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9年ぶりの新刊発売も大きな話題に 『涼宮ハルヒの憂鬱』の社会現象を振り返る

リアルサウンド

20/9/22(火) 8:00

 草木も眠りについた深夜に目を覚まし、眠い目を擦りテレビをつける。軽快なOPの後に、学園生活で最大のハレの日である学園祭にも関わらず、どこか所在なさげにうろつきまわるキョンの姿を見つめる。ライブ会場でうたた寝をするキョンにつられるように、テレビのこちら側でも少しうとうとし始めた頃、バニーガール姿のハルヒが舞台上に登場して目を覚ます。そして、始まる「God knows…」のライブシーンの衝撃は、身体中に電流が走るようだった。世界が変わっていくことを肌で感じた瞬間だった。

 2003年に角川スニーカー文庫から発売され、2006年に京都アニメーションによりテレビアニメ化も果たした『涼宮ハルヒの憂鬱』は、2000年代最大のヒットを記録したといっても過言ではない、時代を象徴する作品だ。先日、シリーズ9年半ぶりの新作である『涼宮ハルヒの直観』の発売が発表された際も大きな話題となり、今でも衰えない人気を誇っていることを証明した。

 ハルヒブーム前後で変化したアニメ文化はいくつかあるが、その1つがファンとアニメ作品の関わり方だろう。2006年ごろはインターネットも一般化し、ニコニコ動画がサービスを開始し、注目を集め始めていた頃だった。それまではアニメ作品を観た後には友人と会話する、あるいはネット掲示板に書き込む、同人誌を書くなどの楽しみ方が多かった。しかしニコニコ動画の登場により、「歌ってみた」「踊ってみた」などの動画が流行することで、より不特定多数の人と作品の楽しさや、好きを共有することができるようになった。

『ハレ晴レユカイ』踊ってみた?【杉田智和/AGRSチャンネル】

 ハルヒは「踊ってみた」の文化にも大きな貢献を果たした。EDテーマの「ハレ晴れユカイ」に合わせてダンスを披露し、中には大人数で動画を撮影することで、アニメの楽しみ方が拡大した。筆者も友人たちが男子校の文化祭で、女装をしてハルヒダンスを踊ったという話を(しかも一校だけではなく、複数の学校で同じことをしていた!)聞き、当時はバカバカしいノリに笑ったものだが、今にして思えばそこまでの影響力に驚くことだったのではないだろうか。これの踊ってみたの文化は、日本のみならず、世界でも拡散されていくことになる。そして2020年でも新型コロナウイルスによる緊急事態宣言下において、平野綾や杉田智和などの主演声優が自宅で踊ってみた動画をアップしたところ、大きな注目を浴びた。ハルヒダンスは十数年経た今でも有効なコンテンツであり、踊ってみたが定着した文化であることが証明されている。

 また、京都アニメーションの知名度を飛躍的に上昇させたことにも注目したい。本来、作中世界の基本設定やキャラクターの紹介をするべき、1期の1話ではあえて作中作である『朝比奈ミクルの冒険 Episode00』を放送し、視聴者を煙に巻いた。またメインストーリーを連続で放送することなく、合間合間で1話完結の短編話を含める、あるいは2期放送時では再放送だと思ったら、唐突に新作エピソードを入れてくるなど、実験精神が感じられた。

 それらは、ただ単に奇を衒ったものではなかった。冒頭の「God knows…」のライブシーンは、楽曲の良さとともに実際にハルヒ達が楽器を弾いているように見えるなどの、作画のレベルの高さにも衝撃を与えた。世界が変わったというのは決して誇張ではなく、現在でもテレビアニメのライブシーンで特に印象に残る作品を挙げていけば、必ず名前が上がるほどの名シーンとなっている。

 そして実験精神といえば、忘れられないのは『エンドレスエイト』の衝撃だろう。ほぼ同じ脚本の物語を8回放送するというかつてない試みは、今でも話題にあがる。放送当時は何回目でループする物語が終わるのか分からず、不満の声もあり、今でも賛否は分かれているが、ほぼ同じ脚本でありながらも、作画などを一切使い回しにすることがなく、絵コンテや演出が変わることで、同じ話でありながらもキャラクターや作品の印象がどのように変わるのか、研究するのも面白い。

 これらの実験精神とは、言葉を変えれば“表現をしたい”という好奇心だ。映画作品の『涼宮ハルヒの消失』も、勢いがあるとはいえ、京都アニメーションが制作する長編映画は2作目でありながらも162分という、全編新作映像のアニメ作品としては異例の長さとなった。日常描写にもこだわり抜き、例えばキョンが下駄箱で靴を履くシーンでは、転がってしまった靴を足で戻そうとする、男子高校生らしいガサツな一面に、共感と衝撃を覚えた。こういった描写が160分息切れすることなく、全編スペシャルな映像、音楽などを楽しめる作品に仕上がっている。

 京都アニメーションの作品からは物作りを本気で楽しむ姿勢と、溢れんばかりの創作意欲を感じさせ、2000年代から現在に至るまで注目を集めるスタジオになるのは当然だったのかもしれない。まるで全編に“京アニ!”と大きく印字されているかのように、一眼見ればわかるほどの表現欲にいつも圧倒されてきた。それらの表現欲・好奇心は衰えることなく継承されていき『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』へと、思いがつながっていくのだ。 

■井中カエル
ブロガー・ライター。映画・アニメを中心に論じるブログ「物語る亀」を運営中。平成アニメの歴史を扱った書籍『現実で勇者になれないぼくらは異世界の夢を見る』(KADOKAWA刊)が発売中。@monogatarukame

■書籍情報
『涼宮ハルヒの直観』
著者:谷川流
イラスト:いとうのいぢ
発売:2020年11月25日(水)
発行:株式会社KADOKAWA(角川スニーカー文庫)
定価:本体720円(税別)
作品ページ:https://kimirano.jp/special/haruhi_chokkan/
公式Twitter:https://twitter.com/haruhi_official

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