俳優だ。花を愛する静と、速足・居合いの動が、みごとに一身に収斂する。

雷蔵作品を最も多く(30本)撮った森一生監督の言〈あの人のイメージは悲しみでありながら、シャシンが爽やかなんですよ。これがね、ちょっとない俳優さんだと思うんです。悲しみだけだったら新劇の連中がよくやりますね。変にもったいぶった表現になっちゃうけど(笑)。雷ちゃんのは、悲しみを突き抜けて爽やかなんですね。〉(森一生・山田宏一・山根貞男『森一生映画旅』草思社)。まさにその通りだ。

監督・三隅研次は、リアリズムの黒澤時代劇、娯楽の東映時代劇に対して、武士道の精神性、立ち居、禁欲性、殺人技としての殺陣、日本刀の美、といったものを極度に先鋭的な美学で描き、一種の超時代劇を作った。極端なクローズアップや超遠景、シュールな画面はグラフィックに美しく、時代劇の基本をしっかり押さえた演出はつねに端正で硬質。その美学は希代のスター市川雷蔵を得て、眠狂四郎シリーズや、『斬る』(62年)、『剣』(64年)、『剣鬼』(65年)に結集した。ちなみにこの三作を「剣三部作」と名づけたのは私(雑誌「デイズジャパン」1989年/三隅研次「剣・三部作」の危険な魅力)と自慢しておこう。

斬り込んでくる相手をすべて一刀のもとに倒し、その度に刀を鞘におさめる大立ち回りは、華麗な花々と人斬りの対比が圧巻だ。全員を斬り、斑平も倒れ、追ってきた娘が「斑平さーん」と呼びかける声が山間にこだまし、斑平はそこに吸い込まれたごとく一点の曇りもない青空の下の緑の山々を数カットかさねて映画は神話的に終わる。この美学。監督の特異な才能が百パーセント結晶した、名作中の名作。


上映データ

「市川雷蔵祭」ポスター(C)KADOKAWA

「市川雷蔵祭」
12/13(金)~YEBISU GARDEN CINEMAにてアンコール上映。ほか、全国順次上映!

プロフィール

太田 和彦(おおた・かずひこ)

1946年北京生まれ。作家、グラフィックデザイナー、居酒屋探訪家。大学卒業後、資生堂のアートディレクターに。その後独立し、「アマゾンデザイン」を設立。資生堂在籍時より居酒屋巡りに目覚め、居酒屋関連の著書を多数手掛ける。



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