Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

ぴあ

いま、最高の一本に出会える

あら恋・池永正二がダンス・ミュージックに向かう理由「歩みを止めないで前に進むものをやりたい」

リアルサウンド

16/3/8(火) 18:00

 エレクトロダブバンド・あらかじめ決められた恋人たちへ(以下、あら恋)が、3月9日にアルバム『After dance / Before sunrise』をリリースする。同作は12曲をそれぞれA面(After dance-SIDE)とB面(Before sunrise-SIDE)に分けて制作されたコンセプトアルバムで、「焦点 feat.和合亮一」には詩人の和合亮一、「gone feat.曽我部恵一」には曽我部恵一、「波 feat.ハチスノイト」にはハチスノイトと、フルアルバムとしては初めてゲストボーカリストを迎えるなど、質量ともに充実した一作に仕上がっている。今回リアルサウンドでは、フロントマンでありバンドの中心人物・池永正二にインタビューを行ない、アルバム制作の経緯や、メンバー交代で新たに芽生えた意識、インストバンドとしてのアイデンティティなどについて、大いに語ってもらった。聞き手は音楽評論家の小野島大氏。(編集部)

「90年代は、今から思えばまだ気楽な時代だった」

ーーかなりの力作が完成しました。制作の経緯から教えていただけますか。

池永正二(以下、池永):今回はけっこう転機だったんですよ。メンバーが1人辞めたりとか(キム[Dr.]が昨年3月に脱退)、バンドもやることをやってしまった感じだったんですよ、今から考えれば。

ーー達成感があった。

池永:ありましたね。こないだDVDとミニ・アルバム(をカプリングした2枚組)を作ったんです(『キオク』2014年9月発売)。それを作ることで達成感があって、さて次に何しよう、と。そういう時はバンドっていろんな話になるじゃないですか。走ってる間はいいけど、ちょっと立ち止まって考えるといろいろ出てくる。メンバーが代わったこともあって、次のことをやりたいなと。

ーーなるほど。

池永:で、最初はダンス・ミュージックを作ろうと思ったんです。僕、暗い音楽、じめじめした湿っぽい音楽が聴けなくなったんですよ。僕は今40歳ですけど、僕が20代の時に過ごした90年代って、今から思えばまだ気楽な時代だったと思うんです。なので逆に暗いものでも聴けてたんです。暗いよね、って共感できるというか。フィッシュマンズがそうだったけど、「何もないよね〜」って。

ーー空虚な感じ。

池永:そう。でもその時はそこまで空虚じゃなかったと思うんです。でも今みたいに「空虚」の次の世代になってくると、本当に空虚がやってくると、もう耐えられない。僕は空虚が好きで、空虚にどっぷり浸かって音楽をやってきた人間ですけど、もう空虚じゃダメなんですよ。そうじゃない、もっと楽しいものをやろうと。踊れるもの、歩みを止めないで前に進む感じのもの。

ーーうずくまって考え込むような感じじゃなく、カラダが動いてしまうようなもの。

池永:そうそう。そのきっかけになるようなものって「感情」だと思うんです。止まって振り返ってもしゃーない。アーカイヴ的なものをちゃんと眺めるのは必要だと思うんですけど、でもただじーっと見ているだけじゃ足取りが止まっちゃうことが多いじゃないですか。予測しちゃうから。こうしたらこうなるなって全部わかっちゃうと、ああもう無理やってなって、止まってしまう。それじゃダメだと思うんですよ。それよりは自分から動き出して踊ったほうが絶対いい。…という意味でのダンス・ミュージックですかね。

ーー池永さんが感じてこられた「空虚」って、世界の空虚さってことですか。それともご自分の中の空虚なのか。

池永:当時ですか? 僕は自分の中にすごくあったと思います。もう…暗いんですよ。世代感というか…もうどうでもいい、という。「どうでもいい」という言葉がかっこいいと思ったんですよね。「どうでもいいよ〜」って言っちゃうことが。若気の至りですけど、けっこう本気でそう思ってたんです。そういう時代だった気がします。そういう音楽を作って、そういう音楽にどっぷり浸かって。

ーー俺たちはこんなに空虚なんだよ、ってことを…

池永:満足してるような人に言いたかった。でもそこで「空虚なんだよ」って言ったところで何も解決しないんです。実際、なにも解決なんてしなかった。空虚であると言って(みんなに)構ってほしかった…というとトゲがあるけど…。今は「俺たちは空虚だ」と言ったところで「あっそう」で終わってしまうと思うんですよ。

ーー今や空虚であることは当然の前提であると。

池永:そう。もはや普通の「ジャンル」として“空虚”がある、みたいな感じ。昔はね、余裕があったと思うんですよ。フリーターでもやっていけてたし。そういうものもカウンターとして成り立ってたと思うんです。でも今は違う。

ーー空虚っていうのは心の問題だけど、今はそれ以前に、食っていけるかどうか、生存できるかどうかの問題になってる。

池永:と思います。

ーーフィッシュマンズなどはそういう空虚感をうまく表現したバンドだったと思います。

池永:ものすごい好きやったんですよ。ドキッ!として。

ーーでもあのころはまだ景気も良かったし、ある意味で「空虚」が一種のアティチュードとして成り立つ土壌もあった。でも今は景気も悪くて、もう全然、シャレにならない感じが…

池永:そうそう! シャレにならないと思います。死ぬしかないですからね。でも…僕は生きてるんですよね。(沈黙)

ーーああ、死ななかった佐藤伸治(フィッシュマンズ)が、池永さんってことか。

池永:(笑)いやいや、そんなおこがましい! でもなんだかんだ言って生きてる人の方が強いと思いますよ。恥かこうがなんだろうが。それでもやっていく、続けていくほうがかっこいいと思います。

ーーそう感じるようになったきっかけは何かあるんですか。

池永:ああ、俺は結婚したのがでかいかも。インタビューで言うことじゃないかもしれないけど(笑)。ひとりやったら別にねえ…今は絶対に、死んでも「死にたい」なんて言えないですもん(笑)。

ーーお子さんもいらっしゃるんですか?

池永:います。そんな、「死にたい」なんて言ってるおとーちゃん、イヤじゃないですか(笑)。絶対に言えない。それが大きいかもしれないですね。なんとしてもやっていこう、と思えたのかもしれない。

ーーでもそれって、人間の成長過程として、ごく当たり前というか。

池永:ですよね。俺『マッドマックス 怒りのデスロード』を見て、あれを70歳のじーちゃんが撮ってるってすげえ!と思ったんですよ(笑)。あの棒高跳び攻撃を70歳のじいさんが撮っている。あれはしびれました。俺はまだまだやなって。それを思えば40歳ぐらいでひーひー愚痴こぼしてるようじゃあかんなと。METAFIVEなんかもね、高橋幸宏さんって60歳越えてますよね。なのにあんなに面白い音楽をやっている。俺も「空虚」がどうのとか言ってられへんわ、と。ちょうど(新作を)作ってる最中に(『マッドマックス』を)見たのかな。こじんまりまとまったものなんか作ったらあかん! って思った。それで最初は2枚組にしようかと思ったんですけど、さすがに長すぎるし、自分で聴いても飽きる(笑)。それで1枚ものになりました。

ーーそうして前向きでポジティヴな心境になって、こういうアルバムを作った。

池永:そうですね。今までで一番ポジティヴかもしれないです。うん、うん。

ーーキムさんの脱退は大きかったですか。

池永:思ったよりも全然大きかったです。リズムが変わると大きいですね。こんなに変わるんやって。いつのまにか<バンド>になってたんですね。それまではバンドという意識もなかった。もともと僕の宅録でスタートしてますからね。でもそれがいなくなって初めて気づいた。バンドやったんや!って。そこで初めてバンドってものを明確に意識するようになった。新しいドラムのGOTO君からジューク/フットワークって新しいリズムを教えてもらったり、新しいメンバーが入ると刺激がいっぱいあって、若返りましたね。

ーーそういう若い仲間から刺激をもらって前向きな気分になる。

池永:なりますよね! 人に喋ると楽になるじゃないですか、何も解決してなくても。なので話してるうちにプラスの方向になっていく。

ーーなるほど。『キオク』のリリースである種の達成感があり、メンバー・チェンジもあり、前向きな気分になれるような心の変化もあり、そういうことが重なって。

池永:重なりましたね。前向きにならな、ちょっと落ち込みそうだったというのもあるし。変わる時ってチャンスじゃないですか。変えれるチャンスなんですよ。ピンチがチャンスになる。前向きになったほうが絶対面白いものができる。これを機にもっと大きくしたろ! と思って。音楽的にも気持ち的にも動き的にも。「こんなもんだろう〜」という(諦めの)気持ちになってたとと思うんですよ。なのでもっと上を目指したい。

ーーもっと大きな会場でやりたいとか、もっと売りたいとか、そういうのも含めて。

池永:そうそう。もっと状況をよくしたい。オレらってどうせインストやしアングラ出身やし売れへんやろって、すねてたのかもしれへんなと(笑)。

ーー長いことやってると、自分はこんなもんだろうって諦めの線みたいなものを無意識にひいちゃうのかもしれないですね。

池永:そう。そう思った段階で、それまでなんですよ。叶わないにしても、もっと状況をよくしたいと思わないと、実現するはずないんで。すねてるヒマがあったら、希望を持ちたいなと。それが「明るくなりたい」とか「開けていきたい」ということなのかも。

ーーご家族の存在は大きいんでしょうね。

池永:かもしれないです。もう来年から小学生なんですけど、「やるぞ〜こんなところでしょぼくれとったらアカン」と思って(笑)。そういうダンスかもしれないです。ははは! どういうダンスや(笑)。でもそれって一番リアルな踊りじゃないですか。じゃがたらが言っていたのもそういうことですよね。

「歌もインストのひとつというか『ヴォーカルがある風景』になればいい」

ーーそういえば今作に寄せた池永さんのコメントに、じゃがたらのアルバム・タイトルを意識したような一文がありましたね(『君と踊りあかそう日の出を見るまで』。池永の文は「だから踊り続けよう。日の出を見るまで」)。

池永:(笑)はい。あの人らの言うことってすごいストレートじゃないでですか。「やれ!」とか一言だけ。あの感じってじゃがたらじゃなきゃ響かない。その深さは人間力やと思うし。それは今度一緒にやった曽我部(恵一)さんもそうやと思って。俺にない、強さがある。前に一緒にやった吉野さん(寿。イースタン・ユース)も強い人だし。

ーー今作の楽曲はいつごろからのものなんですか。

池永:メンバー変わってからのものです。1年前ぐらい。

ーー最近の曲ばかりということですね。

池永:そうです。バーッと短期間で集中的に作れた。メンバーも新しくなって、初期衝動的なところで作れた手応えがありましたね。楽曲の作り方は僕が全部骨格を作って、それをバンドに持ち込むやり方で、昔から変わってないんですけど、今回は打ち込みはほとんど使わず、ほぼ生ドラムでやってます。というのも、新しいドラマーは打ち込みのリズムが叩けるドラマーなんですよ。これ叩かれへんやろ、と思って打ち込んでも「あーむずいすねえ〜でも悔しいからやってみます!」って、そういうノリでやっちゃうんですよ。「すげえ、できるんだ!」って。

ーーよくドラマーの人が言うには、ドラムを叩かない人の作るドラムのパターンは、物理的に叩けないことが多いらしいですね。

池永:(笑)そう。でも最近は叩けるドラマーが出てきてるんです、若手で。世界的にそういうドラマーが増えてるんですよね。打ち込みは打ち込みの面白さがあると思ってたんですけど、それを生の感覚でやるとニュアンスが変わるんですよね。

ーーというと?

池永:人間のリズム感ですね。マシーンで人間のリズム感を打ち込んでも、やっぱりマシーンなんですよ。人間って同じリズムをキープできないんですよ。ただ曲のアレンジの流れって、人間が理解して起伏をつけていくと、頭が追いついてないところがあってもカラダが動いて、自分なりの感情がこもるわけですよ、人間のドラマーは。でもマシーンに感情はないすよ。感情があるかのように演出はできますけど、人間が叩くとエモーショナルになるんですよ、打ち込みと同じ譜割のリズムであっても。

ーー人間が叩くような揺れやグルーヴも打ち込みで再現できるって話もありますが、違いますか。

池永:違いますよ、たぶん。たとえば…言葉を3つ使って、「悲しい曲」とかキーワードを入れると勝手に曲を作れるソフトがあるらしいんですよ。でもそれでは感動できへんと僕は思う。僕が同じお題を与えられて曲を作っても、絶対に負けへん自信がある。

ーー負けると思ったら音楽家やめたほうがいいですよね(笑)。

池永:(笑)そう。それと同じですよ。打ち込みと人間が叩くドラムの違いってそれに近い気がします。もちろん僕は打ち込みで音楽を始めた人間ですから、打ち込みの面白さはわかってる。でも人間が叩くドラムのエモーショナルな強さにはかなわない。そこはGOTO君と一緒にやるようになって、すごくわかったんですよ。

ーー池永さんが作った打ち込みのリズムを、GOTOさんが叩くことで何倍も膨らませてくれる。それはまさにバンドならではの醍醐味ですね。

池永:そうそう。ベースもギターも鍵盤もテルミンも、全員膨らませてくれるんですよ。

ーー大抵のことは数値化できるけれども、数値化できないのは、アーティストがどうしてこの曲を作りたいと思ったのか、どうしてこの音を出そうと思ったのか、という一番元の部分だと思います。それで言えば、さきほどの池永さんの、空虚な気分がポジティヴに変わってきたという心の動きが、今作の発想の原動力になったのかなと。

池永:ああ! 繋がる感じはしますね。大事なのはコンピューターの1か0かではなく、その間の灰色の部分なんですよ。中途半端なグラデーションの部分。グラデーションも数値化できるのかもしれないけど、それが人間独特のものなのかなと。僕も白と黒の間で作ってる部分がすごく大きいんですよ。マジック・アワーっていうんですか、昼でも夜でもない夕方の感じ。飲み過ぎた明け方のマジック・アワーもヤバいんですけど(笑)。みんなで飲み終わって朝になりかけの、まだクルマの通りも少ない時間の、あの空虚な感じ…わかります?

ーー非常によくわかります(笑)。『キオク』では吉野さんときのこ帝国の佐藤さん(クガツハズカム)、今作では曽我部さん、詩人の和合亮一さんと、それぞれゲスト・ヴォーカルが参加しています。ヴォーカルを入れようと思ったきっかけは?

池永:イースタンと共演させてもらった時、この人(吉野)に歌ってもらいたい!と思ったから、ですよね。それまでもヴォーカルはちょっとは入ってたんですけど、インスト・バンドなのにヴォーカルがメインになるのはどうかと思ってたんです。でも歌もインストのひとつというか「ヴォーカルがある風景」になればいいな、それで成り立つ曲ならあら恋でやる意味があるかな、と。

ーーヴォーカルがある風景。

池永:あら恋は風景であって、その中で歌っていればちゃんとあら恋で成立するんじゃないかと吉野さんで思ったんです。

ーーあら恋というひとつの世界観があって、その中のパーツのひとつとしてヴォーカルがある。

池永:そうです。それなら物語が成立するなと。イースタンの言葉も風景が思い浮かぶじゃないですか。映画的な側面をすごく感じるんですよ。言葉やメロディがあるにも関わらず、インストっぽい風景の見え方が感じられる。吉野さんとどうしても一緒にやりたい!と思って。そして佐藤さんにもどうしても歌ってもらいたくてお願いしたら快諾してくれて。そこからタガが外れてきたっていうかね。

ーーなるほど。

池永:ずーっと暗い映画を撮ってた人が急にメジャーっぽい映画を撮ったら面白かったりするじゃないですか。だから、ずっとインストである必要はないんだなと。1枚の作品として考えたら、途中でヴォーカルや声が入るのは全然不自然じゃないし、むしろ入った方が面白い。

ーー映画のサントラを聴いていると、音楽とともに映画のセリフが入っていて、それがアクセントになり、すごく臨場感があって良かったり。そういう感覚ですか。

池永:そういう感覚です。僕は映画の現場でも仕事やらせてもらってるんですけど、音楽と映画って全然やり方が違うんですよ。音楽って瞬間の面白さなんだけど、映画は物語だから、シーンとシーンの繋ぎ目にすごく時間かけるんです。繋ぎ方次第で次のシーンの印象がガラッと変わる。それをめっちゃ時間かけてやってる。そういう曲の作り方をしたら映画的な物語になるんじゃないか、ってことで、今回すごく影響を受けてるんです。だからヴォーカルを一枚のアルバムの中のどこのシーンで入れればいいのか、どのタイミングでこの響きを入れれば、自分の言いたいことが一番ちゃんと伝わるのか。そういうことを考えるようになりました。

ーーヴォーカリストとの具体的な作業はどういうものだったんですか。

池永:ほとんど完パケに近い状態のものを聴いていただいて、(歌詞を)書いていただきました。こういう感じでこういう曲を作りたいんです、というものが音としてしっかり聴ければ、自由に膨らませていけるので。一番最初のたたき台はしっかり作っておかないと。それは歌の入らない曲でも同じですけど。

ーー歌詞のテーマのようなものはお話しされたんですか。

池永:細かいところまでは言わないです。基本、お任せで。曲のテーマみたいなものは言いました。曽我部さんの「gone」は、「行っちゃった別れの曲です」ということだけ伝えて、自由に書いてもらいました。和合亮一さんとはDOMMUNEで一回、即興でやらせていただいたんですよ。なのでその感じでやらせてもらいました。福島までうかがって。即興で、4、5時間ずーっと録音してましたね。

ーートラックを流しながら思いつく言葉を発して、それを片っ端から録る。

池永:それをあとで僕が編集するという形です。

ーー言葉の取捨選択や流れ、順番などは池永さんの裁量で。

池永:任せていただきましたね。

ーー言葉のインパクトが強烈です。

池永:そうですね。熱量のこもった感じで叫ぶ場面が多かったんですけど、僕もはじめはそのイメージで考えていたのですが、言葉ってやっぱり強いんですよね。強い言葉を強く言うと、バックのノイズと当たっちゃうんですよ。なので、もう少し優しく落ち着いた感じで強い言葉を一言一言発してもらったら、うまくはまったんです。ライヴだとエモーショナルにやった方がうまくいくと思うんですけど、音源とライブは根本的にやっぱり違うんですね。

「最近すべてが『After』な感じがする」

ーーインストは解釈の幅を許容するところがありますよね。どう聴いてもらっても構わない、という。でもそこに言葉が乗ることで、それをある種狭めることになりませんか。

池永:ほんまそう思ってたんですよ、やる前は(笑)。でも入れ方次第なんですよ。どのポイントでどう入れるか。言葉は強いけど、でもそんなに狭まらなかったと思いますよ。言葉に支配されたという感じはなくて、案外大丈夫だなと思いました。

ーー曽我部さんの歌詞も和合さんの言葉も、はっきりとしたメッセージや強いイメージがあるわけじゃなくて、多様な解釈を受け入れるような内容でしたからね。

池永:うん、それは僕もすごい思いました。そういう方だからこそ一緒にやれたというのもあるだろうし。

ーーアルバムは2部構成になってますね。「After dance-SIDE」と「Before sunrise-SIDE」。これはどういう意図が?

池永:「After Dance」って「踊りのあと」ってことですよね。なんかね、最近すべてが「After」な感じがするんですよ。「楽しい時代は終わった」というか。やはり「震災以降」が「After」かな。あれからすべてのものがガラッと変わった感じがする。ポジティヴな「Before」感ってあまり感じられないんですよ、今の日本で生活していると。

ーーすべてが終わってしまって、先行きの見通しも見えない感じがある。

池永:終わって、しわ寄せがいよいよ来たぞ、みたいな。どうすんねんオリンピック、という。

ーーなるほど。

池永:でもそこで暗くなったらいかん。浮かれてた時代が終わり「After」になったのは、やはり3.11が境目だと思うんですよ。今は祭りのあと、夜明け前のマジック・アワーで、そこからSunrise=朝焼けを見たいんですよ。マジック・アワーの人通りのない道の先には、きっと朝焼けがあると思う。だからそっちに向かって歩んでいこうよ、ステップ踏んで、踊りながら行けば楽しいじゃん、ていう。楽しみながら一歩一歩歩いていったほうがいいですよ絶対。そこで立ち止まって後ろを振り向いて「ああ昔は楽しかったなあ」じゃダメなんですよ。前を向いてステップ踏んで歩いていこうよ、という。

ーーわかります。これはあら恋の新局面という感じの作品ですね。

池永:そう思います。新局面ですね! 僕の中では最高傑作ですよマジで。前のもいいですけど、今回が最高傑作です。それは言い切れます、ほんま。今貶されても、たぶんあんま折れないです(笑)。

(取材・文=小野島 大)

20160308-arakoi3.jpg『After dance / Before sunrise』20160308-arakoi4.jpg『gone feat.曽我部 恵一』(7インチシングル)

■リリース情報
『After dance / Before sunrise』
発売:3月9日(水)
価格:¥2,600(税込)

<収録内容>
・After dance-SIDE
01.after dance
02.blast
03.rise
04.焦点 feat.和合亮一
05.gone feat.曽我部恵一
06.風花

・Before sunrise-SIDE
07.before sunrise
08.view
09.high
10.void
11.波 feat.ハチスノイト
12.月下

『gone feat.曽我部 恵一』(7インチシングル)
発売:4月13日(水)
価格:¥1,500+税

<収録内容>
A.gone feat.曽我部 恵一
B.風花

※どちらもアルバム『After dance/Before sunrise』に収録されたバージョンとは異なる7”Version、45RPMで収録。
※本商品は4月8,9日の「”Dubbing09” After dance / Before sunrise Release TOUR 2016」ライブ会場で先行販売開始。

■ライブ情報
『— [ After dance / Before sunrise ] Release TOUR 2016 —-“Dubbing 09″』

3月18日(金) 名古屋APOLLO BASE
open 19:00 start 19:30 advance ¥3,000
info:JAILHOUSE 052-936-6041 jailhouse.jp

4月8日(金 )大阪CONPASS
open 18:30 start 19:00 advance ¥3,000
info:YUMEBANCHI 06-6341-3525 yumebanchi.jp

4月9日(土) 東京WWW
ゲスト(東京): 曽我部恵一、和合亮一 映像(東京)
VJ:rokapenisとmitchel
open 18:15 start 19:00 advance ¥3,500 / ぴあ(286-869)、ローソン(70957)、e+、GAN-BAN(店頭販売のみ)
info:HOT STUFF PROMOTION 03-5720-9999 doobie-web.com

アプリで読む