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『おっさんずラブ』が描いてきた“本当に大切なこと”  過去作の振り返りと新シリーズへの期待

リアルサウンド

19/11/2(土) 8:00

 ついに『おっさんずラブ』の新章が始まる。10月クールのドラマ陣の中で、遅めのスタートを切ろうとしている『おっさんずラブ-in the sky-』(テレビ朝日系)。2018年、たっぷりの愛と優しさとトキメキで視聴者の心を鷲づかみにして離さなかった奇跡のドラマ『おっさんずラブ』の続編だけに、多くの人が高鳴る鼓動を抑えきれずにいることだろう。しかし同時にこう感じずにはいられない。我々は、「イン・ザ・スカイ」編に牧凌太役の林遣都をはじめとする天空不動産の面々がいないという発表があった日にできてしまった、この大きな喪失感を埋めることができるのだろうか。

 深夜の単発ドラマだった2016年版『おっさんずラブ』が、人気を爆発させることになった2018年の連続ドラマ版に繋がった。そして、その続編である、爆発あり海外ロケありの劇場版が公開され、天空不動産から本物の「空」へと舞台を移した、今回の新シリーズに辿りついた。あまりにも大きくなり手の届かないところに飛び立ってしまいそうな一抹の不安を感じながらも、この一連の作品の違いを分析することで、新シリーズへの期待としたい。

参考:『おっさんずラブ-in the sky-』PR映像公開 春田が早くも黒澤に告白される!?

●2016年版と2018年版の決定的な違い
 そもそも、『おっさんずラブ』は2016年、深夜の年の瀬特番3本立てのうちの1本として始まった。舞台のオフィスは文具メーカー。田中圭“春田”と吉田鋼太郎“武蔵”は一緒だが、連続ドラマ版の牧凌太のポジションに落合モトキ演じる長谷川がいた。48分に凝縮された形でありながら、2018年の連続ドラマ版と大筋の構造は共通する。演出上の共通点も興味深い。例えば、違う会社の設定であるにも関わらず、3人のお弁当を巡る戦いの場面における、屋上の三角の屋根のようなものが見える構造は同じだったり、序盤の流れが、ペットボトルから零れ出る水とトイレで流れる水の音などといった「水」の演出で繋がっている部分は共通していたりする。

 だが、大きく異なるのが登場人物のキャラクター造形である。48分という限られた時間のため、どうしてもメインどころの春田・武蔵・長谷川の物語が中心になってしまう。そのため、その他の登場人物たちの描写は少なかった。この違いによって生まれた個性が、連続ドラマ版の成功の主な要因であると同時に、限られた登場人物を中心とすることで2016年版は問題提起の力を生んだとも言える。

 連続ドラマ版なら金子大地演じるマロのポジションであるところの若手社員(葉山昴)は、マロにあった、天然で愛されキャラの要素が抜け落ちている。彼が目撃することによって、春田がゲイであると社内で噂が広がり、春田が嫌がらせを受け困惑する場面も描かれた。社会におけるLGBTに対する偏見を描いていたことも、連続ドラマ版との重要な違いである。誰もが戸惑いながらも互いの価値観を認め合い、受け入れ、性別や年齢を越えた恋に突き進んでいる連続ドラマ版にはない、「不寛容な社会」という、本来あるべき、外からの視点が投げ込まれていた。

●一般的な思い込みに対する反論
 また、なにより興味深いのが、連続テレビ版で内田理央が演じた幼なじみのちず役と同じポジションにあたる、宮澤佐江が演じた会社の同期・あすかである。春田が恋の悩みを打ち明けることができる存在で、あすかも春田に好意を持っている。ただ違うのは、家事全般なんでもできる長谷川と比較するかのように示される、散らかったあすかの部屋と、冷凍食品と栄養補助食品が表す家事全般の不得意さだ。ここで2016年版が示していたのは、「男性は家事ができなくても許されるが、女性は家事ができるのが当たり前」という一般的な思い込みに対する反論である。家事ができる男性がいる一方で、家事ができない女性もいて当然なのである。

 いわば逆説的視点が示された上で、春田はあすかを置いて長谷川を追いかける。にも関わらず、なおも「俺は女が好きなんだから絶対に付き合わない」と断言する頑なさを持ち続ける春田は、長谷川にキスされる。それによって、自分の価値観が揺らぎ、今度は春田のほうから長谷川にもう一度キスをせがむ。ここで、それまで武蔵や長谷川とちゃんと向き合おうと努力しつつも、社会で一般的とされる価値観に支配され、従順であり続けようとしてきた春田は初めて、あらゆる制約から解き放たれ、自身の本当の感情に素直になるのである。2016年版は、本当に大切なことは、社会によって植えつけられた常識や価値観を超えたところにあるのだということを簡潔に示し、春田の心が最初に溶けるきっかけを作った。これが全ての始まりだったのである。

●さらなる“ファンタジー”になったとしても……
 連続ドラマ版は、牧をはじめ、自分より好きな人の幸せを一番に思って行動してしまう優しくてキュートで、ユニークな登場人物たちがいる、いろんな「好き」で溢れた世界になっていた。2016年版よりも少し柔軟で寛容になったかのように思える春田は、2016年版が呈示した、「好き」というだけではなぜだめなのかという問題を探求し続けた。

 映画になって、爆発したり誘拐事件が起こったりとやたらスケールが大きくなったが、やっていることは記憶喪失と「君の名は?」と、それぞれにシンデレラのおっさんたちの靴を誰が履かせるか問題である。春田と牧の痴話喧嘩は、天空不動産のメンバーと新キャラクターたちによってどこまでも壮大に燃え上がって、穏やかに終わりを迎えた。

 だから、例え『おっさんずラブ』がさらなるファンタジーの世界に飛んでいったところで、スタッフ含め、彼らは変わらず、我々に教えてくれるのではないか。「人を好きになる」ことの素晴らしさや苦しさを。そしてもちろん、面白さを。それを信じて、今夜の放送を待とう。(藤原奈緒)

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