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back numberは、混沌とした“今”聴き手に寄り添う 新曲「水平線」に込められたメッセージを読む

リアルサウンド

20/8/23(日) 12:00

 back numberが8月18日深夜0時に、新曲「水平線」を発表した。今回の発表はサプライズで行われたこともあり、SNSを賑わせback numberの名前がTwitterのトレンドワードに。オフィシャルYouTubeチャンネルで公開された同曲のリリックビデオは、発表からわずか2時間で再生回数10万回を突破した。公式サイトによると、新曲を制作したのはある高校生たちからの手紙がきっかけだったという。

 遡ること4カ月前。新型コロナウイルスの影響で1963年から毎年開催されている夏の全国高校総合体育大会(インターハイ)の中止が発表された。インターハイは水泳やテニス、サッカーなど30競技34種目が実施される高校スポーツの総合競技大会で、全国47都道府県から6000校以上、3万6000人余りの選手、監督・コーチが参加。高校日本一の座をかけ、多くの高校生たちが青春を日々の練習に注いできた。特に高校最後の大会を失った3年生の悲しみは計り知れない。

 そんな彼らの思いを汲み取ったインターハイ運営担当の高校生たちが希望を手繰り寄せるように手紙を送ったのが、back numberだった。学生時代に自身も陸上競技でインターハイを目指しており、さらに地元である群馬が今年のインターハイ開催県だったこと、開会式では「SISTER」が演奏される予定だったことを知ったメンバーの清水依与吏は急遽新曲を制作。インターハイの開会式が開催されるはずだった日に「水平線」が発表されたのだ。リリックビデオで流れる歌詞は手書きで、同曲はまるでback numberから高校生に送る手紙のようなバラードに仕上がっている。

 映像に出演する女性は、インターハイに出場予定だった高校生をイメージしているのだろうか。苛立った様子で持ち物を次々と捨て、最後には裸足で夕暮れの美しい海が見える砂浜を進む。そんな彼女の姿は、ライブに行くこと、恋人に会うこと、友達や家族と旅行すること、大好きなお店で美味しいご飯を食べること……そんな些細な希望をひとつひとつ手放してきた私たちの姿にも重なる。

back number – 水平線

 インターハイと同様に甲子園が中止になり、活躍する場を失った球児や、ライブやイベントの開催中止・延期でパフォーマンスを披露する舞台を失ったアーティストや演者も、営業時間短縮を余儀なくされ、閉店の危機に晒されている飲食店経営者もそう。みんなが苦しんだからこそ、多くの人は理不尽に日常を奪われたことを嘆きながらも、「苦しいのは自分だけじゃない」と日々を紡いできたのではないだろうか。〈正しさを別の正しさで/失くす悲しみにも出会うけれど〉という歌詞は、そんな混沌とした感情に寄り添う。

自分の背中は見えないのだから
恥ずかしがらず人に尋ねるといい
心は誰にも見えないのだから
見えるものよりも大事にするといい
(「水平線」より)

 きっと大人だけではなく、10代の子どもたちも数々の「どうして」を呑み込んできただろう。「仕方ない」という言葉で何度もないがしろにされてきた人もいるはずだ。そんな彼らにback numberは、感情を抑える必要もなく、悲しさも悔しさもさらけ出していいんだと優しく語りかけてくれる。この言葉に、今まで我慢してきた彼らはどれだけ救われただろうか。歌詞に描かれているように、耐える理由を探しながら生きている彼らに思いを馳せるだけで心が痛む。けれど、〈あなたの希望が崩れ落ちて 風に飛ばされる欠片に 誰かが綺麗と呟いてる〉と囁く歌声の美しさもさることながら、海に向かって叫ぶ少女の姿は疑いようもなく綺麗だ。どんなに日常をかなぐり捨て、誰の心に残ることもない一日が、叫びたいほどの悲しみも微かに抱いた小さな希望も呑み込んで水平線の彼方に沈んでいこうとも、“誰か”が見たその人自身の輝きは一つも失われていないことに気づく。

いつしか海に流れ着いて 光って
あなたはそれを見るでしょう
(「水平線より」)

 穏やかな歌声とは裏腹にあまりにも現実的な歌詞が並んでいるが、最後のフレーズは何度も夜と朝を繰り返した先に、誰もが日常を取り戻せる本当の“朝”が訪れた未来を静かに予感させる。その時過去を振り返った彼らは、今年何かを諦めた自分を愛おしく思えるだろうか。断言もせず、綺麗ごとが一切描かれていない歌詞をみて、以前back numberがライブで語った「人生の最悪な日に少しでも寄り添えるようなバンドになりたい」という言葉が浮かんだ。今年はその“最悪な日”を体験した人もたくさんいたことだろう。インターハイに出場予定だった高校生にとっては、開会式予定の今日がそうだったかもしれない。そんな日に発表された「水平線」は、back numberから高校生に送る手紙でもあり、遠い未来から届いたタイムカプセルでもある。

■苫とり子
フリーライター/1995年、岡山県出身。中学・高校と芸能事務所で演劇・歌のレッスンを受けていた。現在はエンタメ全般のコラムやイベントのレポートやインタビュー記事を執筆している。Twitter:@bonoborico

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