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エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第20回 あいみょん、TENDRE、藤原さくら、Nenashi、U-zhaanらを手がけるyasu2000の仕事術(前編)

ナタリー

21/2/12(金) 18:00

yasu2000

誰よりもアーティストの近くで音と向き合い、アーティストの表現したいことを理解し、それを実現しているサウンドエンジニア。そんな音のプロフェッショナルに同業者の中村公輔が話を聞くこの連載。今回はorigami PRODUCTIONSの専用スタジオでもあり、誰でも利用可能なbig turtle STUDIOSのハウスエンジニアを務めるyasu2000にインタビューを実施した。前編ではエンジニアになるまでの道のりと、あいみょんやTENDREのサウンドについての話を掲載する。

取材・文 / 中村公輔 撮影 / 山川哲矢

渡米、音楽活動、エンジニア、帰国、スタジオ構築

──エンジニアになるまで、どういう音楽を聴いていましたか?

今ではオールジャンル好きですが、昔はバンドを組んでギターを弾いていたので、ロックをよく聴いていました。1990年代後半にメロコアが流行った時期で。その頃、レゲエもヒップホップも流行りだしたので、DJとしてそういうジャンルのレコードを回すようになって、バンドからDJにシフトしていったんです。ヒップホップが好きになってからサンプリングの元ネタを集め始めて、ソウルやジャズなどブラックミュージックにハマっていきました。

──ヒップホップはどんなアーティストを聴いていました?

たくさん聴いていましたね。2パック、ビギー・スモールズ(ノトーリアス・B.I.G.)、ビッグ・ダディ・ケイン。ほかにはDe La Soul、A Tribe Called Quest、Jurassic 5、Showbiz & A.G.とか。そこから掘り下げてサンプルネタとして聴き始めたのが、王道で言うとグローヴァー・ワシントンJr.とかマーヴィン・ゲイ、マイケル・ジャクソン、Earth, Wind & Fire。それからロバータ・フラックとかデニース・ウィリアムスも聴くようになりました。そのうち「黒人の出すグルーヴはなんでこんなに違うんだろう?」と気になり、その秘密をどうしても知りたくなって、現地に行くしかないと思いN.Y.に渡りました。

──それはいつ頃で、N.Y.ではどんな経験をされましたか?

1999年です。それでN.Y.の楽器屋さんでAKAI MPC2000XLというサンプラーを手に入れて、ビートを作るようになったんです。現地で意気投合した日本人のラッパーやトラックメイカーとユニットを組んだりして、そのときからyasu2000名義で活動しています。そしたらシェラーというA&Rから僕たちに声がかかり、彼女のホームでもあるプロジェクトの一室に住まわせてもらうことになりました。シェラーはそのあたりでは信頼のおける人気者で、あらゆるつながりを使ってトラックメイカーやラッパーを次々と紹介してくれて、一緒にトラック制作やレコーディングなどをさせてくれました。ヒップホップに強いラジオチャンネルHOT 97や、クール・DJ・レッド・アラート率いるDJチームを紹介してくれたり、ローリン・ヒルなどのエンジニアを務めたコミッショナー・ゴードンのスタジオにも行かせてくれたり、僕が日本にいたときに思い描いていた目標をはるかに超えた経験をさせてもらいました。ともにN.Y.で過ごした仲間たちには本当に心から感謝しています。

──貴重な体験をたくさんされたんですね。

そこで、トロイというMPC3000を使っていたビートメーカーがいたんですけど、彼にパッドの叩き方だったりグルーヴの作り方を教わりました。それでビートを作ってラップを入れることになったときに、MOTUのオーディオインターフェースに付録で付いてくるAudioDeskというソフトで初めて録音しました。そこで音楽ができあがるまでにミックスやマスタリングという複雑な工程があることを知って、現地で音楽の専門学校に通いエンジニアリングの勉強をしたんです。

──専門学校を卒業してからはどうされたんですか?

ブルックリンのブッシュウィックスタジオというところにインターンとして入りました。そこはロックやポップスが多いスタジオだったのですが、ヒップホップにも詳しい師匠的なエンジニアのアシスタントをして学び、扱うジャンルがどんどん広がっていきました。そうやってエンジニアとして活動していたんですけど、パスポートの有効期限が切れるタイミングにさまざまな問題が重なって、2005年に日本に帰ろうと決意しました。

──日本に戻ってからは、どういう経緯でbig turtle STUDIOSのエンジニアになったんでしょうか?

最初は知人の家の一軒家の離れをレコーディングスタジオとして賃貸して、バイトしながら音楽制作をしていました。N.Y.に住んでいたときにエンジニアとして仕事をさせてもらっていたBULLJUNと日本に帰ってからもつながっていて、彼が所属していたA.Y.B. Forceや彼のソロ作のエンジニアとして再びN.Y.に呼ばれたり。そのソロ作にキーボードでSWING-Oさんが参加していて、それがきっかけで対馬(芳昭 / origami PRODUCTIONS代表)と会うことができ、意気投合したんですね。その後、対馬がスタジオ経営も始めたいということで僕に声がかかり、2人で物件を探してD.I.Y.でスタジオを構築していって、気付けば11年が経ちました。

ヒップホップは人間味を求める部分がある

──それでは曲の話を伺いたいと思います。A.Y.B. Forceの「Breaking Point」はMPCの構築からミックス作業までやられているとのことですが、トラックメイキングも含まれているということでしょうか?

そうですね、少しですがトラックメイキングから携わることができました。途中にパーカッションソロみたいなパートがありますが、そこにフレーズを切り貼りして作りました。僕がエディットした最初の仕事になります。

──そこでMPCの師匠から教わったグルーヴを生み出すスキルが生きてくるわけですね。ちなみに師匠からはどのようなことを教わったんでしょうか?

AKAI Professionalにブルース・フォラットというエンジニアが所属していて、DJプレミアのような大御所のトラックメーカーはMPC60とかMPC3000を使っていたんですよ。MPC2000がAKAIでのフォラットの最後の作品で、それ以降はちょっと音質が違うイメージがあって、3000と2000でもちょっと違う。まず機種によって音が違うということを教えてもらいました。MPC3000のほうがクオンタイズ(※演奏データのタイミングのズレを補正する機能)のグリッドの振り幅が広いんです。クオンタイズをしても再生すると揺れがあって、そこに人間味があるんですけど、その後発売されたMPC2000はそれがもう少し狭くなっていて固い感じがする。なのでハイハットはクオンタイズをオフで叩いたり、キックにRoland TR-808のキックをレイヤーで足したりとか。あとはクオンタイズのときのスイング(揺れ幅)の値はいじったほうがいいとか、そういうことを細かく教わりました。

──そのあたりはミックスをするときのリズムのエディットで役に立ってくるところですね。

かなり役に立ちました。グルーヴ感はそこで養われた気がします。ラップや歌のタイミングなんかもそうですね。

──そうやってグルーヴを作るところから入ったことによって、ポップスのエンジニアとは違うテクニックを使っていると思うことはありますか?

テクニックというより意識の話なんですけど、ポップスだとサビの頭でパーンってくるものが好きな人とか、ちょっとの揺らぎも気になる人が多いですよね。縦のタイミングをそろえることに神経質になったりとか。ヒップホップは人間味を求める部分があって、ある意味でユルさもあるので、スネアがモタっているところを残したりはしますね。あとはベースとキックのディケイ(音色の長さ)でグルーヴが変わってくるので気を使っています。

あいみょんのレコーディングで活躍したコッパーフォン

──TR-808をキックに足すようなこともミックスでやっているんでしょうか? あいみょんさんの「朝陽」では、キックのローエンドに何か足している感じがしたのですが。

いろんなジャンルでTR-808を足す率は高いですけど、この曲ではLinn Drumを足していますね。やっぱりレコーディングで録れないローがあると思っていて、ピッチ違いのサンプルライブラリを持っているので曲に合わせて使っています。たまに外のスタジオで録ったドラムに、うちのスタジオで録ったキックを重ねることもありますね。生ドラムにリズムマシンを合わせるときは、両方のサステインの長さを同じにしたり、AVID Pro Toolsに入れてから波形を見て一番タイミングのいい場所に置いたりだとか、細かく調整しています。

──この曲では歌詞の途中、「分かってよ」の部分で急にモジュレーションがかかっていますが、これはオーダーがあってやったんでしょうか?

あいみょんさんは、アレンジャーの関口シンゴのイメージを信頼して任せている部分があるんですね。なので、あいみょんさんに聴かせる前に、彼と僕でミックスの話し合いをしています。それで、レコーディングのときにPlacid Audio コッパーフォンという、テレフォンボイスのような声が録れるマイクを使ったんです。何かに使えないかなと思って、メインのマイクと一緒にずっと録音しておいたんですよ。「分かってよ」の部分は最初それをうっすら混ぜていたんですけど、本人にこのエフェクト感をもっと出してほしいと言われて、かなり前面に出しました。あいみょんさんの直感力はいつも柔軟で素晴らしいです。僕はプラグインじゃなくて、こういう変わったマイクを使って変化をつけるのも好きなんですよね。

──ほかの曲でもボーカルに歪みがかかっているような音が多いですが、これはコッパーフォンでやっているんですか? それともほかに何か工夫されていますか?

MPCの経験があってか僕はビンテージな音、ノイズが多い音が好きなので、録音するときのレベルを大きめに録って、アナログ的な歪みを加えたりしていますね。ミックスのときにも、Thermionic CultureのCulture Vultureという真空管のディストーションがあるんですけど、それを使うときもあります。プラグインのテープシミュレーターも2、3個かけることがありますね。こういう歪みとディレイをセットで使って厚みを出したりしています。

──「朝陽」では、ヒップホップ要素とロック要素を足すことを意識されたそうですが、具体的に教えていただけますか?

この曲は歌詞がけっこう過激なので、サイケデリックの要素が必要なんじゃないかと思ったんですよ。The Doorsのような、空気が揺れている感じというか。それで主にボーカルのリバーブに、オートパン(周期的に左右に定位が変わるエフェクト)をかけて、残響音が揺れているようにしました。ヒップホップの要素というのは、ちょっとラップ的なしゃべり口調のパートがあると思うんですけど、それとビートを前に出すというか。バンバン来る歌詞とグルーヴを際立たせる箇所があって、それに続いて空気が揺れている1970年代っぽい音像を対比させるミックスっていうのは、自分にとってチャレンジでした。ですが、ご本人に気に入ってもらえてよかったです。やっぱりプロデューサー、アレンジャー、歌い手さんの理想を崩さないようにしつつ、その中で自分が出したアイデアがみんなの考えとバチっと合って、OKが出たときはうれしいです。

──こういうときは攻めようとか、チャレンジングなことをするときの自分ルールみたいなものはありますか?

一緒に長くご一緒させていただいていて、この人はこういうのが好きだろうって傾向をつかんだら攻めてみたり、「好きにミックスしていいよ」って言う人の曲では自由にミックスしたりします。攻めたことをやって不採用になるのは、歌詞が聞こえないから歌をもっと前に出してほしいとか、ベースをもっと聴かせたいとかが多いですよね。そういう基本的な枠からはハミ出ないようにしたうえで、攻めるようにしています。

日本人のグルーヴと黒人のグルーヴが融合したTENDREの歌い方

──TENDREさんの「DOCUMENT」では、アナログ的な歪みやテープっぽい質感を意識的に使ってミックスしていると感じました。エレピのピッチが揺れている感じは、テープのワウフラッター(回転ムラによって発生する揺れ)を積極的に使って生み出していますよね。

それはTENDREさんの指示ですね。古い録音機などで録った音源だと音が揺れていたりすると思うんですけど、おそらくそういうのを演出されたんだと思います。TENDREさん自身もAPPLE Logic Proで打ち込みとかミックスをされてるので、数値まで教えてくれます。この曲はレコーディング直後から本人とミックスしていく流れだったので、2人でいろいろ話し合いながらアイデアをダイレクトに音に反映させていきました。

──エレピを歪ませて倍音を伸ばしながらも、高音をあとからカットして丸くしている感じがしますが、どのような処理をしたんでしょうか?

うちのスタジオのRhodesを使っているんですけど、けっこうマメにメンテしないと歪みが乗るので、蓋を開けて接触不良を直しながら録音しました(笑)。もちろんプラグインも使っていて、Slate DigitalのVTMみたいなテープシミュレーターをかけたり、同じくSlate DigitalのVCCというコンソールをシミュレートするプラグインを使って、レベルオーバーで赤ランプが点灯するかしないかくらいのところに設定して歪ませました。ギリギリ音が潰れないでテープの持ち味が出るような際どいところを攻めて音作りをしています。

──そのあたりのプラグインは僕も好きでよく使いますが、キャラクターが濃すぎませんか?

僕はテープシミュレーターを使っていても、完全に通った音にはしていなくて、薄くして混ぜているんですね。何段にもテープを通すんですが、1個1個は薄くブレンドしているだけなんです。最後のところはアナログでやりたくて、MANLEYのVariable-Muというコンプを通して、Pro Toolsに戻してからiZotope Ozoneで処理するみたいな、アナログと現代の音のハイブリッドみたいな感じで処理しています。

──なるほど。TENDREさんはインタビューで、オケと言葉の噛み合いを突き詰めたという話をされていたんですが、具体的にはどのような感じだったんでしょうか?

TENDREさんはスタジオに来た時点で曲の完成度は半分くらいで、来てから楽器の弾き方を考えたり、録音しながら変えたりしていくスタイルなので、過程を隣で細かく見させてもらいました。あらゆる楽器を操って、頭の中のイメージをどんどん形にしていく、才能の塊ですね。さらにレコーディング中に歌詞を変えていって、例えば「このリズムにはワードは3つがいい」「その3つをどんな言葉にしよう?」という感じで、リリックを構築しているようでした。普段からフリースタイルをしているラッパーはトラックを聴いて、すぐに歌詞を書き始めるスタイルの方がわりといますけど、歌モノで1日でオケを構築してから歌詞を書き上げるのは本当にすごいですね。あと、TENDREさんの歌い方ってけっこう特殊で。黒人の歌い方ってレイドバックしていて、遅れているかいないかのギリギリのところを攻めてくる感じなんですけど、その要素もありつつ、日本人の手拍子のようなグルーヴが混ざっていてどこか和む感じがします。

──それは言い方が適しているかわからないですけど、音頭っぽい感じということでしょうか?

言葉で説明するのは難しいですね。音頭をそのままやると、ちょっといかにもな感じになると思うんですよ。歌謡曲とか演歌とか僕も好きですけど、その要素が濃すぎると全部持っていかれる気がして。TENDREさんのリズム感は、その両方のいいところを足したような絶妙なグルーヴなんですよね。ベーシックはブラック、歌い方もソウルフルなんですけど、軸となるリズムが日本人っぽくて、そこがいいなと。origami PRODUCTIONSに所属しているアーティストも、mabanuaや関口シンゴ、Shingo Suzukiのグルーヴは、ブラックミュージックに寄りすぎてない、日本人のグルーヴを生み出していると思っていて。音を入れている場所だとかフレーズはブラックミュージックと一緒なんですけど、演奏の波形をコンマ何秒まで拡大していくと、そこに日本人のグルーヴが見えるんですよね。シンプルな中にそういうアーティストの癖が出ている音楽が僕は好きなんです。だから、タイミングをあまりガチガチに合わせないで聴かせたいと思うんですよね。

<後編に続く>

yasu2000

1999年、DJとして渡米。現地でエンジニアリングに興味を持ち、The Institute of Audio Researchに通う。卒業後ブルックリンにあるブッシュウィックスタジオで2年間働き、ニック・ハードのアシスタントなどを務めたのち、2005年に帰国。その後、origami PRODUCTIONSが手がけるbig turtle STUDIOSのハウスエンジニアを務める。これまでに担当したアーティストはあいみょん、JUJU、藤原さくら、向井太一、GLIM SPANKY、Uru、TENDRE、Awesome City Club、U-zhaan、Nenashiら。

中村公輔

1999年にNeinaのメンバーとしてドイツMille Plateauxよりデビュー。自身のソロプロジェクト・KangarooPawのアルバム制作をきっかけに宅録をするようになる。2013年にはthe HIATUSのツアーにマニピュレーターとして参加。エンジニアとして携わったアーティストは入江陽、折坂悠太、Taiko Super Kicks、TAMTAM、ツチヤニボンド、本日休演、ルルルルズなど。音楽ライターとしても活動しており、著作に「名盤レコーディングから読み解くロックのウラ教科書」がある。

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