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J-POPのグローバル化に必要なもの 『K-POP 新感覚のメディア』著者 金成玟氏に聞く

リアルサウンド

18/12/14(金) 15:00

 『K-POP 新感覚のメディア』(岩波新書)の著者である金成玟氏へのインタビュー後編。前編(リアルサウンド テック【BTS、BLACKPINK……K-POPはテクノロジーをどう活用してきた? 気鋭のメディア研究者、金成玟氏に聞く】)では、K-POPがグローバルに発展する上で、新しいテクノロジーがどのように活用されてきたのかを聞いた。後編では、さらに日韓の音楽的な背景の違いを掘り下げつつ、今後J-POPがグローバル化を目指すとしたら、どんな点に留意すべきなのか、そのヒントを伺った。(編集部)

■多国籍グループの強みは、チームに多様性が生まれること

ーーK-POPが世界的に大きく注目されている今、本書『K-POP 新感覚のメディア』は、その理解を深めるための様々な視座を与えてくれる一冊です。改めて本書を著すことになったきっかけを教えてください。

金:日本で長らくメディア文化を研究する中で、日本におけるK-POPのあり方、あるいは日本からのK-POPに対する問いかけがあるのではないかと考え始めたのがきっかけです。というのも、K-POPは2017年から再び日本でブームになりましたが、そのブームは韓国ドラマ『冬のソナタ』を中心とする「第一次韓流ブーム」(2004年~)や、その後に続く東方神起や少女時代が活躍した「第二次韓流ブーム」(2010年~)とは異なる流れにあると考えたからです。その問いに答えるためのフレームとして、K-POPのグローバル化と、日本社会から見たK-POPという二つの軸を考えました。そしてもう一つ、K-POPを巡る議論の多くは、音楽やミュージシャンに対するものか、あるいは産業的/社会的な意味合いを強調するものかのどちらかに偏っていたため、そうではなく、歴史的な文脈から全体のメカニズムを捉えるきっかけとなる本にしたいという狙いがありました。

ーー本書では、昨今のK-POPのブームはグローバルな現象であるとともに、その現象は日本との関係性なしには捉えられないものだとして、様々な角度から具体的に検証しています。日本型アイドルからの影響や、J-POPの相対概念としてのK-POP、あるいは日韓の音楽空間についてなど、視点を交差させることで、K-POPを立体的に浮かび上がらせようとしているところが興味深かったです。

金:K-POPを巡る議論は色々とありますが、その一つひとつを取り上げて批判するのではなく、多様な視座を提供したいというのは、本書を執筆する上で意識したところです。K-POPは単に音楽文化として理解しようとしても、捉えきれない部分があります。例えばファンダムのあり方ひとつ取っても、そこにはアーティストとファンたちの間に独特のコミュニケーションが発生していて、K-POPにはメディア文化的な側面も強くあることが見えてきます。特に本書でも掘り下げて解説している「K」の感覚ーーK-POPならではのセンスーーを保ちつつも、J-POPやブラックミュージックから多大な影響を受けていることも含めて、K-POPには常に媒介するメディアとしての性格があり、それこそが大きな特徴です。グローバルに発展していった経緯を理解するにあたって、このメディアとしての性格は見逃せないポイントです。

ーー前回のインタビューでは、そうしたメディアとしての性格によって世界中にファンダムが形成されたことについてもお話していました。昨今、人気のTWICEやBLACKPINKは、多国籍のメンバーが所属していることでも知られていますが、それもまたグローバルな支持を得ている要因のひとつでしょうか?

金:多国籍グループの強みとして、まず挙げられるのは、チームに多様性が生まれることだと思います。アメリカ生まれのアメリカ人と、韓国生まれの韓国人では、当然ながら感覚が違うわけで、それがうまく融合すれば、どちらの良さも兼ね揃えたハイブリッドで新しいセンスのグループになる可能性はあるでしょう。ただ、それが海外マーケットに進出する上でのメリットになるかというと、そう単純ではないように思います。もちろん、TWICEにサナやモモのような日本人メンバーがいることで、日本の方が親しみを覚えやすくなることはあります。しかし、事務所の移籍問題などが起こった時には、国によって異なる芸能システムによる軋轢に巻き込まれる可能性もあり、そこは大きなリスクだとも考えています。また、BIGBANGとかBTS (防弾少年団)のように、多国籍ではないグループがグローバルな成功を収めていることからも、多国籍であることが必ずしもK-POPが世界のマーケットに受け入れられる要因ではないのかなと。「多国籍メンバー」が試みるのが国籍の境界を超える(トランスナショナル)ことなら、結局大事なのはメンバーたちのパスポートの色ではなく、「トランスナショナルな感覚」そのものですからね。

J-POPはそもそもグローバル化を志向する必要がなかった
ーー多国籍はグループの魅力のひとつにはなるものの、グローバルに展開するための必要条件ではないということですね。では、逆にJ-POPがグローバルに展開していかないのは、どんな理由からだと考えていますか?

金:まず、J-POPはそもそもグローバル化を志向する必要がなかったというのは、これまでも様々なところで指摘されてきた通りだと思います。日本の音楽業界は世界的に見てもトップレベルの市場規模を持っていて、今なおファンがCDを購入してアーティストを支持するという文化があり、それによって他の国には見られないような多様なアーティストが存在しています。世界中でヒップホップが主流のポップミュージックとなっている中で、これだけロックバンドが盛んな国はありませんし、その意味で日本の音楽シーンにとってグローバル化することがそもそもどういう意味をもつのかをまず考えてみる必要があると思います。グローバル化を進めるというのは、体質そのものを変えることでもあるので。

ーーJ-POPは、アイドルカルチャーやバンドカルチャーに顕著なように、アーティストが成り上がっていく過程の物語に対して、ファンが価値を見出しているようなところがあり、そこも特殊だと感じています。だからこそ、どのアーティストがどんな心情でその楽曲を作ったかなどに注目が集まりがちなのかなと。グローバルな音楽シーンの潮流とは別の文脈があって、それが海外の方にはわかりにくいように感じますが、金さんはどのように考えていますか。

金:そうですね。もちろんK-POPにも特有の文脈はありますが、それ以上にK-POPが現在のグローバルな音楽シーンが求めている“ポップ”と合致している部分があると思います。新しいテクノロジーやグローバルなメディア文化との相性や、様々な要素がミックスされた音楽性などを含めて、昨今の時流に適ったものになっている。K-POPにとってもっとも重要とされるのは、特定の国家や地域に限定されない「いまここのポップ」としてあり続けることですから。

 一方で、J-POPが志向する“ポップ”は、グローバルのそれとは異なるかもしれないけれど、おっしゃるように日本の文脈の中でアーティストをある物語の語り部と捉えたり、あるいは共感を重視することによって、ファンとの間に密接な関係性を築き上げ、長きに渡って活躍し続けることですよね。例えばですが、Mr.Childrenのような確実なポジションや音楽性を確立しているバンドに対して、誰もいま流行するEDMに転向してほしいとは思わないはず。ファンが一番に求めるものは、ずっとMr.Childrenとして活動し続けてほしいということですよね。そのためには、安定した世界の維持が求められる。それは今、K-POPが求められていることとは明らかに違うところだと思います。単純にどちらが良くて、どちらが悪いとは言えない音楽空間そのものの体質の違いがあると。

ーー最近、引退した安室奈美恵さんも、本格的なR&B路線に転身したこともありましたが、結局は最後までJ-POPの枠組みの中で、ファンに求められる安室奈美恵像を更新し続けたように思います。

金:2000年代頃は、J-POPの大物アーティストが全米進出を試みるケースもいくつか見られましたが、結局はみんなJ-POPシーンに戻っていますよね。おそらく、日本と欧米では根本的に求められるポップさが異なっているのかなと。K-POPの場合は、その性格から海外のポップの潮流と一緒に動いているところがあるので、その分、受け入れられやすかった部分もあると思います。日本のメインストリームのアーティストは、良くも悪くもテレビ的というか、音楽はもちろん、ドラマや映画、CMに至るまで、テレビを中心に動いていて、そこに多額の費用が発生しています。だからこそ、マネジメントもそういう風に動くし、求められるコミュニケーションもマスメディア的で、わかりやすい物語や共感が必要とされる。韓国はもっとインターネットを軸とした文化になっていて、時にはマネジメントを通さない、直接的なコミュニケーションも行われます。それがうまくいき、アーティスト自身に説得力と発信力が備われば、G-DRAGONのようにファッション界などからも注目されるポップの先端をリードするスターが生まれる可能性もあります。

■日本のサウンドメイキングは大きな武器

ーーたしかに、日本の有名なアーティストの多くがテレビ的というのは、的を射ているように思います。アイドルカルチャー自体がテレビから生まれたものですし。

金:社会におけるマスメディアの位置付けが、そもそも韓国と日本では違いますしね。韓国の場合はジャーナリズムにせよ、テレビにせよ、文化の中心にあるわけではなくて、どれもがその一部でしかない。だからこそ、メディア環境が変わるとあらゆるものがガラリと変わっていくし、K-POPのあり方も変わっていきます。現在のK-POPのムーブメントについて考えるとき、「第一次韓流ブーム」の延長として捉えると理解しがたいのはそこで、なぜかというと「第一次韓流ブーム」はあくまでもテレビドラマの流行に端を発したものだったからです。一方で、現在のブームはインターネットを活用したファンダムをベースに起こった。そのために、しばらく日本のテレビでK-POPが扱われていなかったのに、2017年頃から急に流行したかのように見えたのもそうです。言い換えると、テレビを中心としたJ-POPの枠組みの中では、捉えられないムーブメントだった。

ーー本書の中では、K-POPがJ-POPから多くのことを吸収してきた歴史についても、詳細に書かれています。金さんご自身、J-POPも多く聴いてきたと思いますが、今後は日本の音楽にどんなことを期待していますか。

金:日本には、ヤマハやローランドといった楽器メーカーがあり、80年代はそれこそ世界のポップなサウンドをリードしていました。今もなお、J-POPならではの繊細なバランスと厚みのある音作りは、実は先端的で、個人的に大きな魅力だと感じているので、そうした特性を活かしてほしいとは思います。実際、日本のシティポップを韓国のアーティストが再解釈するようなケースも増えています。また、KOHHのように海外でも受けるラッパーが出てきているのも興味深いです。彼が持つグローバルなシーンに対する欲望は、K-POPシーンのラッパーとも通じるところがある。その意味で日韓の音楽空間はどんどんフラットになりつつあると思います。特にブラックミュージック界隈のシーンは、今後はアジア全体でお互いに意識して刺激しあっていくようになると思うので、その中で新しいコラボレーションが生まれて、結果を出していくところが見てみたいですね。例えば、日本のテクノロジーによって生まれた新しいサウンドやビートを、韓国のアーティストが活用して新しい音楽を表現するのも、立派なコラボレーションだと思います。人と人の繋がりだけではなく、いろんなレベルでの融合が起こると面白いのでは。

ーーサウンド面でのコラボレーションにも期待したいと。

金:K-POPはアメリカのブラックミュージックだけではなく、J-POPのサウンドからも大きな影響を受けていて、今後もそれは続くと思います。日本のテレビ的な文化の中では、J-POPのサウンドのクオリティの高さはあまり感じられないのかもしれないけれど、アジアのミュージシャンはみんな日本のサウンドに注目しているはず。極限まで繊細にバランスを整えたサウンドは、日本の職人文化の為せる業です。ポップというのは常に変化するものなので、今後どう転ぶかはわからないですが、少なくともそうした日本のサウンドメイキングは今後も変わらず大きな武器になっていくと思います。
(取材・文=松田広宣)

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