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DJ Screw、OG Ron CからT-Pain、Solangeまで……現行の音楽を追う上で外せない「チョップド&スクリュード」の歴史

リアルサウンド

20/8/10(月) 12:00

 現行の音楽を追っていると、いたるところで耳にする言葉「チョップド&スクリュード」(以下スクリュー)。ターンテーブルを使って回転数を落とす「スクリュード」と、二枚使いで半拍ずらして反復する「チョップド」の二つの要素を軸にしたDJの技法だ。基本はこの二つだが、各種エフェクトやマッシュアップなどを取り入れることもある。

3人のDJが牽引していったスクリュー

 オリジネイターはヒューストンのサウスサイドを拠点に活動していたDJ Screw。スクリューは、DJ Screwらが1990年代に始めた技法だ。当初は「スクリュード&チョップド」と現在と語順が逆で呼ばれることも多かったDJ Screwのスクリューは、スロウにすることで生まれる粘っこいファンクネスを強調するようなもの。選曲もファンクの匂いがするものが中心で、DJ Screwの周辺に集まったラッパーたち=Screwed Up Click(以下SUC、ヒップホップクルー)もまた、ファンキーなものを好む傾向にあった。スクリューはDJの技法という特性上、初期はミックス形式のものが中心だったが、次第にアルバムにスクリューバージョンの楽曲を収録するラッパーや、アルバム1枚丸ごとスクリューしたバージョンをリリースするラッパーも現れた。1998年にはテキサスのラッパーのSPMことSouth Park Mexicanが、アルバム『Power Moves: The Table』をレギュラー盤とスクリュー盤の2枚組でリリース。スクリューはそのユニークさやリリックの聞き取りやすさ(そのため、早口ラップやストーリーテリング系の曲が好まれた)で人気を集め、テキサスのヒップホップを代表するサウンドの一つとしての立ち位置を確立した。後述するDJ Michael “5000” WattsやO.G. Ron C.、和歌山出身で1996年頃にダラスに渡ったDJ Princess Cutら、DJ Screw以外にも多くのDJがスクリューミックスを制作していった。このように地元に根付いて人気を集めたスクリューだったが、DJ Screwは仲間たちとインディペンデントな活動を行うことを望んだこともあり、テキサス外でのその人気は「知る人ぞ知る」ようなものだった。

 DJ Screwは「シザーブ」または「リーン」と呼ばれる、咳止めシロップを酒で割った紫色のドリンクを好んでいた(※主な成分はコデイン)。スクリューはシザーブを摂取して聴くとより気持ち良さが増すと言われており、この二つの文化は密接に関わっているものとされていた。SUCの準メンバー的な存在であったテキサスのラップデュオ・UGKがメンフィスのラップグループ・Three 6 Mafiaのヒット曲「Sippin’ On Some Syrup」に客演で参加するなど、SUCやテキサスのラッパーはシザーブをトピックにした曲を多く発表していった。しかし、体を蝕むドラッグであるシザーブは、多くの悲劇を生み出した。その一つに、オリジネイターであるDJ Screw死去があった。2000年のできごとだ。

 DJ Screw亡き後、スクリューシーンのトップに立ったのは、ヒューストンのノースサイドを拠点に活動するDJ Michael “5000” Watts(以下Michael Watts)だった。Michael Wattsのスクリューは、チョップド多めでパンチラインの反復やエフェクト、スクラッチも多用した、いわば「盛り上げるスクリュー」。選曲もDJ Screwと比べてバウンシーな方向性だった。またMichael Wattsは外に向けた発信にも積極的で、David Bannerなど他エリアのアーティスト作品のスクリューも手掛けていった。2001年には8Ball & MJGのアルバム『Space Age 4 Eva』のスクリュー盤を手掛け、スクリュー初のメジャー流通を成し遂げた。

 また、同じスクリューDJのOG Ron Cと共に立ち上げたレーベルの<Swisha House>にも、Paul WallやSlim Thugら優秀なラッパーが集まっていった。スクリューの音楽性や<Swisha House>がDJ ScrewとSUCの模倣だとして、一時サウスサイド側からの批判を受けたこともあったが、Michael WattsとOG Ron CはDJ Screwへの敬意を示し続けたこともありビーフは沈静化。スクリューミックスを制作する際も、「スクリュード&チョップド」という言葉はDJ Screwだけが使っていいものとして、Michael Wattsは「Michael “5000” Watts Remix」や「Swisha House Remix」など、OG Ron Cは「Chopped Not Slopped」という名前を用いていった。ノースサイド(=Swiash House)とサウスサイド(=SUC)のビーフが解消されると、SUCのオリジナルメンバーであるLil’ Kekeが<Swisha House>に加入するなど交流も深まり、ヒューストンのヒップホップは強力な地盤を固めていった。

Mummy Club – Afterlife Swishahouse Mix by DJ Michael “5000” Watts
Young Thug – Power (Chopped Not Slopped by Slim K)

 2005年頃には<Swisha House>所属ラッパーのMike Jonesが自身の携帯電話番号をラップする破天荒なプロモーションでブレイク。ヒューストンのヒップホップはメインストリームに浸透していった。Mike Jonesは同じフレーズを繰り返すラップも特徴で、スクリューの「パンチラインの反復」を人力で行っていたラッパーとも言える。また、この頃のテキサスでは過去の楽曲の一部から声ネタをサンプリングしてループしたフックが流行していた。声ネタをサンプリングすることには、故人の追悼や過去の名曲に再びスポットライトを当てる目的があったと言われている。声ネタは低速化して使うことも多く、Mike Jonesもヒット曲「Back Then」で自身の「Still Tippin’」でのラインを低速化して使っている。低速化した声によるフックはスクリューの部分的な使用方法として人気を集め、多くのアーティストがこれを取り入れた楽曲を発表した。また<Swisha House>勢のブレイクと前後してiTunes Storeでもスクリュー盤が販売されるようになり、スクリューの人気はいよいよ全米へと広がっていった。

 破竹の勢いで進んでいったヒューストンのヒップホップだったが、UGKのPimp Cが2007年に命を落としたこともあり、その勢いは長くは続かなかった。フロリダのシンガー・T-Painが2008年にリリースした「Chopped ‘n’ Skrewed」での客演ラッパーが、テキサスのラッパーではなくアトランタのLudacrisであったことからも、その勢いの失速が感じられる。また、「チョップド&スクリュード」は“ナンパした女性に冷たくあしらわれる”というような意味のスラングであり、それをテーマに据えて音楽面でもスクリューの要素を導入した同曲がヒットした頃から、スクリューは「スクリュード&チョップド」と表記されることが減り、「チョップド&スクリュード」という呼び方が定着していった。

インターネットに広がっていったスクリュー

 T-Painが「Chopped ‘n’ Skrewed」をリリースした2008年には、もう一つスクリュー史における転換期となったエピソードがあった。スクリュー専門のネットラジオ、『ChopNotSlop Radio』の開設だ。“ChopNotSlop”という名前からもうかがえる通り、Michael Wattsと共に<Swisha House>を立ち上げたOG Ron Cが設立したもの。<Swisha House>のブレイク前に同レーベルから退いていたOG Ron Cは、同じく離脱したラッパーのChamillionaireのDJとしても活動。Chamillionaireはラップだけではなくメロディアスな歌も得意としていたが、OG Ron Cもメロディアスなスクリューを聴かせるDJだ。OG Ron Cは“スロウなR&Bをもっとスロウにしてチルする”スムースなミックス『Fuck Action』シリーズを量産し、DJ Screw、Michael Wattsに次ぐ第三のスクリューDJとして人気を集めていった。OG Ron Cが手掛けたChamillionaireの1stアルバム『Sound Of Revenge』のスクリュー盤は、メジャー流通のスクリュー盤としては過去最高のセールスを記録。その後ネットラジオをスタートし、若手スクリューDJをフックアップする目的でスクリューDJ集団のThe Chopstarsを結成した。

 そしてOG Ron Cのインターネットを活用したスクリュー普及の取り組みに呼応するように、R&Bを低速化してサンプリングした音楽がインターネットから誕生した。それが、ヴェイパーウェイヴだ。同ジャンルの代表作であるMacintosh Plusの『Floral Shoppe』(2011年)では、Diana RossなどのR&Bが低速化されて多用されている。そこにはDJ ScrewやMichael Wattsではなく、明らかにOG Ron Cからの流れが感じられる。しかし、ここでの低速化は、OG Ron Cの「チル度の強化」とはまた異なる効果をもたらした。ノスタルジーの創出だ。ネタ選びはR&Bに限らず広がっていったが、低速化によるどこか懐かしいような質感は、ヴェイパーウェイヴの特徴の一つとして浸透していった。ヴェイパーウェイヴは他にも崩れた日本語や変名の多用、奇妙なアートワークなど多数の要素を持ち、インターネット上でカルト的なファン層を育んだ。また、日本のアニメの映像やシティポップを素材に多用したフューチャーファンクなどのサブジャンルにも派生し、2010年代を代表するムーブメントの一つへと成長していった。

 ヴェイパーウェイヴの誕生と前後して、OG Ron Cを取り巻く環境にも変化が訪れた。メンフィス生まれカナダ育ちの人気ラッパー、DrakeがOG Ron Cに公式でのスクリューミックスを依頼したのだ。Chamillionaire以上に「歌える」側面を強調したスタイルのDrakeは、ヒューストンのレーベル<Rap-A-Lot>のCEOであるJ. Princeの息子が見出し、Lil Wayneを紹介し彼が率いるYoung Moneyに加入したラッパーだ。DrakeはミックステープでもDJ Screwの名曲ビートジャックを行うなど、スクリュー文化への愛情を示し続けていた。Drakeは『Fuck Action』シリーズを愛聴していたことから、2011年の2ndアルバム『Take Care』のスクリューをOG Ron Cに委ねた。アンビエント的な浮遊感と寂しげな雰囲気に包まれたサウンドで歌った同作は、OG Ron Cのスムースなスタイルとも見事に合致。同作の成功によりOG Ron CとThe Chopstarsはスクリューシーンでの地位を不動のものとし、以降多くの公式スクリューを手掛けていった。

スクリュー文化の現在

 一時メインストリームで失速していたスクリュー文化は、Drakeのスクリュー版や、低速化した声の多用をトレードマークにブレイクしたA$AP Rockyの活躍など、テキサス以外のラッパーがリードする形で再び返り咲くこととなった。このようにスクリュー文化はこの頃には完全に全米に浸透しており、The ChopstarsにもOdd Futureにも所属する西海岸のMike Gなど、テキサス以外のメンバーが加入していった。拡大しながら勢いを保っていたThe Chopstarsだったが、中心メンバーはOG Ron C、DJ Candlestick、Slim Kの三人だ。DJ CandlestickはナードなソウルフルヒップホップグループのThe Nice Guysにも所属しているほか、レゲエのスクリューミックス『Rasta Love』シリーズの発表なども行っている雑食趣味も持ったDJ。Slim KはOG Ron CとMichael Wattsの中間のような、スムースでいて仕掛けも多く取り入れるスタイルの持ち主だ。Slim Kは2014年のKOHHのスクリュー作品『PURP T△PE』、OG Ron CとDJ Candlestickも2017年のThundercat『Drunk』のスクリュー版『Drank』を手掛けるなど、The Chopstarsは活動を広げていった。また、The Chopstasは映画『ムーンライト』(2016年)のサウンドトラックの公式スクリュー版も発表。アメリカ南部のフロリダを舞台にした同映画は、劇中でもスクリューを取り入れた楽曲が使用されている。スクリューの導入には「主人公が親しんでいたであろう音楽として」の狙いと、「ゆっくりと流れることによって、速さで失われがちだった感情を表に出す」狙いがあったという。同作はアカデミー賞も受賞するなど高い評価を獲得。スクリュー文化の歴史に残る作品となった。

 こうした華やかな成功の裏で、インターネット上でまたスクリュー文化から新たなムーブメントが派生していた。スロウド+リヴァーブだ。楽曲を低速化してリヴァーブをかけるという簡素なリミックス手法で、日本の古いアニメの映像のループと合わせられることも多く、ヴェイパーウェイヴからの連続性を感じさせるムーブメントだ。スロウド+リヴァーブは、2017年頃にヒューストンのリミキサー・Slaterが生み出したと言われている。Slaterは米メディア「Pitchfork」のインタビューで、「僕はチョップド&スクリュードには手を出すべきではないと思っていた。DJ Screwがやったものでなければ真のスクリューと呼べないし、スクリューで重要なチョップドは誰にでもできるものじゃない。だから真似しようとは思わなかった」とその誕生秘話を話している。楽曲が隠し持っていた寂しさを引き出すようなスロウド+リヴァーブは、その制作手法のインスタントさも手伝って、徐々にインターネット上で人気を獲得。現在は新しい作品のリリース日に即スロウド+リヴァーブが作られることも多くなってきている。公式でスロウド+リヴァーブ版をリリースするアーティストも登場してきており、今後も要注目のムーブメントだ。

 スクリュー要素の部分利用も、様々なアプローチで開拓が進んでいる。低速化された声も、今ではいたるところで聴かれるようになった。Kendrick Lamar「ELEMENT.」やChris Dave & The Drumhedz「Black Hole」のように、アウトロで低速化する展開も増えてきている。このようなスクリュー要素導入の試みの最新版と呼べそうな作品が、Solangeが2019年にリリースしたアルバム『When I Get Home』だ。Solangeは「Feelin’ You」(2002年)でもMichael Wattsのリミックスを収録していたが、故郷・ヒューストンをテーマにしていた同作は冒頭を飾る「Things I Imagined」からスクリュー的な反復を披露。「Down with the Clique」のフックではチョップドを取り入れ、そのほかの楽曲でもMike Jones的な反復や徐々に回転数が落ちて行くように下降するメロディを聴かせるなど、随所にスクリューの要素を取り入れている。

Solange – Things I Imagined / Down with the Clique (Official Video)
Solange – Down With the Clique (Official Audio)

 テキサスのローカルDJが始めたチョップド&スクリュードは、次第にメインストリームを巻き込んで世界に広がり、今ではヒップホップを飛び出し映画など多彩な文化にも波及した。今後もスクリューが文化にどのようにインスパイアを与えていくのか、スクリュー自体もどう発展していくのか、ゆったりと観察していきたい。

■アボかど
91年生まれ、新潟県出身・在住のG愛好家。音楽ブログ「にんじゃりGang Bang」を運営。
Twitter

■参考資料:
MTV「Chopped And Screwed History」
Reverb「Interview: OG Ron C on The Evolution of Slowed and Chopped Music」
Houston Press「Houston Hip-Hop」
HMV「Dj Princess Cutインタビュー!」
Amebreak「DJ PRINCESS CUT GET IT BIG」
Barks「日本人女性DJがサウス・ヒップホップのベストDJに!」
The Guadian
Billboard Japan
Pitchfork
Netflix「ヒップホップ・エボリューション」

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