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ひふみんのクラシック入門

将棋とクラシックの微妙な関係〜その1

毎月連載

第2回

19/1/15(火)

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ヴェルディの『レクイエム』のような将棋を指したい

 将棋とクラシックにはとても深い結び付きがあるように思います。でも将棋の研究をしている時にクラシックをBGMとして流すようなことはありません。将棋は将棋、クラシックはクラシックと分けていて、聴くときにはひたすら聴くようにしています。そして、クリスチャンになったことによって宗教曲を聴く機会が増えたことは間違いありません。洗礼を受けたのは昭和45年です。もう随分長い時間が経ちました。思い出として残っているのは、名人戦に臨む前に、NHKの音楽番組で、アバド指揮ミラノ・スカラ座の演奏によるヴェルディの『レクイエム』を聴いた時のことです。とても感動して、自分も目前に控えた名人戦で、このヴェルディの『レクイエム』のような素晴らしい将棋を指したいと思ったわけです。勝ち負けは別として、素晴らしい心境のもとで戦いたいと願ったのですね。

音楽家と棋士とが集う“駒音コンサート”!?

 将棋とクラシックで言えば、忘れてならないのが“駒音コンサート”です。これはNHK交響楽団と日本フィルハーモニー管弦楽団の将棋好き40名と我々棋士たちが集まって、東京のイイノホールで行ったコンサートです。10年ほど続きましたが、第1回目には、指揮者の山本直純さんやフルートの吉田雅夫さん、オペラ歌手の岡村喬生さんたちが参加して大盛り上がりです。そこで私は山田耕筰の『この道』を歌ったところ、これがNHKの将棋番組でも放送されたのです。その時のリハーサルで『この道』を歌っていると、歌手の岡村さんが「加藤さん、加藤さん、将棋でハチロクをいきなり指したらどうなりますか?」と言うのです。ハチロクというのは定石が無いという意味の例えですね。言い方を変えれば自由なスタイルに驚いたということです。すると、コンサートの後にふたりの女性ヴァイオリニストがやってきて、「加藤先生の今日の歌い方は私たちが演奏するうえでとても参考になりました」と褒められたのです。これは嬉しかったですね。そこで思い出したのが、ブーニンの個性的な演奏について語った芥川也寸志先生の「ブーニンはロシアで教育されたから良かった。あのような大胆な弾き方は、日本では矯正されて育ちません」という言葉です。つまり正統派の表現も大事だけれど、自由にアレンジするような表現もありということなのでしょう。とは言え、定石がある上に自由な工夫をしていくことが音楽においても将棋においても重要なのだと思います。

将棋とクラシックの共通点は緊張感

  将棋の対局で感じる緊張感とコンサートの緊張感はとても似ているように思います。将棋は一手で景色が変わるわけです。その中でお互いが一番良い手を考えながら指していくのです。そこに将棋の面白さと楽しさ、さらには深さがありますが、それは音楽でも同様ですね。私は対局前にバッハやモーツァルトを聴きますが、バッハを聴いていると何故か、「こうしてはいられない、何かをしなければ」という気にさせられます。ところがモーツァルトの音楽を聴いていてもそうは思わないのです。明日の将棋はこのモーツァルトの名曲のように素晴らしい将棋が指せたらいいなあと自然に思えてくるだけで、何かしなければという気持ちはまったく起きてこないのです。海外や日本で絵を見ることも多いのですが、ラファエロやダ・ヴィンチ、ミレー、ピカソなどの名作を見ても、「うん、この名作のような将棋を指したい」という気持ちにはなりません。ところがクラシック、特にモーツァルトでは自然にそういう気持ちになれるところが特別ですね。


インタビュー写真撮影:星野洋介

プロフィール

加藤一二三(かとう・ひふみ)
1940年1月1日福岡県生まれ。将棋棋士九段。14歳で当時史上最年少の中学生プロ棋士となり、「神武以来の天才」と評された。2017年6月20日、現役を引退。現在はバラエティ番組にも多数出演するなどタレントとしても活躍中。

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