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関取花「今をください」で伝える“確かな一瞬”を見逃さない大切さ 喜怒哀楽を素直に表現する“陽だまりのような歌”の魅力

リアルサウンド

20/9/4(金) 12:00

 あなたは関取花というシンガーソングライターとどのように出会っただろうか。長く応援してきたファンであれば、2009年の「閃光ライオット」で審査員特別賞に輝き、翌年初CD『THE』をリリースしたときから注目していたかもしれない。あるいは『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)など多くのテレビ番組で紹介された2016年頃に知ったかもしれないし、2019年のメジャーデビューを機に彼女の音楽に触れた方も多くいることだろう。振り返ってみれば、それら一つ一つがキャリアの大きな節目であったとともに、その都度彼女は自身に付随するイメージや、何を歌うべきかといったことと葛藤してきたように思う。しかし、関取花はそうした一瞬一瞬を伸びやかな歌で彩り、ワンマンライブの温かい空間を大切にしながら、着実に表現の幅を広げ続けてきたのである。

 関取のインタビューを読んでいて面白いと感じることの一つは、彼女のルーツの多くが海外の音楽であること。それもそのはず、関取は横浜で生まれ、幼少期をドイツで過ごしているのだ。キャロル・キングやジュディ・シルなど70年代の女性シンガーソングライターに多大な影響を受けたと語っているほか、ドイツのオクトーバーフェストで民族衣装や伝統音楽に数多く触れてきたなかで、自然とアコースティックな音楽を好きになっていったという(参照:朝日新聞DIGITAL)。ビールについて溌剌と歌った「黄金の海で逢えたなら」が生み出されたのは、必然の出来事だったと言えるかもしれない。

関取花「黄金の海で逢えたなら」

 そんな生い立ちとルーツ以上に、彼女の楽曲はもっと興味深い。めんどくさくてついついゴロゴロして過ごしてしまう「また今日もダメでした」、子供に伝えたいことを並べながらも自分に言い聞かせるように歌う「もしも僕に」、家を飛び出た日の家族について歌った「むすめ」、〈母親が寝ているうちに/金を盗んでいた〉という独白から始まる「平凡な毎日」、駅前でイチャつくカップルを見ながら〈悔しくない〉と歌う「べつに」、陽の光が希望のように降り注ぐ爽やかな「朝」など。代表曲をいくつか並べてみたが、関取花の音楽はシンプルな応援歌でもなければ、空想の物語というわけでもない。彼女が抱える“喜怒哀楽の表出そのもの”だと思う。すなわち、クールに着飾ることのない素直な表現であり、生きている中でごく自然に抽出された言葉たちである。人は歓喜した翌日に後悔もするし、満足した直後に他人を羨んだりもするだろう。難解なフレーズを一切使うことなくオリジナリティを確立しているのは、そうやって自身の身に起きた出来事を高い純度で音楽に落とし込めているからだ。

関取花 もしも僕に
関取花 べつに
関取花「むすめ」

 だから楽曲を聴くことで、我々は彼女の人となりを知ることができる。悲観的なわけではないけれど根っからポジティブなわけでもなく、家族との間に起きた苦しみや痛みを思い返したり、自分自身の進むべき道に迷ったりしながら、それでもいつか満開の花が咲く瞬間を信じて歌うーー楽曲を聴いていると、そんな関取の人間像が思い浮かんでくる。〈がんじがらめの花束よりも美しくなるの〉(「すずらん行進曲」)、〈こんなこともあったって/少しずつ話せる日が来るものさ〉(「平凡な毎日」)、〈どんな私にだって 生まれ変われそうで〉(「朝」)など、後悔や寂しさを滲ませながらも、「腹の底から笑える日がやってくるはずだ」という一抹の願いが込められている。インタビューで本人も「私には何もないっていうのが根底にあって、『でも』っていうのを歌でなんとか外に出して自分に言い聞かせている感じですね」(引用:『MUSICA』2017年3月号)と語っており、ネガティブな感情やコンプレックスを暗闇から掬い上げるように、伸びやかな声で歌うのが関取花の音楽なのだ。

関取花「すずらん行進曲」

 さらに、関取自身の持つ“ユニークなキャラクター”も魅力の一つ。ライブでのMCはもちろん、バラエティ番組やラジオを通して、見る者を和ませ笑わせるトークは人気を支える大きな要因であろう。ワンマンライブに行けば音楽と同じくらい彼女のトークを楽しむことができ、毎年末に行っている横浜にぎわい座でのライブはその真骨頂だ。

 テレビやラジオへの出演について「それもこれも音楽を聴いてもらうためのきっかけになればと思ってやってることなので」(参照:音楽ナタリー)と語っていたり、ライブのMCについて「ワンマンだとすごくしゃべるんですけど、それは、フロントマンは曲がいいだけじゃなく、人柄に興味を持ってもらえないと長続きしないと思ってるからで。人柄をわかってもらえれば、『朝』の次に『めんどくさいのうた』を歌っても受け入れてもらえると思うんですよね。規模感が大きくなっても、距離感は変わらないように……と意識はしています」(参照:音楽ナタリー)と語っているように、彼女はいつだってシンガーソングライターとして、自身の音楽の間口と可能性を広げるために活動している。いわばトークは楽曲を深く味わうための“導入”であり、そうやって音楽を第一に考える姿勢が伝わってくるからこそ、我々は関取の話に耳を傾けたくなるのだ。落語や漫才の会場であるにぎわい座でのライブにこだわっているのも、「話」と「音楽」が表裏一体であることを関取自身が強く実感しているからだろう。

関取花 朝

 そんな関取は、以前から『NHK紅白歌合戦』に出ることを目標の一つに掲げている。そして多くのリスナーに届く強固なポップソングでありたいという想いが、より顕著に表れ始めたのがメジャーデビュー以降だ。メジャー1stミニアルバム『逆上がりの向こうがわ』では、リード曲「太陽の君に」のプロデューサーに亀田誠治を迎え、ストリングスとピアノによって関取花史上もっとも華やかな楽曲に仕上がった。開けた印象になった同作への意気込みは、「『どうせだったら全曲、胸を張れる推し曲で固めよう』と思ったんです」(参照:音楽ナタリー)とインタビューでも語られている通りである。

関取花 太陽の君に

 しかし、そうして楽曲がリーチする層が広くなった分、小さな感情の変化や素直な自分の置きどころに悩み、葛藤する瞬間もあったという。すでにインディーズで10年近いキャリアを重ねてきた関取にとって、メジャー2作目というのは確かに難しい課題だっただろう。そんな中、今年の春にリリースされたミニアルバムが『きっと私を待っている』だった。

 「(『逆上がりの向こうがわ』は)みんなに好かれるような曲を作ることを意識しすぎて、自分を置いてきぼりにしちゃってたというか。それに気付いて沈んだときに、どういう状態で売れたら自分も周りもハッピーになれるのか……と考えるようになって、そこからだいぶ気が楽になったんです」(参照:音楽ナタリー)と語られている通り、『きっと私を待っている』は肩の力がスッと抜けた、風通しの良い6曲が並ぶ作品となった。あえて明確な答えやオチを用意することなく、日常の何気ない一瞬にフォーカスし、迷いや曖昧ささえもそのまま音楽にしていくことで、小さな感情の移ろいを見逃さない。関取の観察眼が新しい形で花開いた作品だったと思うし、〈風に身を預けて/新しい未来を 探しに出かけよう〉(「はじまりの時」)と素直に歌えたのは大きな変化だったのではないだろうか。

関取花「はじまりの時」

 そして、本日9月4日に配信リリースされた新曲が「今をください」である。主題歌となった『アンサング・シンデレラ ANOTHER STORY ~新人薬剤師 相原くるみ~』(FOD)は、放送中の『アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋』(フジテレビ系)のスピンオフドラマであり、関取が実際に脚本を読みながら曲を書き下ろしていったのだという。ドラマは、総合病院で働く薬剤師が一人一人の患者と真摯に向き合い、時には壁に直面しながらも、絆を結んでたくましく成長していく物語である。病院の中の時間は時にゆっくりと、時に忙しなくも感じられ、特異な時間軸の中で外の世界と繋がれるのは、病室の窓から見える風景くらいなもの。楽曲の中で歌われる〈ただ黙って空仰いだ 揺れるガラスの瞳に/ああ 忘れないように焼き付けた〉には、そんな病室から見える風景と、目の前にある確かな一瞬だけは見逃さないようにしようという、生きる想いの強さが表れているように感じた。

 さらに続けて、〈奇跡なんて嘘っぽくて あんまり好きじゃないけど/あの時だけわたし 願ったの〉と歌われるが、これは『きっと私を待っている』を作れたからこそ歌えた言葉だろう。曖昧で不確かだとしても、それが自分の感情を揺さぶるものであるならば、積極的に歌にしていこうというのが今の関取のモード。過去を背負い、時に過去に縛られるようにして歌ってきた関取が、奇跡や未来について堂々と歌えるようになったこと自体が、歩んできたキャリアの賜物であると思うのだ。

関取 花「今をください」(アンサング・シンデレラ ANOTHER STORY ~新人薬剤師 相原くるみ~ 主題歌)

 昨今のコロナ禍の影響もあって、我々の生活もますます行く先が分からない状態が続く。しかし、だからこそ自分の中にある正直な想い、ささやかな〈今〉の感情だけは忘れてはならない。そして、人生にはいつか大輪の花が咲くはずだと信じる気持ちを忘れてはならない。「今をください」は多くの人に届きうるドラマ主題歌というだけではなく、「過去を背負いつつも、未来に目を向けられるようになったからこそ今がある」という、関取が歌ってきた軌跡がギュッと凝縮された楽曲なのである。

 迷いも決意も自分の一部として歌い、まだ見ぬ明日へ進んでいくシンガーソングライター、関取花。これから彼女の音楽は何色の花を咲かせるのだろうか。まずは「今をください」をじっくり聴きながら、楽しみに待つことにしよう。

■リリース情報
関取花「今をください」
2020年9月4日(金)配信リリース
『アンサング・シンデレラ ANOTHER STORY ~新人薬剤師 相原くるみ~』(FOD)主題歌
ストリーミング・ダウンロードはこちら

■関連リンク
関取花 オフィシャルHP
関取花 オフィシャルTwitter

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