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和田彩花の「アートに夢中!」

伊庭靖子展 まなざしのあわい

毎月連載

第24回

今回紹介するのは、東京都美術館で開催中の『伊庭靖子展 まなざしのあわい』(10/9(水)まで)。画家の眼とモティーフのあわいにある世界に魅せられ、触れたくなるようなモティーフの質感やそれがまとう光を描くことで、その景色を表現し続けてきた伊庭靖子。自ら撮影した写真をもとに制作するスタイルは当初より変わらないが、近年、それまで接近していたモティーフとの距離が少しずつ広がってきた。空間や風景といったものへの関心が高まり、まわりの風景が広がることで、伊庭の絵画は新たな展開を見せている。そんな伊庭の、東京都美術館で撮影した写真をもとにした絵画をはじめ、版画、さらに新たな試みとして制作された映像作品を紹介する同展。和田さんはその眼にどんな「あわい」を見たのか。

スーパーリアリズムとの違い

美術館に行くと、好きな絵、興味のある絵、興味のない絵……いろんな作品と出会うと思います。時には全然関心が向かなくて、ちょっとつまらなく感じる時もあったりしますよね。今回の展覧会は、そんなつまらないなって思う時間がなく、最初から最後まで、楽しみながら見ることのできた展覧会でした。

最初に会場で伊庭さんの作品に触れたのは、クッションの作品たちです。会場に入ってエスカレーターを降りたすぐの壁に、たくさんのクッションの絵が飾られていました。質感や折り目の微妙な凹凸などがとてもリアルに表されていて、絵画というよりも、写真? スーパーリアリズムの系統にある人? と思ったのが第一印象です。

『伊庭靖子展 まなざしのあわい』展示風景

でも作品を見ていくにつれて、ただのスーパーリアリズムではないということに気付かされていくんです。それが伊庭さんの言う「あわい」が作品の中に生まれ出たからなのでしょうか。

柔らかいものから硬いものへ

伊庭さんの作品を制作年順に見ていくと、モチーフがどんどんと変わっていくことに気付きます。

最初はクッションという柔らかい素材。質感にも、刺繍の再現度にもとてもこだわっているのがわかります。しかもどの作品も、画面いっぱいにクッションがアップで描かれています。それがどんどんと目線が、接近から広い視野へと、柔らかいものから硬いものへと変わっていきます。伊庭さんの興味は、硬い陶磁器、そして目に見えない空気というものに移っていくのが、作品から見て取れます。

『伊庭靖子展 まなざしのあわい』展示風景

古来からたくさんの画家たちが、陶磁器やガラスなどの質感というものを描いてきました。特に光に反射する物体のリアルさを求めて、競って描かれてきたモチーフです。でも伊庭さんの陶磁器を描いた作品では、そういった写真的なリアルさを全面的に出してこなくなってくるんです。とってもリアルなのに、クッションを描いた時みたいな、スーパーリアリズム的な手法は追い求めていない。だからなんだかとっても不思議なんです。

何が不思議なんだろうと考えていたんですが、伊庭さんは、単純にモチーフを見ているだけではないんだと思ったんです。スーパーリアリズムのほかの画家は、対象物を写真と同等なぐらい、本物そっくりに描くことを目指しています。でも伊庭さんの場合は、空間にも視線を広げたと説明にもありましたが、彼女の目を通した空気感であったり、光であったりをも描きこんでいる。だからどこか不思議な気持ちを作品に覚えるんだと思います。

実験的な制作スタイル

『伊庭靖子展 まなざしのあわい』展示風景

私は伊庭さんの作品は、2017年頃からの表現スタイルがとても好きです。

いままではどちらかというと、接近して描かれたクッション、少し距離を取った陶磁器たち、そのモチーフだけを描いてきていましたが、2017年頃から硬い無機質なモチーフと、その周りの風景や景色が一緒に描きこまれるようになります。ありきたりの風景と皆さん思うかもしれませんが、私は普通の風景に見えず、伊庭さんの眼の面白さをすごく感じました。

上の作品シリーズをよく見てみてください。花びんがアクリルボックスの中に入っているのがわかりますか? こうやってモチーフを置くこと自体、実験的ですよね。しかも窓の外なのでしょうか、その景色や、アクリルボックスに映り込む景色、そして実際に目の前にある景色、そこにはいったいいくつの景色が描かれているのでしょうか。視線はごちゃごちゃになり、境界線もそこに感じ取ることはできません。

でも伊庭さんは何重構造にもなってるその反射の映り込みをすべて集約し、現実の世界として描き出しています。その合わさっていく感じを見て取ることができるのが、すごく面白いなって思いました。

でもここまで描き込んでると、作家さんの執念であったり、熱い想いを感じることが多いのですが、伊庭さんからは冷静さしか感じられません。淡々と、感情を込めることなく、ある意味冷徹な眼差しでもって描いているようです。

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