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立川直樹のエンタテインメント探偵

フラメンコ・ギタリスト沖仁と狂言茂山逸平の顔合わせ『きょうといちえ』、秀作37点はもちろん、キャプションに唸った『フィリップス・コレクション展』…

毎月連載

第10回

第4回『きょうといちえ』で顔を合わせたフラメンコ・ギタリスト、沖仁(右)と狂言・茂山逸平(左) (C)Copyright TAKAMI HOLDINGS 2018 All rights reserved.

 9月から11月までは本当に旅が続いている。久石譲さんの中国ツアーが丸9日間、戻ってからも箱根や京都、9月下旬からは能登にロケに行き、10月の3日と4日には京都の将軍塚にある青龍殿で『きょうといちえ』というイベントのプロデュースをし、その後も東京に戻りながらも金沢や京都、箱根、日光などに出かける日々が続いている。

 でも、その間に展覧会だけは行けるだけ行こうとスケジュールをやりくりしている。というのは映画はリバイバルされることもあるし、映画館で観るのがベストとはいえDVDも出る。(例えば少し前だと『英国王のスピーチ』や一連のドキュメンタリー作品はDVDでも大丈夫ではある)演劇も再演されるし、生で観る方がいいがWOWOWで中継録画を観ることもできる。それは音楽ライヴについても言えることだが、展覧会だけは大きな美術館のものから小さなギャラリーでやっているものまで自分の目で観ないと、写真や映像で観てもその魅力を感じとることができないのである。

ウジェーヌ・ドラクロワ《海からあがる馬》1860年 油彩/カンヴァス フィリップス・コレクション蔵 The Phillips Collection

 それを痛感したのが10月16日に三菱一号館美術館で開催された『フィリップス・コレクション展』の内覧会。アメリカで最も優れた私立美術館のひとつとして知られるワシントンのフィリップス・コレクションから、裕福な実業家の家に生まれ、高い見識を持つコレクターであったダンカン・フィリップスの蒐集へのアプローチやモダニズムに対する見方に焦点をあて、ドラクロワ、マネ、ドガ、ブラック、ゴーガン……そしてピカソら選りすぐりの秀作75点を展覧するものだが、作品そのものの素晴しさは勿論のこと、例えばドラクロワの名作『海からあがる馬』のそばには「ドラクロワは絵画芸術におけるエネルギーの統制を完璧に体現した画家である。規律ある精神によって保たれる曲線を主体とする構想のダイナミズムは、まるで彼の描いた海から飛び出す見事な馬のように、轡(くつわ)をはめられ古典的なバランスを保って静止している」という唸らされるコメントがキャプションとして置かれ、それは会場全体にバランスよく散りばめられているのである。

第4回『きょうといちえ』

 でも、これはエンタテインメントを鑑賞する、つきあう時の重要なポイントでもある。これまでもDRUM TAOの選抜メンバーによるユニット、TAO5と片岡愛之助、近藤等則とのコラボレーションなどで好評を博してきた『きょうといちえ』の今年の演し物は世界レベルのフラメンコ・ギタリスト、沖仁と狂言の茂山逸平の顔合せで、実におもしろいものを作ることができたが、お客さんには当日までパフォーマンスの中味は伏せられており、MCも一切なしの構成にしたが、説明が必要なものとそうでないものという判断は提供する側が考えなければならない問題だと僕はずっと思ってきた。

 それは10月17日に赤坂・紀尾井ホールで行われた『田中彩子 ソプラノ・リサイタル 2018 ~愛しのコロラトゥーラ~』を聞いた時にも思ったこと。音楽史上稀な超高音で有名なモーツァルトのコンサート・アリア『テッサリアの民よ』をジュネーヴで歌った際は、名歌手エッダ・モーザーをはじめとした聴衆から「人生の中でそう聞けることのない素晴しい声」と賞讃されたというエピソードにも納得できる見事なものでありながら1曲終わるごとに入る妙に親し気なMCに違和感を感じてしまったのである。10月1日に94歳で逝った巨匠シャルル・アズナブールは全くMCをやらない歌手だったし、別にMCを全否定しているわけではないが、ボブ・ディランもステージでは歌うだけだ。

『田中彩子 ソプラノ・リサイタル 2018 ~愛しのコロラトゥーラ~』(追加公演)チラシ

 でも、アズナブールもディランでもコメントを口にすることはある。最後にダンカン・フィリップスの言葉を書いておこう。

 「芸術の大きな恵みは、二つの感情を促してくれることだ。それは肯定する気持ちと、逃避する気持ち、どちらの感情も私たちを自己の限界から解き放してくれる……。私が極めて苦しい状況に陥ったときふと、私は再びめぐり来る人生の喜びを忘れずにいることと、私には芸術家の夢の世界へ逃避したい気持ちがあることとを、表現できるような何かを生み出そうと思いついた。私は絵画のコレクションを作ろうと思った。芸術家がモニュメントや装飾を作るときと同じように、全体像をイメージしながらひとつひとつのブロックを正しい位置に積んでいくようにして。」

 いい言葉だと思う。そしてダンカン・フィリップスの絵画に対する思いは僕のエンタテインメントの価値基準とつながっている。

作品紹介

第4回『きょうといちえ』

日程:2018年10月3日~4日
会場:将軍塚青龍殿(京都)

ダイジェストムービーはこちら

『フィリップス・コレクション展』

会期:2018年10月17日~2019年2月11日
会場:三菱一号館美術館

『田中彩子 ソプラノ・リサイタル 2018 ~愛しのコロラトゥーラ~』

日程:2018年10月11日
   2018年10月17日(追加公演)
会場:紀尾井ホール(東京)
出演:田中彩子(ソプラノ)/加藤昌則(ピアノ)

プロフィール

立川直樹(たちかわ・なおき)

1949年、東京都生まれ。プロデューサー、ディレクター。フランスの作家ボリス・ヴィアンに憧れた青年時代を経て、60年代後半からメディアの交流をテーマに音楽、映画、アート、ステージなど幅広いジャンルを手がける。近著に石坂敬一との共著『すべてはスリーコードから始まった』(サンクチュアリ出版刊)、『ザ・ライナーノーツ』(HMV record shop刊)。

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