楽園
19/10/14(月)
村八分、という言葉はなんとも嫌な言葉だ。村八分が好きだと答える日本人はあまりいないだろう。にもかかわらず、それは日本社会のあちこちに存在する。みなが嫌っているのになぜか発生する、抜いても自然に生えてくる雑草のようだ。
本作はそんな村八分が発生する瞬間を見事に捉えた作品だ。限界集落で起きた事件に村人はざわつき、不安におののく。不安を鎮めるためには誰かのせいにしなければならない。根拠はいらない、村にとって異物であれば誰でも構わない。それは共同体が不安を鎮めるための儀式なのだ。
なんだか古代の生贄制度のようだが、そんなものが現代に残っているのは、人間の本質は昔から変わってないということなのかもしれない。
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