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雨宮天、スキマスイッチ「奏」カバーで見せたシンガーとしての成長 活動を重ねて得た歌唱表現などから分析

リアルサウンド

20/7/15(水) 6:00

 雨宮天が7月5日、自身の公式YouTubeチャンネルにてスキマスイッチ「奏」のピアノ弾き語りカバー動画を公開した。セルフ撮影によるラフな収録にもかかわらず、彼女のシンガーとしての高い基礎体力がしっかりと確認できる興味深い内容となっている。このカバーを受けて、ここでは改めて雨宮のボーカリストとしての側面にフォーカスし、その魅力に迫ってみたい。

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■雨宮天にとっての「奏」
 そもそも「奏」という楽曲と雨宮との縁は深い。2014年にキャリア初のメインヒロインを務めたテレビアニメ『一週間フレンズ。』(TOKYO MXほか)では、彼女が役名(藤宮香織)名義でカバーした同曲がエンディング曲として使用された。さらに同年に出演した音楽番組『MUSIC FAIR』(フジテレビ系)においては、同じく同曲のカバーをレパートリーに持つクリス・ハートに加え、オリジナルアーティストであるスキマスイッチも交えた3者共演が実現している。そこでは大橋卓弥(スキマスイッチ)が雨宮の歌う主旋にハーモニーを重ねる場面もあり、アーティストデビュー前のいち新人声優に対するものとしては破格の待遇であったと言ってもいい。

 当時の雨宮は、声優としてもまだ3年目。直後にデビューシングル『Skyreach』のリリースを控えていたとは言え、この経験が彼女に与えたインパクトが甚大であったろうことは想像に難くない。彼女にとって「奏」とは、単にJ-POP史に残る歴史的名曲という以上の意味を持つ楽曲であるはずだ。事実、公開されたカバー動画に添えられた本人コメントには「生涯忘れることのできない大切な曲」と記されている。

■貴重なネイキッド歌唱
 「奏」のカバー動画について、撮影は雨宮が自宅にてセルフで行ったため、映像や音声そのものの品質はいわゆる自撮りレベルにとどまっている。しかしそれゆえに、無加工のネイキッドな歌唱をダイレクトに楽しむことができる、貴重な資料とも言えそうだ。ピアノのミスタッチがそのまま使われていることからもわかるように、素材には一切手が加えられていない(ただしイコライジング程度は施されているものと思われる)。であるにもかかわらず、ここに収められているボーカルはピッチもリズムもかなりの精度だ。プライベート空間でのリラックスした歌唱ではありつつも、相当の気合を込めて歌っていることが見て取れる。

 スキマスイッチ特有のよく動くメロディラインは音程の跳躍も多く、「奏」の場合はそもそも歌い出しが9th音から始まるなど非常に技巧的で、ポップソングとしては比較的歌いこなしが難しい部類に入る。厳密に言えば音程を探りにいく瞬間が見られないわけでもないが、無視できる程度と言っていい。不安定な印象はまったく与えておらず、むしろフェイクやしゃくりを効果的に使うことでメロディラインにさらなる色気や情感を加味している。今回の雨宮のカバーも、あどけなさを強調していた2014年のバージョンと比べると、その違いは歴然だ。ロングトーンがはるかに伸びやかになっている点も興味深い。

 歌い方そのものもかなりネイキッドな印象で、極力味付けを排除した“本来の雨宮天”に近い歌声のように感じられる。声優は声にキャラクターを乗せるプロフェッショナルであるため、一般的には素の歌声を聴かせる機会はめったにない。とくに雨宮の場合はそこに人一倍意識的で、キャラクターソングは言うに及ばず、アーティスト活動においても「楽曲ごとにふさわしい歌い方を作り込んで演じてこそ、声優が歌う意味がある」という強い信念を持っているタイプだ。そういう意味では、この動画において“素の雨宮天に近い歌い方”を演じている可能性も否定できないが、それを言い出すと「素とは?」という哲学的な話になってしまうため不問とする。

 いずれにせよ、抑揚の表現や音韻のコントロールなども含め、ラフな録音だからこそ際立つ彼女のシンガーとしてのフィジカルの強さは特筆に値する。

■漏れ出るキュートネス
 雨宮の歌声の特徴は、透明感のある澄んだ声質と、理知的で凛とした印象を与える発声にある。クールでアダルトな歌い方を得意とするが、そこに含まれる隠しきれないかわいらしさが最大の魅力とも言えるだろう。どんなにカッコよく歌っていたとしても、“かわいい”が漏れ出てしまう不思議な特性を備えている。

 アーティスト活動においては、主にダークな世界観を歌うヘヴィでシリアスな音楽性が中心となっている。2014年のデビューシングル表題曲「Skyreach」はまさにその典型で、激しく歪んだ音色のメカニカルなギターリフで幕を開ける、メタルサウンド全開のスリリングな楽曲であった。当時21歳という若さも手伝い、デビュー曲らしい初々しさの感じられるフレッシュな歌声を楽しむことができる。

 それが2017年リリースの4thシングル『irodori』あたりまで来ると、“雨宮天印”の歌声がかなり完成されてきていることがわかる。表題曲「irodori」はメタル系ではなくジャズテイストのスウィングナンバーとなっており、漏れ出るキュートネスを適量に制御するバルブの性能が飛躍的に向上、“凛とした歌声”という印象が中核をなすようになった。2016年リリースの1stアルバム『Various BLUE』に収録されている同系統のスウィング曲「羽根輪舞」と比較すると、その年齢感の上がり方が直接的にわかりやすいかもしれない。さらに2019年リリースの8thシングル曲「VIPER」では、この路線におけるひとつの到達点を見ることができる。

■歌声の制御はより自由自在に
 こうして着実に成長を遂げてきた雨宮が、突如としてちゃぶ台をひっくり返したのが今年1月リリースの10thシングル曲「PARADOX」だ。ハイテンションなホーンセクションをフィーチャーした軽快なピアノロックによる、底抜けに明るいポップナンバー。ボーカルにおいては、もはやキュートネス制御バルブを全開に緩め、漏れ出るどころかダムの放流状態となっている。しかし決してバルブが壊れてしまったということではなく、むしろ開け閉めの加減がよりコントロール自在になったことの証左と見るべきだ。「Skyreach」の頃は漏れ出てしまっていたものを、ここでは意図的にダダ漏れにしているのである。

 そんな紆余曲折の先に今回の「奏」のカバーがあることを考えると、何かと感慨深く思えるのではないだろうか。もちろん、彼女にとってこれがゴールではないし、この先も長く続いていくであろうキャリアにおけるひとつのマイルストーンに過ぎない。しかしこのタイミングで、ある意味ではシンガーとしての原点とも言える「奏」をアップデートして見せてくれたことは、ファンにとって非常に大きな意味を持っていくはずだ。(ナカニシキュウ)

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