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山本益博の ずばり、この落語!

第二回「柳家権太楼」平成の落語家ライブ、昭和の落語家アーカイブ

毎月連載

第2回

 柳家権太楼は1947年(昭和22年)1月東京生まれだから、48年4月生まれの私とは同世代の落語家である。70年に柳家つばめに入門し、前座名ほたる。74年に師匠のつばめが亡くなった後、柳家小さん門下に移り、75年二つ目となって、さん光。82年9月、三代目柳家権太楼を襲名し、真打に昇進した。

 私が頻繁に寄席に通いだしたのは、1970年代後半で、朝日新聞夕刊に「寄席だより」を連載するようになり、上野・鈴本、新宿・末広亭に出かけては、開口一番の前座から聞いていた。したがって、「ほたる」時代は知らないが、二つ目「さん光」の高座は聞き覚えがあった。
 ただし、80年代に入ると、情熱の対象が落語からフランス料理に移ってしまい、80年代半ばからは寄席どころか、落語そのものから遠ざかってしまった。したがって、真打の権太楼の高座は聞いてはいるが、記憶に残る程度だった。
 それから幾星霜。2013年7月、新装なった「東横落語会」の第2回で、権太楼の『唐茄子屋政談』を聴き、久しぶりに魂を奪われるほどの名演に痺れた。250席の客席が水を打ったように静まり返り、高座と客席が一体となった一席となった。

喝采を浴びながら高座を下りる権太楼師匠

 『唐茄子屋政談』は吉原通いが過ぎて、親から勘当になった徳三郎が、隅田川に身投げをしようとした際に、叔父に助けられ、翌日から天秤棒を担いで、唐茄子売りにでる。真夏の炎天下、重たい唐茄子を担いでいた徳三郎は、大通りの真ん中で倒れてしまう。そこへおせっかいな江戸っ子が通りかかり、売れなかった唐茄子を通行人にほとんど売りさばいてみせるのだった。
 わずかに残った唐茄子を売ろうと、裏長屋へ入ると、ひもじい親子に出会い、唐茄子ばかりか売り上げたお金まで上げてしまう。帰って、叔父さんにその一部始終を話すと、すぐに長屋へ駆けつけ、自死寸前だった親子を助け、売上金を取り上げた無慈悲な家主をお白洲に訴え出て、貧しい親子を救うという長編の人情噺。

 遊び呆けた若旦那が、勘当されたのち、金も友達もすべてを失った末、人生に絶望したときに、身内に助けられる。そして、唐茄子を売りに出て、人の情けを知り、今度は人助けをして、労働の喜びを初めて味わう。『唐茄子屋政談』は優れた江戸の教育落語である。登場人物が数えきれないほど多く、これらの人物を描き分けるのは一筋縄ではゆかない。しかも、酸いも甘いも噛み分けた叔父さんが、年輪を加えた落語家でないととても難しい。
 60代半ばの権太楼にして、ようやく演じられる人情噺と言ってよいだろう。それまで、爆笑落語で売っていた権太楼のもう一つの顔を知って、これからは権太楼の高座は逃すまいと心に誓ったほどである。

権太楼師匠(右)と山本益博さん(左)対談の様子(2016年夏、赤坂の料亭での落語会にて)

 2013年と言えば、私が自分で落語会を開こうと腐心していた時で、その落語会の芯になる落語家三人を探している時でもあった。その一人として、いや、私の落語会を背負ってくれる落語家として柳家権太楼に白羽の矢を立てた瞬間でもあった。

 いまや、日本橋の三井ホールで年4回開いている「COREDO落語会」では、なくてはならぬ存在となっている。この「COREDO落語会」でも、当然『唐茄子屋政談』を高座にかけていただいた。そのほかには、『富久』『芝浜』『鰻の幇間』『心眼』はじめ、人情噺では大作の『百年目』を演じていただき、喝采を浴びている。もちろん、看板の爆笑落語でも、『くしゃみ講釈』『不動坊火焔』は忘れることができない名高座だった。出演回数は最多で、いまや「COREDO落語会」の大黒柱。
 60代で患ったがんを克服し、70代になった今、柳家権太楼の高座は成熟して、すでに「名人」の域に達していると言ってよい。「COREDO落語会」では、トリをとる日でも、早くに楽屋入りし、高座の袖から、桃月庵白酒、春風亭一之輔ら若手の高座をしっかりと見つめている。この姿がある限り、まだまだ権太楼落語は進化を遂げるのではなかろうか。

豆知識 「めくり」

(イラストレーション:高松啓二)

 高座の横に立てかけられた木札に、落語家はじめ寄席の出演者の名前を書いた紙が下がる、これを「めくり」と呼ぶ。その字体、江戸時代から始まった特殊な文字が、その書体によって、歌舞伎文字、相撲文字、寄席文字などに分かれ、現在に至っている「歌舞伎文字」は通称、勘亭流、「寄席文字」は橘流と言われ、昭和になって橘右近が創始者となった。それぞれ文字に特徴があるが、橘流の「寄席文字」は客が寄席の客席をいっぱいに埋めるようにと、隙間のないような字体で書かれているのが特徴。

作品紹介

『落語家魂!爆笑派・柳家権太楼の了見』

柳家権太楼著 長井好弘編
中央公論新社刊 1836円 2018年5月9日発売

プロフィール

山本益博(やまもと・ますひろ)

 1948年、東京都生まれ。落語評論家、料理評論家。早稲田大学第ニ文学部卒業。卒論『桂文楽の世界』がそのまま出版され、評論家としての仕事がスタート。近著に『立川談志を聴け』(小学館刊)、『東京とんかつ会議』(ぴあ刊)など。

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