Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play

佐々木俊尚 テクノロジー時代のエンタテインメント

「知性や知能とは何か?」を改めて考えさせられる人工知能GPT-3の存在

毎月連載

第36回

人工知能(AI)の世界で、GPT-3という新しいモデルが昨年来から話題沸騰している。テスラのイーロン・マスクやペイパル創業者のピーター・ティールなど、米シリコンバレーの著名人が資金を拠出して設立されたNPO「オープンAI」が開発したものだ。このモデルを使うと、人が読む文章からウェブデザイン、さらにはプログラムのコードまでさまざまなものを生成することができる。その完成度がきわめて高く、コンピューター業界に衝撃を与えている。

GPT-3でどんなことができるのか。たとえばお題を与えて、ゼロから小説を書かせることさえできてしまう。アラム・サベティという人がブログで紹介した事例がわかりやすいので紹介しよう。『さらば愛しき女よ』『かわいい女』など探偵フィリップ・マーロウもので有名なハードボイルド作家レイモンド・チャンドラーが、ハリーポッターを主人公にした脚本を書いたらどんな内容になるか。そのお題を与えただけで、以下のような文章をGPT-3は生成したという。

「小さな薄暗い事務所は早朝、救世軍の店のような家具が置かれて不潔な雰囲気だ。ハリーポッターはドブネズミ色のスーツとプレスされていないシャツ、磨かれていない靴を身に着け、悔しそうで不機嫌な顔をして机の後ろに座っている。外の突風に、オフィスの片隅では破れたシェードがガタガタと音を立てている。ハリーポッターは38口径の銃に長い人差し指を当てて、写真を凝視している。写真には、イブニングガウンを着た派手なブロンドの女が写っている」

すぐさま映画化できてしまいそうな情景描写ではないか。このような文章だけではない。GPT-3は画像も生成してくれる。「バナナのようなかたちのボタンを作って」と命じれば、ウェブに設置できるバナナ形のボタンを生成してくれる。さらにはコンピュータープログラムのコードも書いてくれるといい、次世代のGPT-3は「GPT-3がみずから作ることが可能になるのでは」とも言われている。そこまで進めば、もはや人間の使い手など必要のない、完全自己完結型の人工知能の域に達してしまう。

恐るべきGPT-3のデータ量

なぜGPT-3はこんな凄いことができるようになったのか。いまAIの主力である深層学習という手法は、大量のデータを解析して、そこから人間にも見つけられないような特徴や傾向を発見するというアプローチを採っている。そのためにはAIに学習させるたくさんのデータを用意することが必要なのだが、GPT-3ではこのデータの量がなんと1兆語もの文章に達しているのだという。これはもはや「インターネットの情報全体」を例分にしていると言っていいぐらいのレベルで、従来の深層学習よりも知識量が格段に増えているのだ。

さらに深層学習では、たくさんのデータから特徴を発見するために方程式の変数(パラメータ)をどんどん増やしていく方法をとっているが、これまでの深層学習が数千万から数億ぐらいの変数の種類だったのに対し、GPT-3では2000億個近いパラメーターを扱っている。

ちなみに人間の脳の神経細胞の数は約2000億個。これら神経細胞が相互に接続するシナプスの数は数百兆とされている。深層学習の変数はシナプスの役割に近いことをしているので、いずれGPT-3がさらに進化して数百兆の変数を扱えるようになれば、実質的に人間の脳に近い能力を持つことになるのかもしれない。

とはいえGPT-3は深層学習と同じアプローチを採っているので、いくらハリーポッターの脚本を書けると言っても、物語そのものを“理解”できているわけではない。人の感情の機微を受け止められるわけでもない。しかしそういう人の心を持たない人工知能のGPT-3であっても、生成された物語が人の心を打つことがあるのだとすれば、何が問題なのだろうか? ともわたしは思う。

人間の作家や哲学者の思考も、人類が作りあげてきた膨大な知の積み重ねの上に成り立っている。源氏物語や世阿弥の能や歌舞伎や、近代の夏目漱石や森鴎外など先人のつくりあげた創作物がまったく存在しない世界で、いきなり現代文学をゼロから書き上げることができる作家はいるだろうか? 

端的に言えば、数千年もの人間の知の集合体の上に、現代の人間の知性は成り立っている。そこから抜け出せる精神や思考は存在し得ないと言い切っていいだろう。だったらインターネット全体の知識をデータとしているGPT-3という存在は、実のところ現代の人間の思考とそうは違わないとも言えるのではないか。そしてこれは、知性や知能とは何かということをあらためて考える良いきっかけにもなるだろう。

プロフィール

佐々木俊尚(ささき・としなお)

1961年生まれ。ジャーナリスト。早稲田大学政治経済学部政治学科中退後、1988年毎日新聞社入社。その後、月刊アスキー編集部を経て、フリージャーナリストとして活躍。ITから政治・経済・社会・文化・食まで、幅広いジャンルで執筆活動を続けている。近著は『時間とテクノロジー』(光文社)。

アプリで読む