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平辻哲也 発信する!映画館 ~シネコン・SNSの時代に~

独自クラウドファンディングで約2200万円を調達ー60周年の名画座「ギンレイホール」

隔週連載

第50回

20/11/22(日)

東京・飯田橋にある「ギンレイホール」は、作家・原田マハ氏の人気小説『キネマの神様』(文春文庫刊)のモデルとなった名画座だ。コロナ禍の今年6月19日、クラウドファンディングで1000万円の目標で運営資金を募ったところ、約40日間で1924人から2188万6300円が集まった。まさに“キネマの神様”が宿った名画座だ。

ギンレイホールはJR、有楽町線・南北線・東西線・大江戸線「飯田橋駅」下車し、徒歩数分。神楽坂と並行する軽子坂を少し上ったところにある。今どき珍しい路面の映画館。198席。2本立ての2週間興行で、年間約52本の邦画、洋画を上映。一般1500円、学生1200円(ぴあカード割引は一般1200円、学生1000円)。消費増税を別にして、20年間以上、一切値上げしていない。

特に、1997年4月にスタートした年間パスポート制の「ギンレイ・シネマクラブ」(シングルカード、1万1000円)は大人気。来場者の6〜7割が利用し、これまで5万人近くが入会している。今流行りのサブスクリプションの名画座版で、1年間で映画が見放題という、うれしいサービスだ。

コロナ禍をへて、復活した「ギンレイ通信」

1974(昭和49)年に現在の名画座としてスタートして今年で46年、1960年開館の「銀鈴ホール」時代から数えて通算60周年。画期的な年間パスポート制の会員システムの導入、神楽坂に唯一残る映画館として「神楽坂映画祭」の開催、35mmフィルム上映継続のためのオールナイト上映会、映画ポスターやレトロ映写機の展示会など常にチャレンジしてきた。

原田氏がギャンブルと映画が大好きな父と自身の実体験をもとに執筆した『キネマの神様』に登場する架空の名画座「テアトル銀幕」のモデルでもあり、小説をもとにした山田洋次監督、沢田研二主演の同名映画(21年公開)でも同館が協力。ロケには使われていないものの、劇中に使われる映写機を館主が千葉・成田で収蔵する膨大なコレクションから提供している。

198席の座席はコロナ禍のため、7割程度にして営業

そんな老舗名画座もコロナ禍で危機に。2月ごろから中心層のシニアの客足が遠のき、4月8日からの緊急事態宣言下では、2か月間の閉館。売り上げ3000万円以上が吹き飛んでしまった。深田晃司監督、濱口竜介監督らが中心となったミニシアター・エイドは大きな支援になったが、それだけでは足りなかった。

「ミニシアター・エイドは短期間にもかかわらず、よく考えられたシステムで、大変助かりました。私たちも映写機の保存活動のためにクラウドファンディングに着目していたので、なにかやろうとはしていたんです。ただ、ミニシアター・エイドもあるので、あっちもこっちもやるのはやめようとしていたんですが、コロナが長引くことを考えると、そうもいかなかったんです。立ち上げも少し遅かったですし、うち1館だけでどれだけ集まるんだろうと半信半疑でしたが、スタート4日で目標額が集まり、びっくりしました」。

支配人の久保田芳未さん

こう話すのは12年から支配人を務める久保田芳未(よしみ)さんだ。金額もさることながら、寄せられたコメントにも励まされた。「うちに対して、こんなに思いがあったのかと本当に改めて気付かされました。クラウドファンディング以外にも、直接窓口でご支援してくださる方も結構いらっしゃって、返礼品として注文していた物(クリアファイル、トートバッグ、Tシャツなど)も追加注文しました。これもミニシアター・エイドをきっかけに皆さんが注目してくれたからで、うちが単独ではこういう結果にはならなかったと思うんです」と深く感謝する。

館内の様子

6月の再開後は抗菌コーティングを施し、換気を徹底、ソファーを撤去し、館内のスペースを広く取り、通常よりも長めの30分の休憩、途中外出可にするなど万全のコロナ対策を講じた。「公的支援はもちろん、皆さんからの支援を含め、できることは全部やっていますが、それでも、赤字は追いつかないですね。座席数も100%にすると、不安な気持ちを持たれるお客さんもやってらっしゃるので、7割にしています。それぐらいなら、多少は安心かなとは思っているんです」と久保田さん。

8年間の支配人生活では女性向きのラインナップ編成、ゲストを招いてのさまざまなイベントなど改革も行ったが、印象に残っているのは、1日の売り上げ最高額を記録した『テルマエ・ロマエ』『桐島、部活やめるってよ』(12年12月22日から翌年1月4日まで)だ。「異業種から支配人になって、初めての年末年始で、どれくらいのお客さんがいらっしゃるのか、分からなかったんです。スタッフからは『31日、正月三が日は少ないですよ』と聞いていたので、スタッフを2人ずつぐらいシフトにしていたら、地下鉄入口の階段下(約50m先)まで長い行列ができてしまって……。『桐島、部活やめるってよ』はうちの客層には若すぎるかなと思って、ずっと上映していなくて、公開から随分たっていたんですね。そうしたら、うちがほとんど最後の上映だったらしく、結果として、お客さんが集まったみたいなんです」と振り返る。

チケット売り場

今年は開館60周年の節目だが、コロナ禍のため、特別な催しは行わない。今はどんな思いなのか。「『悩んでいる時に、ここで映画を見て、助けてもらった』とか『今は地方にいて、見に行けないけれども、東京にいた時はたくさんの映画を見せていただいた』といった皆さんの言葉を聞くと、こういう状況ではありますが、いつまでも続けていかないと、と思っています。今は、ネットで予約して上映直前に行くといった便利な映画館が多いですが、うちはネット予約も、指定席もありません。お客さんには、いろいろご不便をおかけする点があるとは思うんですけども、中には、こういう映画館もあってもいいかなと思うんですよね。コロナで時間ができたせいか、若いお客さんが増えているんです。それが今、一番うれしいことです」と久保田さんは微笑む。やっぱり、ギンレイホールは “キネマの神様”が見守っているのだ。

映画館データ

ギンレイホール

住所:東京都新宿区神楽坂2-19
電話: 03-3269-3852
公式サイト:ギンレイホール

プロフィール

平辻哲也(ひらつじ・てつや)

1968年、東京生まれ、千葉育ち。映画ジャーナリスト。法政大学卒業後、報知新聞社に入社。映画記者として活躍、10年以上芸能デスクをつとめ、2015年に退社。以降はフリーで活動。趣味はサッカー観戦と自転車。

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