みうらじゅんの映画チラシ放談
『アオラレ』 『大綱引の恋』
月2回連載
第59回
『アオラレ』
── 最初の作品は、ラッセル・クロウ主演の『アオラレ』です。
みうら この邦題、久々にいいですよね(笑)。原題は何ていうんですか?
── 原題は『Unhinged』です。“不安定な”とか“気が動転した”みたいな意味ですね。
みうら なるほど。やっぱ、アオラレ側の映画なんですね。でも、昔はアオりっていうとアオリイカのことでしたよね。それが今ではすっかり高速道路のイメージ。
確か、岩手の方だったかと思うんですけど、僕はこの目で“イカサマレース”っていうのを見たことがあるんです。細い円形レーンの中で何匹かが泳がされて、先にゴールに着いた方が勝ちっていうレースなんです。やっぱ、アオリイカにはアオリの気質があるんですかね?
── どうなんでしょうね(笑)。
みうら アオリイカだって、別にアオリたくないときもあると思うんですよ。1日に何回もイカサマレースをやらされているわけですから。アオる気のないイカは、人間が棒でつついてアオるんですね。アオリイカがアオラれちゃいかんでしょ。結局は、アオるとかアオラれるっていうのはね、人間がやらせてることに過ぎないんですよ。
── ちょっと待ってください。アオリイカって“アオるイカ”ってことなんですか?
みうら 僕はずっとそう思って生きてきましたけど、違うんですか?
でも、この映画は『ザ・ビースト/巨大イカの逆襲』と違い、イカの映画ではないことは確かですね。
── ちょっと待ってください。今、調べてみたんですが、アオリイカの“アオリ”とは、泥よけのための馬具にそのイカのヒレが似てることからついたと。
みうら マジですか(笑)。となると、たぶんルーツ的にはスピルバーグの『激突!』だと思いますね、この映画。トラックを追い越した人が、トラックにアオラれてエラい目に遭う。あの映画って、アオッてくる運転手の顔が最後まで分からなくて、それがめちゃくちゃ怖かったんですけど、今回はもう最初から犯人はラッセル・クロウだって分かってますよね?
── そうですね。
みうら ということは、このチラシにある電話をかけている女の人は、「今、ラッセル・クロウにアオラれてるんですけど!」って警察に電話してるところになりますよね。警察も「本当にラッセル・クロウなんですか?」って当然聞いてくるでしょうから、「ハイ、ラッセル・クロウに間違いありません!」「いや、本当ですか? よく確かめてくださいよ」って会話になりますよね?
問題は「どうしてラッセル・クロウだって分かったか?」ってことですよね。『グラディエーター』1本観たくらいでは確信は持てないでしょうし、ましてやラッセル・クロウにアオラれてるかどうかなんて。
── 確かにあの頃から比べるとラッセル・クロウも随分太りましたからね。
みうら だいぶ風貌は違いますよね。でも、ここまで犯人がハッキリしているのは珍しい。でも、それじゃ上映時間2時間もたないでしょうから、劇中では「なぜラッセル・クロウなのか?」の理由が長く語られるんじゃないかと踏みましたけど。
── 実は僕、この映画を観てるんですが……。
みうら 早く言ってくださいよ(笑)。じゃ、お聞きしますが、犯人がラッセル・クロウである意味はあるんですか?
── すみません、みうらさんも分かっていらっしゃると思いますが、映画の中ではラッセル・クロウさんじゃないんです。
みうら 頑張ってボケましたが、そう言われちゃ、グウの音も出ません(笑)。単にラッセル・クロウがアオッてくる奴を演じてるってことですね。
でも本人役ではないにしろ、ラッセル・クロウがなぜアオる側を引き受けたのか? そこ、分からないとせっかくラッセル・クロウを出してる意味がないですからね。
── 確かにまがりなりにもアカデミー賞俳優ですからね。
みうら 従来なら主人公はアオラレ側なんでしょうが、この映画は実は逆で、ラッセル・クロウがなぜアオるようになったかを描いているんじゃないですか? 荒れた日もあったでしょう、同情まではしないにしても、「アオっても仕方ないかな」と思うくらいの理由はあるんじゃないかなと思いますね。
ちょっと待って下さいよ。ひょっとして、自動車がカチャカチャカチャとトランスフォームして、ラッセル・クロウになって高速道路を走ってるなんてことはないですよね?
── 確かにこの映画のラッセル・クロウはすごい巨体なんで、変形してもおかしくない雰囲気はありました。
みうら そもそも、運転手なんて乗ってなくてラッセル・クロウ自体がトランスフォームした車だったっていう可能性は十分にありますよね?
── チラシの裏面の1番上の写真はトランスフォーマーっぽいですよね。
みうら そうなんですよ。背中にタイヤがくっついて見えますから。となると、ラッセル・クロウの肩の部分が変形してタイヤになるっていうことですよね。当然チラシには、トランスフォームする場面は載せられないでしょう。ネタバレになりますからね。
家ではすごく子煩悩ないいパパなんだけど、ハイウェイに出るとついトランスフォームしてしまうんですかね。これはもしかして『トランスフォーマー』のスピンオフかもしれませんね。製作スタッフが一緒だったりしませんか?
── 少なくともマイケル・ベイとは書いてないですね。
みうら ですね。残念だけど。
コピーの“アオラレはじめたら止まらない”は、変形しちゃったら止められないってことでしょう。ラッセル・クロウを止めるために国防軍も出てくるでしょう。ハイウェイは戦場になりますよ。なんなら被害者の女の人も、最後はトランスフォームして戦うのかもしれませんね。
“爽快な展開”とも書いてあるでしょ。逆襲は当然しますよね。ラッセル・クロウも女の人の機嫌を損ねてるわけですから、当然ヒドい目に遭うのは間違いないと思います。これは絶対に観に行こうと思います!
『大綱引の恋』
── 続いては『大綱引の恋』という作品です。
みうら これはタイトルのとおり綱引きの映画でしょうね。
何年か前に長崎県の福江島という所に、カタカナで“ヘトマト”っていう奇祭を見に行ったことがあるんです。
へトマトは1日にいろんなことをするんですけど、最終的には巨大なわらじが出てきて、そのわらじの上に女の人を乗せてわーわーってやるのがオチなんですが、他にも酒樽の上に乗っての羽子板大会とか、綱引きとか。
その綱引きというのが、このチラシみたいに半裸の男たちが綱引きをするんですけど、何度か勝敗が決まるんですがね。僕が見る限りでは、ガンッと引いて勝ったのは左側のチームだったのに、町役人みたいな審判の人が、勝ったのは右側だって旗を上げるんです。
── 綱引きの勝ち負けって、普通は一目瞭然ですよね?
みうら でしょ? 完璧に勝ってた方が負けたんですね。
かつては、綱引きも小学校の運動会でやったもんです。当然、僕らも引いた方が勝ちだと思い込んでるじゃないですか。でも、よくよく考えると綱引きって本来は神事だったんじゃないかと。だから、勝敗は神様が判断する。その基準を僕たちは分からなかったんじゃないかと思ったんですよね。
── なるほど、おかしいと思っている人間の方がおかしい可能性があるってことですね。
みうら 瀬戸内海のある島にも“独り相撲”っていう奇祭があるんです。文字どおりひとりで相撲を取るんですけど、それは神様と相撲を取る体なんです。だから、透明人間と闘ってるみたいな感じなんです。
これも神事でね、人間が1勝、精霊山っていう神様が2勝して終わるできレースなんです。で、やっぱり神様には勝てないと、その年の豊作を祈るわけで。
この映画の“大綱引”っていうのも、神事であるなら、本当の勝敗は我々には分からないと思うんですよね。
── そういう問題提起の意味もあってこのチラシを選んでいただいたんですね(笑)。
みうら そうなんですよ。ハングルが書かれていることも、何か歴史的な意味がある神事という気がするんですよ。で、綱引で勝ったのは確実に白組だったのに「なんで紅組に軍配を上げたんですか?」って抗議をする女の人がいて、そこでひと悶着がありながら、綱を引いてたある男と抗議した女性とが恋に落ちるのでは?
── タイトルにも“恋”と書いてありますし、恋はしますよね。
みうら 国際間の恋かもしれないですよね。
これは“綱を引く”っていうのと“恋を引き当てる”がかかっていて、縁結びの神様の話じゃないですか? 村の長老が出てきて、「でもな、人間というものは恋には引かれるものなのだ」的な発言があり、若いふたりが「てへっ」ってなって終わるんじゃないかな。
── なんだかもうこの映画を観たような気がしてきました(笑)。ただチラシの裏に、この映画に出てくる“川内大綱引”の説明が書いてありますね。
みうら うーん、このチラシ、字が小さくて読めない(笑)。
── “島津義弘が始めたもの”だそうです。でも“韓国にルーツがあるとも言われている”とも。
みうら やっぱり「綱引きは勝敗を決めるものじゃないんだ」ってことを教えてくれるんじゃないですかね。この知英(ジヨン)という女性が「勝負に勝ったからっていいわけじゃない、あなたは私の恋にまだ勝ってないわ!」って言いますよ、きっと。それから「私があなたに引かれてることは気づかないの?」って言うはずです。
── なるほど。
みうら あ、これは新宿武蔵野館で公開なんですね。ということは、劇中で木人が出てくる可能性はありますね。綱引きの特訓シーンの端の方で、木人と闘ってる人がいるんじゃないですかね?
ぜひ、武蔵野館のロビーに木人にハッピを着せたバージョン、飾ってほしいですね。大綱引の綱も川内市から持ってくるつもりなら、ぜひロビーにとぐろを巻いて置いてほしいです。
取材・文:村山章
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(C)2020映画「大綱引の恋」フィルムパートナーズ
プロフィール
みうらじゅん
1958年生まれ。1980年に漫画家としてデビュー。イラストレーター、小説家、エッセイスト、ミュージシャン、仏像愛好家など様々な顔を持ち、“マイブーム”“ゆるキャラ”の名づけ親としても知られる。『みうらじゅんのゆるゆる映画劇場』『「ない仕事」の作り方』(ともに文春文庫)など著作も多数。