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「PARCO劇場オープニング・シリーズ」特集

藤田俊太郎が受け継ぎ、紡ぎ続ける朗読劇の金字塔 『ラヴ・レターズ』を今、この時代に上演する意義

全20回

第10回

21/2/16(火)

1990年8月19日の日本初演以来、延べ503組のカップルによって演じられて来た朗読劇『ラヴ・レターズ』。今年は“2021 WINTER Special”として2月24日に上演、石川禅さんと彩吹真央さんのミュージカル界で輝く実力派カップルが、この名作に初挑戦します。翻訳・演出家として26年間、469回の『ラヴ・レターズ』を生み出した青井陽治さんの遺志を引き継ぎ、2017年から演出を担うのは、今年の読売演劇大賞最優秀演出家賞に輝いたばかりの藤田俊太郎さん。本作を「究極の演劇」と語る藤田さんに、『ラヴ・レターズ』への思いを伺いました。

稽古一回、本番一回のみで表現される“究極の演劇”

── 藤田さんは2017年12月の公演から『ラヴ・レターズ』の演出を担当、大きなバトンを引き継がれました。

この作品は朗読劇の金字塔ですし、プロデューサーの皆さんが「ラヴ・レターズといえばPARCO劇場であり、PARCO劇場といえばラヴ・レターズ」とおっしゃるくらい、PARCOの歴史に素晴らしい上演を刻み続けてきた作品です。1990年代はまだ朗読劇が一般的ではなかった頃ですから、日本の朗読劇上演史の先駆けでもありますよね。僕もいちファンとして何度も観劇していましたし、翻訳・演出を手掛けられた青井陽治さんの活動をずっと見させていただいていたので、自分が『ラヴ・レターズ』を演出する機会をいただけるなんて想像もしていませんでした。青井さんはこの作品を500回ならず1000回、1500回…と長く上演し続けたいと思っておられました。演出を引き継げることはとても名誉で、幸せなことだと思いましたね。

── アンディーとメリッサ、幼馴染みの二人が50年に渡って交わす手紙で綴られる作品です。1990年の日本初演から現在までの公演では幅広い年代の、さまざまな個性を持つ俳優たちが登場しました。開幕当初は30歳以上の俳優に定められていたそうですね。

公演の歴史の中でいくつかターニングポイントがあると聞いています。30歳以上の同世代のカップルで、という作家A.R.ガーニーさんの思いもあってスタートしたところ、若い俳優から「自分も挑戦したい」という声が多く出たそうです。それで若いカップルや年齢差のあるカップルも登場するようになったと。また、長年の経験、様々なキャリアを持つたくさんの俳優が参加するようになって、作品がより多角的、多層的に成長してきたのではないかと思います。この作品は、究極の演劇ではないかと思うんですよね。並んで座ってお互いに見合うこともなく、台詞だけ、ラヴレターという思いを伝えるテキストだけがある。「演劇はリアクションだ」と多くの演劇人が語ってきましたが、まさしく自分の書いた手紙を読み、相手のそれを受け取るという、アクションとリアクションを積み重ねた50年が描かれた作品。最もシンプルに凝縮された演劇の形が、舞台上にあるんじゃないでしょうか。だからあらゆる世代やあらゆる状況を超えて、普遍的に観客の皆さんを魅了し続けるのではないかと思います。

── 『ラヴ・レターズ』のホームページに、藤田さんが青井さんへの手紙を綴られていて、「青井さんの空気があらわれるような演出を稽古から心がけています」と書かれていたのが印象的でした。

2017年に『ラヴ・レターズ』を演出するとなった時に、プロデューサーの皆さんが「まったく新しく、藤田さんの『ラヴ・レターズ』を創っていただいて構いません」と言ってくださいました。でも僕は、演劇とは、言葉や想像力を通して他者と出会うこと、その歴史は引き継がれていくものだと思っているんです。劇場を愛し、『ラヴ・レターズ』を愛した青井さんが遺したこの作品の演出ノートがあるんですね。青井さんならノートをどういう語り口、どういうニュアンスで俳優たちに伝えていくんだろう…と考え、大事にすること、それが“青井さんの空気感を稽古場から本番に向けて創っていく”という意味です。ただ、それだけで終わってはいけない。時代は変わり、『ラヴ・レターズ』を演じるカップルは変わり続けるわけですから、その空気をベースとして、今度は僕自身の演出家としてのノート、言葉を渡していかなくてはと思ってやっています。

この作品は、稽古一回、本番一回のみ。それも究極ですよね。貴重な一回の稽古の中で、どう俳優と向き合い、この時代、状況と向き合って『ラヴ・レターズ』を本番一回で上演出来るのか。先ほども言いましたが、演劇の凝縮された瞬間だなと思いますね。

── 稽古一回、本番一回は、当初から決められていたのですか?

作家のA.R.ガーニーさんのプロダクションノートに、書かれているんです。一度だけ稽古をして、俳優が最も新鮮な、気持ちの揺れを……この“揺れ”には二つの意味があると思います。高揚と、不安と。その両方を持った状態で、初めてその手紙を読むように演じてほしい、と。初めてラヴレターをもらって読んだ時の興奮、読んでいくうちに覚える不安…、両方ありますよね。その高揚感と不安を持ち続けてほしいというのが、稽古一回、本番一回に込められた意味だと、俳優たちは終演後に気づくんです。非常に興味深いことに、稽古と本番で、どのカップルも変わりますね。本番中にもどんどん変わっていきます。僕が担当したカップルの皆さんは、共通しておっしゃるんですよ。とても興奮なさって、「稽古ではわからないことだらけだったけど、演じ終えた瞬間に感じました。『ラヴ・レターズ』の世界を生きることを理解しました」と。

── 終盤、アンディーを演じる俳優さんが涙を止められないシーンをよく見かけました。

そうですね。いつも稽古で必ず伝えるのは「本番で無理矢理に涙を流さないでください」ということ。「アンディー、メリッサという人生をその2時間の中で生きて、自然に出た感情はそのまま舞台で全部、放出してください」ということですね。その開放に至るまでが大切なんです。台本を読むだけ、この“だけ”のハードルが高い。読むだけで、「丸裸にされて舞台上にポンといた気持ちになった」とおっしゃる俳優がたくさんいました。一番シンプルな感情を持った表現者がそこにいるのだろうと思います。読むだけ、というハードルの高さは、その俳優がどう生きてきたのか、この瞬間をどう生きていこうとしているのか、を問われること。その時、もしかしたらお客様も丸裸かもしれませんね。剥き出しの俳優と言葉だけが劇場にあって、それをどう受け止めるか。それほどの生々しさを受け止めきれない方もいるかもしれない。こんなにも感動するのか、と受け止める方もいるかもしれない。

僕も、演劇って素敵だなと思い始めた10代の頃に観た『ラヴ・レターズ』と、歳を重ねてから観た『ラヴ・レターズ』では、ずいぶん受け止め方が違いました。大学生の自分、俳優になった自分、演出助手になった自分、演出家になった自分…、その都度この作品を観ていますが、同じ演目でもこんなに変わるものかと思うほど、感じ方がまったく違っていて。お客様にとっても、アンディーとメリッサの50年の往復書簡の中で、ご自身の年齢と重なる瞬間があるでしょう。そこがまた一つの魅力ですよね。今の自分に出会い、十年後に観たら十年後の自分に出会える。そうやって長く愛してくだされば嬉しいですね。また、十年前にこの芝居を観劇していた自分にも出会えるかもしれません。

── 2月公演は一回きりの、本当にスペシャルなものですね。

はい。石川禅さん、彩吹真央さん、ともに『ラヴ・レターズ』初挑戦です。このお二人と2021年の『ラヴ・レターズ』をスタート出来ることが嬉しいです。アンディーとメリッサがリアルに手紙の交換をした、その最後の年齢にお二人は近いのでとても楽しみですね。ハードルを上げるわけじゃないけど、年齢を重ねている俳優は当然、アンディーとメリッサの人生の多くに、自分の人生を重ねることが出来る。人生のいろんな価値観を享受した40代以降の人生をどう演じてくださるのか、それと同時に、10代、20代の若い時期、また10歳に至る前をもどう表現されるのか、楽しみです。

大きな時代の変化のなかで、改めて物語と向きあう

── 演出を任されて以降、『ラヴ・レターズ』における大きな節目を次々と迎えていますね。

そうですね、昨年2月の新生PARCO劇場“こけら落としスペシャル”で通算500回目の上演となり、8月には上演30周年を迎えて、節目のタイミングで演出させていただいたのは不思議な巡り合わせだなと感じています。今のコロナ禍という状況も予想もしていなかった巡り合わせですが、僕自身はそれほどネガティブには考えていなくて…、もちろん、公演ができず自粛せざるを得なかった時期はネガティブになりそうな瞬間も多々ありました。でもPARCO制作部の皆さんが真っ先に昨年5月、「PARCO STAGE@ONLINE」という配信企画を立ち上げてくださって、その中で「戯曲を読むということ〜朗読劇『ラヴ・レターズ』を通して〜」というプログラムを発信できたんですね。『ラヴ・レターズ』をどのように稽古して、立ち上げているのかを、こけら落とし公演に出演された井上芳雄さんと坂本真綾さんと一緒にお話しさせていただきました。この企画に参加できたことは僕にとって大きかったし、すごく勇気をいただきましたね。『ラヴ・レターズ』は人に想いを伝える作品です。このコロナ禍でどうやって生きていくのか、それを突きつけられた時に、“どう他者を受け入れ、言葉を紡いでいくのか”を語り合うプロジェクトが、この作品への愛をさらに強いものにしてくれた。僕も、劇場関係者の皆さんの前向きな熱意に負けない愛を持って、取り組みました。

先ほど「時代が変わった」と言いましたけど、2021年にこの『ラヴ・レターズ』を上演する意義は何だろうと考えます。この作品は、アメリカの20世紀を生きた男性と女性が主人公です。“激動の60年代”とはよく言いますが、2020年になって、激動どころか、完全なる分断、他者を受け入れることができない空気が蔓延した。その現実をまざまざと見せつけられたなかで、2021年のアメリカ大統領の就任式での様々なパフォーマンスを見て、もう一度、アンディーとメリッサが生きた時代のことを考えました。彼らは裕福な白人の二人に過ぎないけれど、二人が手紙を交わし合った50年とは、今の分断につながるアメリカの軌跡ですよね。そう思うと、どういう状況でこの二人は手紙を送り合ったんだろう、どれだけの時代をこの二人は生きてきたんだろう…ってことが、より問われるんじゃないかと思って。2020年は当然“時代が変わった一年”になると思いますが、今の、渦中のアメリカを、当事者として僕らも見なくちゃいけない、そんな世界的な状況の変化ですよね。じゃあアンディーとメリッサが生きた20世紀って何だったんだろう…と、ある種俯瞰して時代を見た時に、より二人のやりとりが愛おしく思えるのではないかと思います。

── 最後に、つい先日読売演劇大賞の発表があり、最優秀演出家賞を受賞されました。おめでとうございます。意識の変化など、伺いたいです。

とても感謝しています。優秀作品賞(『天保十二年のシェイクスピア』『NINE』)をいただけたことがすごく嬉しいです。僕自身のことや作品を知ってくださる方が増えて、そうなるとまたその作品を上演できる機会が増えていく。僕個人としても、演劇を続けていける状況を皆さんが作ってくださったり、支持してくださることで演劇の魅力をもっと多くの方に伝えることができます。“演劇は今を映す鏡”ですから、賞を通してそのチャンスを増やしていただけることをすごく幸せだと思います。

── 恩師、蜷川幸雄さんが今の藤田さんを見たら、どんな言葉をかけてくださるでしょうね。

蜷川さんは2020年に新作を演出していませんよね。ですので「もし俺が新作を演出していたら、俺が最優秀だった」とおっしゃるんじゃないでしょうか。「おめでとう」とは絶対に言うわけないと思います。僕は蜷川さんの足元にも及ばないどころか、ずっと見えない背中を追いかけています。少しでも近づけるように頑張りたいです。あと、おそらく「たくさんの方への感謝を忘れるな。自分自身がもし陶酔した気持ちを持ったなら、それはすべて忘れなさい」と言うだろうと思います。

これは余談ですけど、蜷川さんは何度も読売演劇大賞を受賞されていますよね。ネクストシアターの公演で作品賞を取った時に、贈賞式に「キャストだけじゃなくスタッフの若手も全員連れて行く」とおっしゃって。だから僕も、演出助手として二度、贈賞式に行きました。後で聞いたのは「若いヤツらに早いうちからああいう場を経験させたい」とおっしゃっていたとか。それで、贈賞式では最高級のお寿司とか、美味しい食事が出るじゃないですか。それをとにかく食べろと。「フォアグラ丼は必須! 来たぞ〜、並べ並べ〜!」って(笑)。フォアグラ丼をものすごくいっぱい食べた、それを昨日のことのように思い出します(笑)。食べ物のことはもちろん“経験”の一部です。「早いうちに経験させたい」という言葉の意味が、その時にはわからなかったんですよね。今思うのは、ああいう機会があったから、沢山の演劇人の生のスピーチ、言葉、立ち振る舞いを目の当たりにできた。そして、ジャーナリストの方、演劇を企画するたくさんの方々と関わるチャンスをいただけた。その後、いろんな劇場で作品に携わる、演出するチャンスをいただけた。蜷川さんが、繋げてくださったのだなと。自分もいつか、そう出来るようになりたいですね。

取材・文:上野紀子 撮影:源賀津己

公演情報

PARCO劇場オープニング・シリーズ『ラヴ・レターズ~2021 WINTER Special~』

日程:2月24日(水)
会場:PARCO劇場
料金:7500円(全席指定・税込)

作:A.R.ガーニー
訳:青井陽治
演出:藤田俊太郎
出演:石川禅&彩吹真央

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