Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

ぴあ

いま、最高の一本に出会える

ラピュタ阿佐ヶ谷「もう一度みたいにおこたえします」チラシ

太田和彦の 新・シネマ大吟醸

ラピュタ20周年記念特集で観た三船の『吹けよ春風』、神保町シアター小津・清水特集の『母のおもかげ』

毎月連載

第7回

19/1/2(水)

人間三船敏郎の地柄がでた、洗練されたウエルメイド作

『吹けよ春風』
ラピュタ阿佐ヶ谷
特集「もう一度みたいにおこたえします」で上映。

1953(昭和28年)東宝 83分
監督:谷口千吉 脚本:谷口千吉・黒澤明
撮影:飯村正 音楽:芥川也寸志
出演:三船敏郎/小泉博/岡田茉莉子/青山京子/越路吹雪/小林桂樹/藤原鎌足/三国連太郎/小川虎之介/三好栄子/山村聡/山根寿子
太田ひとこと:タクシーで流す小さなロードムービーでもあり、終戦間もない東京の道路、そこに走るクラシックな車などが貴重だ。

タクシー運転手の三船敏郎がバックミラーから見た人間模様を、八つのエピソードで描く。後部シートに座る婚約中らしい男女は口喧嘩を始めるが、男は運転手の目をかすめて彼女を押し倒して長いキス。ややあって起き上がった女は「ねえ、なにか食べていかない?」と甘い声。見ないようにしていた三船はニヤリ。「釣りはいらないよ」と降りたのが小泉博と岡田茉莉子だからたまらない。

出演中の日劇の楽屋口のファンの群れからタクシーに逃げ込んだスター越路吹雪に「どこでもいいから行って頂戴」と言われた三船は落葉美しい外苑銀杏並木に行く。「女房がファンでサインいただけますか」と渡された紙の三船の落書き、当時のヒット曲『黄色いリボン』の替え歌「「おいらの黄色い車~、カタチはいささか旧いけど~」をみつけて歌い出し、二人は声を合わせる。

「乗車賃、倍払う」と乗せた男客に嫌な予感がしたが、はたして警察に追われていて、ピストルを突きつけ「声出すと撃つわよ」と言う女言葉のオカマは三国連太郎!

などなど、限定されたバックシートでここぞと芸を披露する小林桂樹・藤原鎌足、小川虎之介・三好栄子らがすばらしい。何か裏がある復員兵の山村聡は何年ぶりに子供たちに会うのをためらい、妻・山根寿子は必死でそれをなだめる。重苦しい雰囲気を察知した三船は黙っているが、復興した銀座から宮城、上野駅、千住大橋と家が近づくにつれ……。私はデビューころの山村聡のファンでその演技力に感嘆した。

三船を、例えばお手柄をたてるとか、人生訓で改心させるとかの見せ場を作らず、ただ淡々と狂言まわしに運転だけさせているのがとてもいい。おそらくこれが人間三船敏郎の地柄ではないかとまことに心ほのぼのとしてくる。洗練されたウエルメイド作の典型だ。

  神保町シアター「生誕115年記念 清水宏と小津安二郎」チラシ

見終えた私のハンカチはぐっしょり濡れていた

『母のおもかげ』
神保町シアター
特集「生誕115年記念 清水宏と小津安二郎」で上映。

1959(昭和34年)大映 89分
監督:清水宏 脚本:外山凡平
撮影:石田博 音楽:古関裕而 美術:仲美喜雄
出演:根上淳/淡島千景/毛利充宏(子役)/見明凡太/安本幸代/村田知枝子/清川玉枝/大山健二
太田ひとこと:小学校担任に呼ばれた淡島千景がおずおずと校舎に入ると、音楽室から唱歌「灯台守」の合唱が聞こえてくる。

小学生の男の子・道夫をかかえて妻と死別した根上淳は、同じく幼い女の子をかかえて夫と死別した淡島千景と、仲人好きの叔父に奨められて結婚する。互いに再婚の夫婦は正直に気が合って、女の子も新しい父や兄によくなつくが、道夫は自分の生母が忘れられず、新しい母になじまないで、まわりを困らせる。

荒っぽい言動や、意表をつく事件や、飛び抜けた善人や、幸福な偶然などは何もなく、平凡な生活の人情だけで心配事を描く本作が、なぜこれほどすばらしいのだろうか。

清水宏は生き生きした子供映画の名作をいくつも作り、自らも施設を作って孤児を育て映画を撮影した。泣いたり叫んだり闘ったりの大げさな演技を嫌い、人が自然に溶け込んだ画面を好み、飄逸なユーモアはあれど、そこにある淋しい心情を描く作風、表現方法は日本映画の特質を最も表していると、かねがね私は書いて来た。

最後の作品となった本作は、主人公の男の子の気持ちから離れることなく、淡々とした画面ながらも見る者の心をひきつけてやまない。子供もおとなしい性格として絵に描いたような反抗はせず、また安易な回想を使わず、口では「(新しい母は)やさしくしてくれてうれしい」と言うだけに、なおさら心にあるものが浮かび上がる。

淡島は学校給食室で働き、根上は隅田川水上バスの運転手、向かいの叔父さんは豆腐屋、おばさんは人形作りの内職と、庶民の暮しに親愛感がわくため、いっそうこの問題が身近になる。

自分に自信を失い、しばらく親戚に帰ると淋しく決めた淡島に、子供の気持ちもよくわかる、もちろん淡島の気持ちもわかると、解決のつかない問題にまわりも黙り込むしかなく、すっかり感情移入した我々も言葉がない。幼い女の子と風呂敷包みで肩を落として歩く夜道の、母子のせつなさに胸が張り裂けるようだ。しかし、そこに大きな、これ以上ない救いが現れる。

一見平凡な母ものに見える清水の遺作は、これほど心に染み入る映画だった。見終えた私のハンカチはぐっしょり濡れていた。名作。

作品紹介

プロフィール

太田 和彦(おおた・かずひこ)

1946年北京生まれ。作家、グラフィックデザイナー、居酒屋探訪家。大学卒業後、資生堂のアートディレクターに。その後独立し、「アマゾンデザイン」を設立。資生堂在籍時より居酒屋巡りに目覚め、居酒屋関連の著書を多数手掛ける。

新着エッセイ

新着クリエイター人生

水先案内

アプリで読む
アプリで読む